19話 第一王子の婚約者の診察
「アメリア様の診察……?」
「これは公にはしていない情報だから、他言無用で頼む」
「は、はい……」
極秘の情報。ソフィアはごくりと唾を飲み込む。
「最近、彼女の体調が悪い」
「アメリア様の体調が……」
ソフィアも第二王子のデルムの婚約者だったので、第一王子の婚約者であるアメリアとは何度か会ったことがある。お茶までした仲だ。
それほど交流が広いわけでは無いソフィアにとっては、お茶をするだけでも貴重な相手だったし、心配だった。
「体調が優れない理由は不明だ」
「体調が優れない? お医者様には見せたんですか?」
「医者には診せた。だが、何かの病気ではないということだ」
「なるほど……」
「特に症状がある、というわけではないが、それとなく不調を感じるようだ」
症状が無く、その上で不調を感じる。
「ということは……」
「ああ、俺たちは毒か何かじゃないかと疑っていた」
「疑っていた?」
レオの言い回しにソフィアは疑問符を浮かべる。
「ああ、最初は毒だと思っていた。だが、毒見役には全く体調に異常が見当たらなかった」
「毒見役が犯人という可能性は?」
ソフィアは毒見が毒を盛っている可能性を指摘した。
レオは首を振る。
「それはない。毒見係は確実に信用できる人間だ。それに毒見しているのを目の前で見た」
当然の如くレオも毒見役の可能性を疑ったが、その可能性は低いようだ。
「なるほど。確かにそれなら、毒見役も体調不良になっていないとおかしいですよね……」
「医者も毒の可能性は低いと言っていた」
「だから、原因不明の体調不良なんですね」
「こんな話、信用できる人間にしか話すことが出来ない。必然的に誰に診せることができるかも限定されてくる」
「そこで私ということですか」
レオは頷く。
「お前なら信用できる。それに薬も調合できる。是非解決に力を貸してほしい」
「うーん……」
ソフィアは唸る。
アメリアの体調不良を解消してあげたい、という気持ちはある。
しかし、一つ問題があった。
「一つ問題があります」
「何だ?」
「私は薬が調合できる、と言いましたが、専門家ではありません」
「ふむ」
「なので私が役に立てるかどうかは分からないのですが……」
ソフィアはただの魔術の研究者で、特に病気や毒に詳しいというわけではない。
期待させて力になれないのはとても心苦しい。
「それは大丈夫だ。俺に考えがある」
「考え?」
「任せろ」
レオが自信たっぷりに頷く。
それだけ自信を持って考えがあると言えるなら大丈夫だろう、とソフィアは安心してこの話を引き受けることにした。
「それなら……分かりました。お力になれるかどうかは分かりませんが、とりあえず診るだけでも診てみましょう」
ということで、ソフィアはアメリアの住む屋敷へと足を運んだ。
第一王子と婚約者であるアメリアは一緒の屋敷で暮らしている。
二人の仲はかなり良く、世間でも有名なカップルだ。
デルムとソフィアが一緒に暮らしていないのは、単純に仲がそれほど良くなかったからだ。
そして第一王子の屋敷にやってくると、レオは門番に話しかけた。
「俺だ。第一王子に用事がある。通してくれ」
(え、いきなりそんな急に。何かアポとかを取らないといけないのでは……)
しかしソフィアの予想に反して、レオがそう言うと門番は何の確認も取らずにレオとソフィアを通した。
「素通り……」
「俺と第一王子は幼馴染だからな」
「なるほど、顔パスですね」
レオが第一王子と幼馴染というのは知っていたが、ここまで仲が良いとは思っていなかったので、少し驚いた。
そして屋敷の中までやってくると、レオは第一王子を呼んで来て貰うように近くの使用人に頼んだ。
こちらもいつものことなのか、使用人も特に気にすることはなく第一王子を呼びにいった。
しばらく待っていると、急いでいる様子の男性が走ってきた。
「本当かいレオ! 薬師を連れてきたって!」
「薬師ではない。俺の婚約者だ」
ミカエル・エーデルワイス。
整った顔に金髪の髪と、王妃譲りの黒い瞳。デルムと兄弟でありながら、比べ物にならないほど穏やかな表情。
彼が第一王子だった。
「婚約者? あ、本当だ。じゃあ彼女が例の……」
どうやらレオはミカエルにソフィアの話をしているようだ。
ソフィアはレオが自分のことをどんなふうに話しているのか気になったが、今はそんな話をしている場合ではないと思い直した。
「お久しぶりです。ソフィア・ルピナスです」
ソフィアとミカエルは面識がある。
といっても一年は顔を合わせていなかったので、ソフィアは丁寧に挨拶をした。
「久しぶりだね、ソフィア。デルムの件、僕の弟なのに止められなかったこと、本当に申し訳ない」
ミカエルはソフィアに頭を下げた。
「いえ、ミカエル様の責任ではありません。それに、婚約が解消されたおかげでレオ様とも婚約できたので」
「レオ、君は本当に幸せ者だね」
ミカエルは微笑んでレオを少し揶揄うように肘で突く。
レオは無言で肩をすくめるだけだった。
「それじゃ早速アメリアの元へ案内しても構わないかな。一刻も早く診せたいんだ」
「はい」
ソフィアは頷く。
そして三人はアメリアの待つ部屋へとやってきた。
扉を開けると、アメリアが座っていた。
アメリア・スチュワート。公爵令嬢であり、第一王子ミカエルの婚約者。
アメリアは端的に言うなら、絶世の美女だ。
長い亜麻色の髪と、大きな金色の瞳。すっと通った鼻筋と薄い唇。纏っている上品な雰囲気が、まさしく公爵令嬢だと感じさせる。
美貌に加えて、教養もあるので第一王子の婚約者であることが疑いようがないほど完璧な人物と言えるだろう。
ソフィアはアメリアを観察する。
確かに、アメリアの顔色は少し悪く見える。きっと今も体調が悪いのだろう。
アメリアは体調が悪いのを感じさせず、立ち上がると笑顔でソフィアを迎えた。
「ソフィア、久しぶりね!」
「お久しぶりですアメリア様」
「まあ、そんな様なんてやめてちょうだい。前まで同じ王家の婚約者同士だったんだから」
確かにソフィアとアメリアは同じ王家と婚約している者同士だ。
少し前まではそこそこ交流自体はあった。
しかしソフィアは自身がアメリアと釣り合っているとは思っていない。
そのためどうしても様づけをやめることが出来ないでいた。
「ですが……」
「お願い。ダメかしら?」
アメリアは首を傾げて可愛らしくお願いをした。
こんな綺麗な顔でお願いをされてしまえば、いくら女性であるソフィアとはいえ頷かざるを得ない。
「……分かりました。アメリアさん、で」
流石に呼び捨てで呼ぶことなんてできない。
これがソフィアにとっての最大の譲歩だった。
「ありがとうソフィア!」
アメリアは花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「それでは少し診させてもらっても大丈夫ですか?」
「ええ」
ということで診察が始まった。
といっても、ソフィアに出来るのはただの医者の真似事だ。そんなに詳しくアメリアの体調が分かる訳ではない。
分かったのはやはり病気ではない、ということ。症状がどこにも出ていない。
「やはり、異常は見当たらないですね。病気ではないかと」
「使用人の中には呪いじゃないかって……」
アメリアが心配した表情で呟く。
「呪いはあり得ません」
「どうしてそこまで断言できる?」
ハッキリと断言するソフィアにレオが質問してきた。
「呪いをかけるにはメリットが少ないからです」
「メリット? アメリアを体調不良にするのでは、メリットとして十分じゃないのかい?」
「いえ、呪いとはつまり等価交換で、相手と同時に自分も呪う構造なんです。それに加えて、基本的にかける方が大きな代償を背負います。流石に少しの体調不良だけでは、背負うデメリットが大き過ぎるかと」
「なるほど。メリットとデメリットが釣り合っていないのか」
「はい、そういう事です」
(呪いではない。病気でも毒でも無いなら残る可能性は……)
ソフィアは顎に手を当てて考える。
(顔色の悪さ。毒。原因不明。医者でも分からない……いや、そうじゃないかも)
「…………医者だから分からなかった?」
ソフィアがボソリと呟く。
「何か分かったか」
レオがソフィアに聞いてきた。
ソフィアは顔を上げて、アメリアに頼み事をした。
「アメリアさん、少しお部屋を見せてもらっても構いませんか」