11話 レオの目的
しばらくするとレオが起きた。
「む……」
レオが目を開け、ベッドから起き上がる。
「もう起きてしまったんですか」
ソフィアは残念そうにため息を吐く。
一時間とは言ったが、もう少し寝かせておくつもりだったのにレオは一時間ぴったりで起きてしまったようだ。
「俺はどれくらい寝ていた」
「ちょうど一時間です。体調はどうですか」
「大分マシになった」
レオはベッドから立ち上がる。
今すぐにでも仕事に戻るつもりなのだろう。それを察知したソフィアはレオが部屋から出ていくのを遮る。
「はいこれをどうぞ」
ソフィアはレオに飲み物を渡した。
ガラスのコップに入った液体は濃い緑色で、ドロドロとしていた。
「……これは?」
「いろんな薬草を混ぜた栄養ドリンクです。体に良いので飲んでください」
「……」
レオはしばしそのコップを見つめていたが、覚悟を決めたのかぐいっと飲み干す。
「苦い……」
「当たり前です。それと言っておきますが、その栄養ドリンクも疲労回復の効果なんてありませんからね。そもそも、回復魔法も外傷を治すだけで、疲労は回復したりしないんですからね」
ソフィアはレオに注意する。
「少しは反省してください。無茶をしすぎです」
「だが……」
しかしレオはあまりソフィアの言葉を聞き入れたようには見えない。
「ベッドに入った途端眠りに落ちるなんて、はっきり言って異常だと思います」
ソフィアより体力があるレオが、以前のソフィアのようになっているということは、確実に三日は徹夜している。
頑張らなければならない理由でもあるのか、それともそうせざるを得ない状況なのかで色々変わってくる。
「なぜそんなに頑張っているんですか」
だからソフィアは質問した。
「言っただろう。俺は、スラムを失くしたいんだ」
「それでもレオ様が身体を壊すぐらい頑張らなくても……」
「それではダメなんだ」
レオがソフィアの言葉を遮るようにそう言った。
「俺は、一刻も早くスラムを失くさなければならないんだ」
レオの表情は何か突き動かされているような、そんな表情だった。
「なぜそんなに急いでいるのですか……?」
「…………」
「話してくれるまでこの部屋から出しませんから」
ソフィアはレオの前に手を広げて立ち塞がる。
ソフィアは少々強引に聞き出すことにした。
目の前で婚約者がこんな無茶をしているのだ。理由を聞くぐらいしないと納得できない。
ソフィアの強固な決意を固めている瞳を見てレオは観念したのか、手近な椅子に座った。
ポツリ、と話し始める。
「……昔、俺はかなり好奇心が旺盛な子供だった。山の中を走り回るような子供だ」
「はあ……」
レオがやんちゃだったと言われても、今の氷狼と呼ばれている姿からはあまり想像できない。
この無表情で木の棒を振り回して山の中を歩いていたのだろうか。
その光景を想像するととても微笑ましいような気持ちになったが、ソフィアは話の腰を折らないために表には出さなかった。
「ある日街に出た。やんちゃだった俺は目に映るものが気になってしょうがなかった。そして興味の赴くまま歩き回っていると、路地裏に迷い込んでしまった」
「それが、スラムだったんですか?」
レオは頷く。
「酷い光景だった。俺と同じくらいの歳の子供が物乞いをしていた」
自分と同じくらいの子供が物乞いをしている光景を見て、レオは何を考えたのだろう。
今まで蝶よ花よと育てられた貴族の子供にとっては、相当衝撃の大きいことだっただろう。
「俺はショックを受けた。そして同時に、自分の境遇がどれほど恵まれているのかということに気がついた」
上等で、清潔な服装に身を包み、明日の食事の心配なんて必要がない自分と、明日の命さえあるかどうか分からない彼らたち。
その光景は、レオの心の底に刻まれ、今もなおレオを突き動かす理由となっている。
「その日から、俺は一刻も早くスラムを失くす、と決意した。彼らに平民と同じような普通の生活をさせてやらなければならない、と」
レオは目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。
瞼の裏では当時の光景が写っているのだろう。
「それが貴族に生まれた俺の使命であり、義務なんだ」
レオは拳を握りしめる。
その目には使命の炎が宿っていた。
「今この瞬間にも、誰かが満足に食事を摂れず死んでいる。だから俺の身体がどうなろうと構わない」
なぜレオがこんなにもずっと張り詰めているのか、その理由が分かった気がする。
この若さで宰相になった理由も、一刻も早くスラムの人々を救うためなのだろう。
今まで静かに聴いていたソフィアが口を開いた。
「とても、素晴らしい夢だと思います。私には止めようがないくらい」
ソフィアは目を伏せる。
「レオ様の夢が叶った未来は、とても素晴らしいと思います。きっと沢山の人を幸せにすることができるでしょう」
「……分かってもらえたなら良かった」
「でも」とソフィアが顔を上げる。
「その未来にレオ様がいないのは、私が寂しいです。私は、レオ様とその未来を見たいです」
「……っ!」
「だから身体には気を遣って欲しいです。レオ様がいない未来は……とても悲しいです」
「…………分かった」
レオは頷くと顔を逸らした。
「あれ、どうしましたか?」
ソフィアはレオの顔を見て首を傾げる。
レオの頬が赤く染まっていたからだ。
「……何でもない」
「ま、まさか風邪!? やっぱり体調が悪いのでは……!」
「だから、大丈夫だ。少ししたら元に戻る」
「で、でもそんなに顔が真っ赤なんて……!」
「はあ……」
まだ慌てふためているソフィアに、レオは頭を振った。
そして焦ったそうに息を吐いて、ソフィアの腕を掴む。
「いいか。お前の言葉に少し照れただけだ。これ以上は恥ずかしいから言わせるな」
本心を自分で言わざるを得なくなり、かなり恥ずかしいのかレオは顔が真っ赤になっていた。
「……あ、えと、そう、ですか」
ソフィアは俯く。
二人の間で沈黙が流れる。
(何、今の顔……!)
ソフィアはレオの滅多に見せない表情にときめいた。
いつも強気なレオが見せる弱気な表情は、ソフィアの心をくすぐった。
「邪魔した」
レオは立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
ソフィアはレオを呼び止めた。
「レオ様……!」
「分かっている。今日はもう休む。お前には心配をかけた」
「そうですか……」
レオから今日は休む、という言葉が聞けてソフィアはホッと息を吐く。
「その……心配してくれて嬉しかった」
レオはぶっきらぼうにそう言うと扉を開けて部屋から出ていった。