15話 決闘(1)
約束の正午になった。
研究所で一番開けた場所である広場ではすでに研究所の人間と、決闘の噂を聞きつけた人々が見物に来ていた。
貴族や騎士、文官など様々な階級の人間が輪を作るように立っており、真ん中にデルムが立っていた。
「まだか……!」
いつもよりも派手に着飾り、ゴテゴテと宝石が付けられた杖を持つデルムはイライラとしながら貧乏ゆすりをしていた。
そして正午丁度の時間にソフィアがやってきた。
「どけ」
「し、失礼します……っ!」
鋭い男の声が響くと、人垣が割れて、その中をおどおどとしたソフィアが歩いてきた。
いつものくたくたに使い込まれた葡萄酒色のローブに、自分の身長ほどの長さの杖を持ったソフィアは、デルムと比べるととても強そうには見えない。
そして、ソフィアの隣にはレオが一緒だった。
レオだけではなく、後ろには二人の騎士が何かを持って運んでいた。
「盾……?」
騎士が持っている物を見てデルムは眉を顰めた。
騎士が持っていたのは長方形の大楯だった。
「ご苦労、そこの地面に置いておけ」
レオが命令すると騎士は地面に盾を置く。
合計二枚の盾が地面に並べられた。
「レオ様、騎士の皆さん。ありがとうございました」
ソフィアはレオと騎士にお礼を述べる。
騎士は敬礼をして去っていった。
レオはソフィアをしばしの間無言で見つめた後、そっと頬に触れた。
「ソフィア。武運を祈る」
「はい」
レオはそれだけ告げると後ろへと下がっていった。
「お待たせしました」
ようやくソフィアはデルムの方を見る。
(これは本当にソフィアか……?)
デルムは対峙しているソフィアを見て違和感を覚えていた。
いつも怯えている表情は研ぎ澄まされた闘志で満たされており、動揺一つ感じられないほど落ち着いている。
寒気すら覚えるほどに静かなその目に見られ、デルムは気圧された。
しかしすぐにその思考を振り払い、ソフィアを見下す。
「ふん、なんだその盾は。まさかそれで攻撃魔術を防ぐつもりなのか?」
「いいえ、それは違います。私には『水障壁』があるんですから」
「それは俺の魔術だ」
「この決闘が終われば、ハッキリするでしょう」
ピリピリとした緊張感が辺り一帯に広がっていく。
先に動いたのはソフィアだった。
「『火球』」
ソフィアが杖の先に魔力を込めると拳大の火球が作り出される。
そしてデルムに向けて放たれた。
「『水障壁』!」
デルムは咄嗟に『水障壁』を発動した。
半円球の水の障壁がデルムを覆い、火球はデルムにかすり傷一つ負わせることなく消えた。
デルムは高らかな笑い声をあげる。
「ハハっ! やはり俺の『水障壁』は最強の汎用防御魔術だ! そんな初級の魔術では俺にかすり傷すらつけることはできないぞ!」
『水障壁』の中でデルムは叫ぶ。
『さすがはデルム様だ』
『汎用防御魔術としては優秀だな』
恐らく初めて実践で『水障壁』を見たのであろう研究者や騎士が感嘆の声を漏らす。
しかし初手を防がれるのはソフィアにとっては予想通りだった。自分の発明した魔術が何を弾くかくらいは理解している。
ソフィアは冷静にデルムを観察する。
(『水障壁』。我ながら作っておいて本当に厄介な魔術だ……)
「どうした! 攻めてこないならこちらから行かせてもらうぞ! 『雷砲』!」
攻めてこないソフィアに、今度はデルムが『水障壁』を解除して攻撃魔術を発動した。
雷がソフィアに迫る。
「『水障壁』」
ソフィアは『水障壁』を展開してデルムの攻撃を防ぐ。
こちらも難なく防がれた。
『おお、なかなかの威力』
『やはりデルム様は優秀だ』
『困難と言われていた水属性で汎用防御魔法を作り上げただけはある』
火、水、風、雷、土、氷、闇、光の八属性の魔術の中で、水属性では汎用防御魔法を作り出すのは、極めて困難とされてきた。
それは水の性質ゆえだ。氷や土と違って、壁を展開しても強度に問題がある。
そこで、ソフィアは方向性を変えた。
魔術を防ぐのではなく、削り発散することに切り替えたのだ。
水を高速で回転させることで攻撃を削り取り、同時に魔力を発散させる。
これが『水障壁』の基本的な構造だった。
そして構造が複雑な分、燃費は悪い。
野次馬の賞賛を聞いてデルムが得意げな顔になる。
その隙にソフィアが杖に魔力を込めると、地面の二つの盾が浮き上がり、疾風の如くデルムへと飛んでいった。
「!?」
そのあまりの魔術の発動の早さにデルムと、決闘を見ていた野次馬が目を見張る。
ソフィアが放ったのは魔力によって物体を動かす魔術だ。
この魔術は術式がシンプルで扱いやすいため、よく魔術学院では初級の魔術として習う。
そしてシンプルな術式ということは、その分発動時間は早い。
二つの高速の盾がデルムへと飛んでいく。
しかし難なく盾は弾き飛ばされ、音を立ててデルムの近くに散らばった。
『今、二つ同時に魔術を使ったのか?』
『だが弾き飛ばされたぞ』
魔術のスピードに面食らっていたデルムだが、『水障壁』で防いだことにより得意げに胸を張った。
「盾を飛ばせば通用すると思ったのだろうが、そんなもの無駄だ! この俺の『水障壁』を破れない限り、お前に勝利はない!」
「そうですか」
「なっ、お前! 何をしている!」
ソフィアは魔術で木の椅子を作り出し、そこに座った。
「『水障壁』が解けるまで待っているんです」
その言葉にデルムは一瞬ソフィアが決闘を放棄したのではないかと思った。
「何を言っているんだ! ちゃんと戦え!」
「デルム様こそ何を言っているんですか。これで詰みです」
「詰みだと? 一体何を言って……」
「こういうことですよ」
ソフィアが軽く杖を振る。
すると散らばっていた盾が浮遊し、地面に突き刺さった。
「この盾のせいでもう『水障壁』を解除することはできないでしょう?」
「まさか……ッ!?」
「この距離ならデルム様の攻撃魔法よりも私の魔術の方が早いです。加えて、一か八か『水障壁』を解除して私が盾を操る前に盾を操ろうと魔術を発動させても、二つ同時に魔術を使えないデルム様は片方の盾に攻撃される」
盾はデルムの至近距離にあり、デルムが攻撃魔術を発動しても、確実にソフィアが盾を操り攻撃する方が早い。
「貴様! こんな卑怯な戦い方……許されると思っているのか!」
「二つ同時に魔術を使えるなら状況は打破できますよ」
「ふざけるな! ソフィアッ!!」
「最後に、『水障壁』は汎用防御魔術ですが、魔力の燃費は悪いです。盾は魔力を消費しませんからいくらでも魔力切れで『水障壁』が解除されるのを待ちますよ」
ソフィアは椅子に座りながらそう告げた。
まとめると、盾は地面に刺さっているだけなので魔力を消費せず、逆に『水障壁』は魔力を消耗していく。
しかし『水障壁』を解除して盾を操ろうともデルムは魔術を同時に一つしか発動できないので、二枚ある盾の片方に必ず攻撃される。
攻撃魔術を放とうとしても同じで、デルムの至近距離にある盾を操り攻撃する方が遥かに早い。
結果として、デルムは『水障壁』を解除できない状態が続く。
これがソフィアが用意したデルムへの詰みだった。
「俺を愚弄するつもりか!」
「いいえ、私が示しているのは単純な実力差です」
貴族魔術学院を卒業した当初、デルムとソフィアの魔術の腕はそれほど離れてはいなかった。
両者とも魔術は一つしか操ることはできず、技量も拮抗していた。
しかしこの三年間、デルムは怠惰に過ごしていたのに対して、ソフィアはずっと研鑽を続けていた。
その結果、デルムはまだ一つしか魔術を扱えないのに対して、ソフィアは三つ以上魔術を扱えるようになっていた。
この状況が明らかにしたのは、単純な努力の差。
ソフィアがデルムに自身の未熟さを体感させるために作り上げた牢獄からデルムは抜け出すことができない。
自分が手も足も出ない状況を長時間見せ物にされることは、デルムにとってはこの上ない屈辱だった。
「ソフィアッ! 今すぐこの盾をどけろッ!」
「ご自分でどかしてみては?」
デルムは唾を飛ばしながらソフィアに怒鳴るが、ソフィアはそよ風の如く受け流す。
防御魔術を発動したまま言葉だけで反撃しないデルムに対して、周囲の野次馬もデルムが詰みの状況に嵌められたことに気づき始めた。
『え……まさか』
『デルム様が負けた?』
『でも防御魔術を解除したら……』
『無理だよ。盾で攻撃される方が早い』
『てことは完全に……』
デルムに対しての失望が人々へ伝播していく。
「ぐっ……!」
デルムはその状況を見渡し、冷や汗をかく。
そして反対に、今度はソフィアを称賛する声が広がり始めた。
『デルム様の元婚約者、二つ同時に魔術を使えたんだ……』
『それに魔術の発動速度も威力も申し分ないし』
『機転も利くなんて、大したものだ。まさか盾を攻撃に使うとは』
ソフィアとデルム。二人の明暗は明らかだった。
力量不足を白日の下に晒され続ける屈辱に歯軋りをしながらも、デルムはソフィアを睨んで叫ぶ。
それからずっとデルムはソフィアに対して「卑怯だ」とか「正々堂々勝負しろ」と罵倒を続けていたが、ソフィアは無視した。
勝敗は誰の目から見ても明らかだった。
『水障壁』に閉じ込められたまま、魔力はどんどんと削られていく。
二十分が経った頃、デルムが賭けに出た。
『水障壁』を解除し、ソフィアに向けて攻撃魔術を放とうとしたのだ。
しかし防御魔術が解除された瞬間、ソフィアは盾を魔力で操り、デルムへぶつけた。
一枚目がデルムの腹部に激突する。
「がは……ッ!」
そして二枚目がデルムの頭上から落ちて、デルムを叩き潰した。
「──」
デルムは完全に沈黙し、白目を剥いていた。
「そこまで!」
レオが止めに入る。
そしてデルムの側に行って本当に気絶しているのかを確認する。
「ソフィア・ルピナスの勝利とする!」
レオが勝利宣言をあげると、拍手喝采が巻き起こった。




