20話 体調不良の原因
部屋を見せて欲しい。
いきなりそんなことを言い出したソフィアに、その場の三人は首を傾げた。
「部屋を?」
「はい、少し部屋を見せて欲しいんです」
レオは気づいた。
──ソフィアのスイッチが切り替わった。
あの顔は興味のある魔術についてとことん追求する顔だ。
「医者が分からない、ということは、医者では気づかない原因なんじゃないかと思うんです」
「つまりはどういうことだい?」
「断言は出来ませんが、魔術が関係しているのではないかと」
「魔術が?」
「でも、私もミカエル様も魔術師ではないわよ?」
「魔術師でなくとも、魔術が発動することはあるんです」
「そうなの?」
「ええ、稀にですが、今回はそのケースなのではないかと」
「そういうことなら、いくらでも部屋を見てもらっても構わないわ」
「ありがとうございます」
ソフィアを含む四人はアメリアの部屋へとやってきた。
大きなベッドに、広い木の机。そして部屋には所々花が飾ってある。
整理整頓されていて実用的ではあるが、決して殺風景ではない部屋だ。
何か分からない魔術の素材や、本や紙が散らばっているソフィアの部屋に比べたら、とても綺麗と言わざるを得ない。
「ふむ……」
ソフィアは部屋を見渡す。
ソフィアは始めにお菓子やティーセットが置かれている場所を漁ることにした。
体調不良の原因は大抵口に入れる物だったり、日常的に肌に触れている物だったりすることが多い。
最初は花も疑ったが、見たところ怪しい物はないし、アメリア達も調べているだろう。
クッキーやフルーツが置かれた皿を見る。
「これの材料を聞いてもいいですか」
「至って普通の材料で作られていると思うわ」
つまりはきちんと調理しているところは見ていないわけだ。
流石にアメリアがクッキーやお菓子がどうやって作られているかは知らないだろう。
もしかしたら、このクッキーの中に原因となるものが入っているかもしれない。
これは厨房まで行って材料を確認するべきか、そう思った時。
「でもそこは毎日取り替えているし、毒見役も食べているから、それが原因ではないと思うわ」
「なるほど。確かにそうですね」
このクッキーや果物が原因ではなさそうだ。
念のため、ソフィアは皿に手を翳した。
「何をしているんだ?」
その仕草を不思議に思ったレオが質問する。
ソフィアはすぐに顔を上げて首を振る。
「いえ、念のための確認です。もう大丈夫です」
「そうか」
そして次にティーセットを物色した。
茶葉が入っている瓶を開けて、匂いを嗅ぐ。
「紅茶も毒見役の方が?」
「ええ、それも飲んでいるわ」
「それなら、原因ではないか……」
ソフィアは瓶の蓋を開け、中の茶葉の匂いを確認していく。
くん、とソフィアは匂いを嗅ぐ。
(ん……?)
三個目の瓶の茶葉の匂いを嗅いだところで、ソフィアは少し引っ掛かりを覚えた。
「この茶葉はどこのものを?」
「つい最近、珍しいものが手に入ったから、と頂いたのよ。本当にとても美味しくって、毎日飲んでいるの」
アメリアは嬉しそうに笑う。
ソフィアは手を翳す。
「なるほど」
「何か分かったのか」
「まだ半分ほどです」
そういってソフィアは今度は、化粧品が置いてある机へと足を運んだ。
次にソフィアが目をつけたのは化粧台だった。
机の上には多くの化粧品が並んでおり、アメリアが美容に気を遣っていることが窺える。
化粧台に並ぶ美容品や、化粧水を見ていく。
「こちらの蓋を開けてみても構いませんか?」
「構わないわ」
許可が取れたので、ソフィアは蓋を開けて中身を確認する。
第一王子の婚約者の化粧品を物色する姿はかなり不審だが、真剣に調査しているソフィアは気づいていない。
そして化粧水が入っている瓶の蓋を開けたところで、ソフィアはまた引っ掛かりを覚えた。
「この化粧水は?」
「それも贈り物よ。肌に馴染むって言われたから使ってるけど、本当に肌の艶が良くなったの」
「少しだけ私も試してみてもいいですか」
「ええ、どうぞ」
ソフィアは化粧水を手に適量取り、肌に馴染ませる。
人並みには気を遣って人気の化粧水を使っている程度のソフィアにも、この化粧水はとてもいいものだと分かる。
そして記憶に残る、鼻腔をくすぐる甘い匂い。
「アメリアさんの原因不明の不調の理由が分かりました」
「それは本当かい!」
ミカエルが食いついた。
体調不良の本人であるアメリアよりも真剣なくらいだ。
「は、はい……」
「原因は何だったんだい」
「原因はこの化粧水と、茶葉です」
ソフィアは茶葉の瓶と、化粧水の瓶を持つ。
「それに毒が入っていたのか?」
「いえ、厳密には違います。成分の問題です」
「成分?」
「研究者なのでよく色んな素材を扱うのですが、この茶葉と化粧水に入っている成分は実験に使う素材なんです」
「実験に?」
「はい、どちらも魔力を通すので」
ソフィアは化粧水を数滴手に落とし、今度は茶葉をひとつまみ取った。
「少し実演してみますね」
そしてソフィアは手の化粧水に、茶葉を加えた。
するとほんのりと淡い光が出た。
「これは……」
「魔力が……」
「このように、二つを混ぜると魔力が出るのです」
先ほどソフィアが茶葉に手を翳していたのは魔力が通るかを確認するためだった。
「出る魔力は本当に微量ですが、毎日取り込んでいると体調は優れなくなると思います」
「だから体調が悪かったのね……」
「これは毒でもありませんし、解毒薬は効きませんからね。医者の方が見抜けなかったのも仕方がないと思います」
「それで、どうしたら良くなるんだい」
「化粧水か、茶葉か、どちらかを使用するのを止めれば解決します。恐らく一週間もすれば全快するでしょう」
「良かった……」
「本当にありがとう、ソフィア」
アメリアとミカエルは体調不良の原因が判明したことで安心した表情になる。
毒や病気の類ではなく、しかもすぐに治るということが分かって一件落着したからだろう。
「…………」
さて、体調不良の原因は分かったが、ソフィアはとある一つの結論に至っていた。
アメリアとミカエルのことを考えれば話すべきだ。
だが、これは言っていいものだろうか。
これはただの可能性に過ぎない。話してしまうことで迷惑をかけてしまう可能性がある。
どうするべきか悩んでいるとレオはそれをすかさずキャッチして、ソフィアに質問した。
「ソフィア。何か他に言いたいことがあるのか」
「ええと、少し気になったことがあって……」
「それは何だい?」
「いや、でもこれは憶測の部分があるので、確実とは言えませんし、それに……」
ソフィアが話しづらそうにしていると、ミカエルがその懸念を取り払うかのようにソフィアの肩に手を置いた。
「大丈夫。どんなに言いづらいことでも、言ったことで僕たちは君を責めたりはしない」
「俺が保証しよう。それでもダメか?」
「う……」
レオとミカエルにそう言われ、ソフィアは渋々話すことにした。
「これは一つの可能性に過ぎないのですが……」
ここから先は少し政治的な話になる。
そのためソフィアはあまり不確かなことを言わないように言葉を選びながら話していく。
「この茶葉と化粧水はどちらも贈り物だと伺いましたが、どなたから頂きましたか?」
「…………同一人物から貰ったわ」
アメリアの顔が青ざめていた。
ソフィアの懸念する可能性に気がついたのだろう。
恐らく、二つの贈り物は期間を空けて贈られた。毎日飲んでいるという言葉と茶葉の減り具合から見て、茶葉の方が後だろう。
一つ一つは大丈夫な物だった。それどころか体に良いくらいだ。
だから、アメリアは喜んでそれらを使った。
二つが合わさると毒になることを知らずに……。
「もしや、渡した本人は気づいて……」
ミカエルとレオも気づいたのか、深刻そうな顔で思案している。
「それは分かりません。あまり知られていない組み合わせなので、知らずに渡してしまったのかも」
それはあり得る可能性だ。
魔術に関わりのない貴族だって大勢いる。
そんな人間からすれば、茶葉と化粧水の成分が反応するなんて想像のしようがない。
「これは私の考えた一つの可能性にしか過ぎません。本当に知らずに渡してしまった可能性も低くないので、あまり考え過ぎない方がいいと思います」
自分から言っておいてなんだが、とソフィアは心の中で自嘲した。
「そうね……あまり過敏になり過ぎないようにするわ」
「私もそれがいいと思います」
「まあ、とにかくありがとう。ソフィア。君のおかげでアメリアの不調の原因が分かって良かったよ」
「そうね。私たちだけでは絶対に気がつくことができなかったわ。ありがとう、ソフィア」
暗い雰囲気を払拭するかのように、ミカエルとアメリアは明るい笑顔でソフィアにお礼を言った。
「いえ、私なんかがお役に立てて良かったです」
「本当にありがとう。今度、しっかりお礼するわね」
アメリアがソフィアの手を握る。
「そこまでしてもらわなくて大丈夫ですよ。私はただ原因を調べただけですから」
ソフィアは首を横に振って謙遜する。
しかしアメリアはソフィアの手を握り、離さない。
「そんな訳にはいかないわ。ソフィアは私を救ってくれたもの」
「い、いえでも……」
それからソフィアとアメリアで、少しの間攻防が繰り広げられたが、最終的にソフィアが折れることとなった。
ミカエルの屋敷から帰る道中、ソフィアはレオに尋ねた。
「そういえば、考えって何だったんですか?」
「ああ、あれか」
もしもアメリアの力になれないと分かった時には、レオに考えがあると言っていた。
今回はたまたま力になることができたから良かったが、もし力になれなかった時はレオはどんなことをするつもりだったのかが気になった。
「もしもの時は謝るつもりだった」
「え」
固まるソフィアにレオは真顔で頷く。
「心から謝罪すれば大丈夫だ」
「……前から思っていましたけど、レオ様って、かなり天然ですよね」
ソフィアはレオに対して薄々感じていたこと、指摘した。
しかしレオはあまり分かっていない様子で、首を傾げている。
「天然とはなんだ?」
「ま、まあ、取り敢えず、今回は解決出来て良かったです」
ソフィアは顔と話を逸らす。
「ん、そうだな」
レオは軽く頷いた。




