16話 決闘(2)
デルムが目を覚ましたのは、医務室に運ばれてからすぐのことだった。
ベッドの上で目を覚ましたデルムは一瞬何が起こったのかが分からず、混乱する。
「ここは……」
「デルム様っ! 目覚めましたか!」
「殿下、どこか痛む場所はありませんか!」
起き上がったデルムに対して、側にいた側近たちが心配の言葉をかける。
デルムはそれに答えず起き上がり、ここが医務室だということが分かると、決闘の顛末を思い出した。
「そうだ、俺は決闘をして……ソフィアッ!」
デルムは卑怯な手を使い、自分に屈辱を与えたソフィアのことを思い出す。
幸い軽傷のようで体は問題なく動く。
ベッドから下り、ソフィアの元へと向かおうとした。
「待ってくださいデルム様!」
「動いてはなりません! お怪我が!」
「黙れ! 俺は今すぐにソフィアに報復をしなければならないんだ!」
側近が医務室から出ていくのを阻止しようとするのを振り切り、ベッドに立てかけてあった杖を取るとデルムは決闘した広場へと走り出した。
「許さないぞ……!」
「見事だった」
「ありがとうございます」
決闘が終わった後、レオがソフィアの元へとやってきた。
「ただ、決闘はもう止めてくれ。今回は作戦が効いたから良かったが……」
「いえ、デルム様が一つの魔術しか使えないことは分かっていましたけど、あの作戦でなくても問題なく勝てていたと思います」
「そうなのか?」
「はい、だって『水障壁』は……」
ソフィアがなぜ勝てるのかの説明をしようとしたその時。
「ソフィアッ!」
怒りの形相に染まったデルムがやって来た。
「デルム様……」
ソフィアに驚きはなかった。
盾をぶつける時は手加減をして重傷にならないように避けていたし、
そして目覚めたデルムがこうなることも、半分確信していた。
「何をしにきた」
レオがソフィアを庇うように前に立つ。
「俺は認めない! あんな方法で俺を……!」
決闘の時の屈辱がフラッシュバックしたのか、デルムはワナワナと拳を握りしめる。
「貴族魔術学院の生徒なら、純粋魔術で勝負しろ!」
聞き慣れない言葉にレオは首を傾げた。
「純粋魔術?」
「貴族魔術学院の中での一つの考え方です。魔術とは魔力を使って何かの結果を得ることですが、魔力のみで結果を得ることを純粋魔術、何かを使い結果を得ることを媒介魔術と言うんです」
「盾を操るのは媒介魔術なのか」
「はい、そしてその考え方の生徒は自身の魔術で完結する純粋魔術こそが至高であり、純粋魔術だけで勝負するべき、と考えているんです」
「騎士道精神のようなものか」
「そうですね。私も貴族魔術学院の卒業生ですから、当然純粋魔術だけで戦うべきだと思っているのでしょう」
「馬鹿馬鹿しいな」
「全くです」
ソフィアとレオの意見は一致しているようだった。
魔術学院の中ならともかく、勝手に自分ルールを持ち出されても困る。
「今回、決闘の決め事に純粋魔術のみで戦う、という決まりはなかったはずですが?」
「黙れ! 学院の生徒が純粋魔術だけで戦うのは常識だろ!」
勝敗が決した後、野次馬は散っていったとはいえ、まだ広場には人が残っている。
勝負に負けて喚き散らすデルムを見て彼らがデルムを失望した目で見ていることを、自分では気がついていない。
「負けを認めないということですか?」
「そうだ! 俺は負けてない!」
「……そうですか。そこまで堕ちたわけではないと思っていたんですけど」
ソフィアは少し失望した目をデルムに向ける。
その目がさらにデルムの神経を逆撫でした。
「いいでしょう、その決闘、お受けしましょう。今度は純粋魔術だけで戦うと誓います」
「言ったな! 杖を構えろ!」
デルムはただの魔術のぶつかり合いなら負けないと思っているのだろうが、それは違う。
「『岩大槌』!」
デルムが唱えると直径がデルムと同じくらいの岩の円柱が生成され、ソフィアへと向けられた。
「『水障壁』」
ソフィアは防御魔術を展開して身を守ろうとするが、『岩大槌』は『水障壁』を突破した。
ソフィアは防御魔術を解除すると魔術を使い、迫り来る岩を避けた。
しかしローブの端に岩が当たり、千切れ飛ぶ。そしてソフィア背後に植えてあった木に当たるとへし折れた。
人に当たれば一たまりもない、中級の魔術だ。明らかに明確な殺意が込められた一撃だ。
「やはり『水障壁』には弱点がある! 大きな質量の魔術には耐えられないんだろう!」
「当たり前じゃないですか。汎用防御魔術ですよ……」
汎用防御魔術はある程度の魔術を防ぐことができる魔術なだけで、当然弱点が存在する。
『水障壁』の場合、物体を水の力で削る、という性能の限界を越えれば簡単に突破されてしまう弱点がある。
他の汎用防御魔術の『土壁』、『氷壁』、『障壁』にも同様に他の弱点がある。
「いくら同時に二つの魔術を使えるからといって、必ず勝てる訳ではない!」
「そんなこと知っていますよ」
実は、魔術師の戦いにおいて同時に何個魔術を使えるかどうかは、あまり関係がない。
防御魔術に弱点である対抗魔術があるからだ。
もちろん多くの魔術を使えた方が有利ではあるが、攻撃魔術は一つの防御魔術で防ぐことができるし、防御魔術はずっと発動できるわけではない。
勝敗を決するのは、どのタイミングでそれぞれの汎用防御魔術に有効な魔術を放ち、相手に攻撃を喰らわせるかだ。
つまり、魔術師同士の戦いはシンプルな駆け引きなのだ。
「『火球』」
ソフィアが魔術を放つと、デルムは『水障壁』で防御した。
「『火球』」
ソフィアはデルムが『水障壁』解除しないように絶え間なく『火球』を放ちつづける。
いくらソフィアでも魔術の乱射はそれなり消耗するが、少しの間なら問題はない。
「何のつもりだ! もう盾はない! 『水障壁』を維持するより『火球』を乱射する方が消耗は早い。さっきの手は俺にもう通用しないぞ!」
その通り。盾はもう撤去している。
さっきのような物理攻撃を活かした戦法は出来ないだろう。
だが、別にソフィアはさっきの戦法を再び使おうとしている訳ではない。
「『水障壁』の開発者として、一つアドバイスを差し上げます」
ソフィアは話しながら自身の前方に球体の『水障壁』を作り出した。
「『水障壁』の構造はご存知の通り、水の力で削り、発散します。そしてその性質は、障壁の内側でも有効です」
ある程度の魔術は完全に削り発散させて外に出さず、人間が素手で触れようとしても削る力でタダでは済まない。
「つまり、『水障壁』は捕縛魔法の側面も持ち合わせているのです」
「何だとっ……!?」
『水障壁』を相手を覆うように放った時、この魔術は凶悪な檻となる。
この魔術は半分その目的で作った物だったのだが、デルムは気がついていなかったようだ。
『水障壁』の発明者だと自称していたのに、何とも情けない話だ。
自分のものにしようとした魔術でさえろくに理解していなかったとは。
「加えて、『水障壁』の削り発散する性質は戦いにおいて、積極的な用法にも相性が良いです。術式を応用して形を変化させると……」
ソフィアは『水障壁』の形を変化させていく。
そして『水障壁』は球体から、高速で回転する水の槍の形になった。
「こうして、相手の防御魔術を貫通する、極めて有効な攻撃魔術にもなります」
水の槍がデルムへ向けて放たれる。
水の槍が『水障壁』に突き刺った。
ソフィアとデルム、二人の魔力が混ざり合い光を発する水が飛び散った。
「さて、デルム様。貴族魔術学院で習ったことのおさらいです。同じ魔術がぶつかった時、どうなるでしょうか」
ソフィアはまるで感情を見せない声で淡々とデルムに質問する。
始めはどちらの『水障壁』も互角に押し合っていたが、徐々に水の槍が押し勝ち始めた。
「答えは、より技量の優れた魔術師の方が勝つ、です」
「や、やめろ……」
少しずつ、少しずつ水の槍が、『水障壁』を切り裂いて突き刺さっていく。
水の槍の先端が障壁内部へと侵入する。
飛び散る水が光を放つ。
高速で回転しながら迫る槍に、デルムの顔が蒼白に染まっていく。
「やめてくれ!」
水の槍がデルムの誇りも、慢心も、プライドすらもビリビリに切り裂いていく。
ソフィアが杖の先に魔力を込める。槍の回転速度がさらに跳ね上がった。
「お、俺の負けだ!」
デルムが降参した。
ソフィアは魔術を解除する。
するとデルムは腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。
「そんな……」
油断は無かった。自分の得意な分野で勝負もした。
だが、それでも負けた。
言い訳のしようがない、完全な敗北。
デルムは足を震わせ、怯えた目でソフィアを見上げている。
デルムの純白のマントは土で汚れていた。
命のやり取りをしたとは思えないほど落ち着いたソフィアはただ静かにデルムを見下ろしていた。
まるで闘争に勝った百獣の王が格付けをするかの如く。
「あ、悪魔……」
この日、二回に分けて行われた決闘は光の如き速さで王都中へと広まった。
もうソフィアが『水障壁』を発明したということに反論する人間はいなかった。
デルムは才能に溢れたソフィアを使い潰そうとしていた無能として。
そしてソフィアは若き天才として名を馳せることとなった。
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