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正夢が見れるなら高次元世界でも無双できる?  作者: ブルーギル
第1章 入学前
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6話 悪夢

 夜中の激しい雨は上がっているが、空は曇に覆われている。

 そんな風景がバスの窓に流れる。


 楽しいおでかけ……のはずが、雪夜もフィアスも異様に静かだった。


「そういえば、学校っていつからだっけ。まだ案内が届いてないよね」


 なんとか話題を切り開く。


「それなら青月館のロビーに掲示されておりましたわ。明後日に入学式ですわよ」


「なんだって、赤砂寮にはまだ貼り出されてないんだけど……」


 こんなところにも寮の格差が。


「学校か~。毎日登校するの、面倒くさいなあ」


「俺は小学校を途中退学した以来だからちょっと楽しみかな。フィアスは学校に通ってた記憶ないんでしょ?」


「うん。でも、面倒くさい」


 フィアスがぷいっと窓を向く。

 やっぱりフィアスのぐーたらは体調のせいだけではないような。



 ◇◇◇



『まもなく水仙道駅前に到着します。お降りの方は忘れものに注意してお降りください』


 水仙道駅に来るのは、高次元世界に初めて来た日以来。

 相変わらずたくさんの人が行きかっている。


 そして、最先端ではあるものの、科学技術がモリモリ露出した近未来的な街ではない。新しいのに、骨董とした雰囲気を漂わせる街。


「ここにいると、なんか魔法を使えそうな気分になるね」


 なんて言葉を挟みながら、雪夜の様子を伺う。

 雪夜のまとう漆黒の闇は、まるで少しの刺激で爆発してしまう爆弾のように危うい。


 リフレッシュしてくれたらいいけど、とにかく刺激しないように行動しなくては。


「こっちには魚屋、肉屋、八百屋。あっちには服屋、靴屋、散髪屋があるみたいだよ」


 魚屋のオモテでは、見たことのない魚が売られている。


「『マッチョバス』だって。やたらとムキムキしているけど、美味しいのかな」


 服屋には『スタイルが良く見える服』が置いてあった。

 見た目や色合いによる錯覚を利用しているわけではなく、【空間の次元】をうまく使ってそう見せているらしい。


「あそこのコーナーは本屋、時計屋、そして……あれは何屋だろう」


 その店にはたくさんの棒が並べられていた。


「いらっしゃい。お兄ちゃん、高次元世界は初めてかい?」


 その店の店員さんに話しかけられた。

 雪夜とフィアスは違う店を見ている。


「ええ、来て間もないです」


「なるほどな。ここは杖屋だ」


「つえ? それは何に使うものなんですか?」


「色々だよ。ある時は日常生活に。ある時はスポーツに。そしてある時は体の支えに」


「最新型の松葉杖ってことですか?」


「はは、冗談冗談。モノには次元を組み込むことができるんだが、それに最も適した形状をしているのが杖さ。次元と関わるための補助みたいなもんだ。今では一人一本は持ってるぞ」


「あれ? 杖ってもしかして……」


 俺はカバンから心乃さんから貰った緑色の棒を取り出して見せた。


「兄ちゃん!? それ、一体どこで手に入れたんだ!?」


「貰いました」


「【生命の次元】のマナが溢れてやがる……! しかも、純粋で綺麗なマナだ……。それ、売ったら1000万円はくだらないぜ」


「い、1000万!?」


 俺は心乃さんからとんでもないお宝を貰っていたようだ。


「あの、マナってなんですか?」


「マナは高次元世界で生きてるだけで生物の身体に溜まっていく、次元に作用するポイントみたいなものだ。まだそれが何なのかは解明されていないが、モノに次元を埋め込むときに必要だから価値があるんだ。そして、マナは人それぞれ違っていて、作用する次元も、強さも違う。俺はそこそこ強いマナなら見ることができるんだが、ここまで強いマナは初めて見たぞ……」


 きっと、この杖には心乃さんのマナが込められているんだ。心乃さんは【生命の次元】の超能力者だから、【生命の次元】の力を強く持ったマナを持っているんだろう。




「テメエいい加減にしろやァ!! 何回言わせんのじゃゴラァ!!」


「も……申し訳ございません……!!」


 近くで怒鳴り声が聞こえた。

 仕事中の上司と部下のようだ。


 上司からは、イライラの黒い闇がムンムン出ている。

 部下からは、怯えるような悲しい闇がモワモワ出ている。


 道から、子供が二人話しながらアイスを持って走ってきた。

 すると目の前の大男に気づかずぶつかり、アイスを服につけてしまった。


 大男は凄い形相で子供を睨みつけている。

 黒い闇に覆われていて、今にも子供を蹴り飛ばしそうだ。


「ちょっ……」


 パリンッ!!


 駆け寄ろうとした瞬間、大きな音がした。


「な、なんだ!? 向こうからガラスが割れる音が!!」


 音のする方へ走って行くと、そこは宝石店。

 そして、マスクをかぶった黒ずくめの男が二人。


「強盗か!?」


 この短時間の間に、嫌な出来事がいくつも起こった。

 それなりの都会だし、こういうことは日常茶飯事なのかもしれない。


 しかし、よく見ると黒ずくめの男達は窓ガラスを割ってしまったことを店員さんに謝っていた。


 店員さんも和やかな雰囲気でそれを許している。


「う……嘘だろ……」


「まあミスは誰にでもあるしな。次の仕事行くで」


「は……はいっ……!!」


 あれだけキレていた上司も、部下を慰めている。


「ほらよ、アイスクリームだぜ」


「あ……ありがとうございます……!!」


 なんとアイスをぶつけられた大男は、子供たちに新しいアイスを買っていた。


 あっちもこっちも、先程までの不穏な感じはすべて消えたのだ。


「なんか、優しい世界だな。はは」


 この時、なぜ気を抜いたのだろう。

 さっきまで覆われていた、人々の黒い闇がさっぱりと消えているじゃないか。


 振り向いたその一瞬、飛び込んできた視界は地獄だった。

 人が倒れ、建物は壊れ、茶色く濁った光景。


 そして、さっきまでとは考えられないほどの暗黒が広がっている。


 フィアスも、血を流して倒れていた。


「な……なにが」


 ザシュッ!!!!


 ここで俺の意識は無くなった。多分死んだ。

 最後に目に映ったのは、暗黒の中心にいた我を失った雪夜だった。



 …………



 ガバッ!!!!


「うわあああああああああああ!!!!」


 はあ……はあ…………。


 携帯の電源をつける。午前2時13分。

 外からは雨の音がしている。


「ゆ……夢か…………。なんてリアルなんだ……」


 俺は死ぬ夢を見た。

 まだ体が震えている。布団をかぶっているはずなのに体温が低い。口もとがガタガタしている。


 とりあえず夢だったことに安堵し、一回落ち着く。


「最近も正夢は見てたけど、今日の夢は長さもリアルさもダントツだったな……」


 ……あれ、正夢……? ってことは……


 ガバッ!!!!


「俺、死ぬってこと!?!?」


 ガチャ!!!


「ひっ!!!!」


 急に部屋の扉が開いた。

 するとそこにはパジャマ姿の寝ぼけ顔の苺がいた。


「まったくさっきから叫んでうるさいわね!今何時か分かってんの……って、ちょっとアンタ、なんで泣いてんのよ!」


 気づけば涙がだらだらと流れていた。


「……ただ怖い夢を見ただけではないようね」


 苺は「はあ」とため息をつきながらも話を聞いてくれた。



 ◇◇◇



「正夢ねえ」


 豆電球の茶色いライトがちゃぶ台を照らす中、苺はココアを混ぜながらつぶやいた。


「まあ、今のアンタを見てると嘘ではないんでしょうけども」


「これまでも正夢を見ることはあったけど、その夢の中に俺は出てこなくてただの傍観者だったんだ。でも、今回は俺目線の、すごくリアルな夢だった」


「まあ夢が現実になるってことは信じるとして、考えるべきはどうやってその【闇の次元】の超能力者を倒すかね」


「倒す……?」


「だってアンタが行動を変えたら夢では死んでしまった小動物も助けられたんでしょ? だったらアンタがその超能力者を倒すか逃げ切ればいいのよ」


「雪夜を……倒す……」


 あまり思い出したくないけど、俺は雪夜に殺された。

 俺が狙われていたわけではない。全てを破壊する勢いで荒れたんだ。


 もちろん、雪夜は元々ああいうことをする人ではない。

 きっと、何かのきっかけで我を失ってしまったんだ。


 一体何がそうさせたんだろう……。

 事態を解決するにはそこを理解する必要がある。


 もしかすると、苺の言うように暴走した雪夜を力で止める必要があるかもしれない。


「……俺たちが超能力者に渡り合う方法ってあるのか?」


「『杖』と呼ばれる道具があるわ。人と杖が調和すれば、次元に踏み入ることもできるそうよ。何も持たずに次元に干渉できる超能力者には及ばずとも、能力者として少なからず渡り合えるはずだわ」


「どうやったら杖と調和できるんだろう」


「それが分かれば苦労はないわよ。杖は作る人、込められたマナ、素材、あらゆるものによって繊細に性能が変化するの。認識できる次元がはっきりしている超能力者や能力者はともかく、私達無能力者は適正も分からないし、自分に合う杖を見つけること自体簡単じゃないわ」


 俺は心乃さんから杖を貰ったが、それは俺に合った杖なのだろうか。


 でも、俺は雪夜の助けになるためにこの学校にいるんだ。

 なんとか杖と調和して、あの雪夜を止めないと…。


「ありがとう苺。ちょっと気持ちが前向きになったよ」


「ふん。また何かあったら相談しなさい」


 バタン


 苺は自分の部屋に戻っていった。


 ここで寝ると、また悪夢を見るかもしれない。

 それでも、もう一度寝よう。


 まだ現実ではなく、夢なのだから。



 …………



 ピンポーン


「糸~昨日なんで来てくれなかったの。もうお腹ペコペコだよ~」


 聞き覚えのあるフレーズ。


「……糸、何かあったの?」


 黙り込んでる俺に、フィアスが心配そうに声を掛ける。


「それは……」


「まあいいや、とりあえず上がってよ」


 さっきの夢の中と同じ部屋。

 天井には相変わらず黒いオーラが広がっている。


「ねえ、どうしたの? 顔色良くないよ」


「……昨日、悪い夢を見たんだ」


「ふーん。ねえ、昨日メッセージでも書いたけど、最近違和感を感じるんだ。雪夜のことで」


「雪夜……」


 残酷な光景と、血まみれになって倒れていたフィアスが頭に過ぎる。


「……多分気のせいだよ。昨日会ったけど、普通だったよ」


「私には雪夜がどんどん暗黒に染まっていくように見えて……。それが怖くて初日以来、雪夜には会ってないんだ。でもなんか今日は糸まで……ううん、なんでもない」


「そうか。まあ雪夜は今日様子を見てくるから、フィアスは気にしなくていいよ」


 俺一人で何とか出来るのなら何とかしたい。

 もう血を流して倒れているフィアスは見たくない。


 パァン!!!!


「!? なんか今、天井からすごく大きな音しなかった?」


「な……なんの音だろうね。上の階の誰かが物を落としたんじゃない?」


「ねえ……これから本当に雪夜に会うの……?」


「うん。昨日約束したんだ」


「……糸がそう言うならいいけど。じゃ、ごはん!」


 俺は肉じゃがを作り、昼や夜に食べられるようにタッパーに詰めてからフィアスの部屋を後にした。




 ピンポーン


 次に向かったのは雪夜の部屋。


 ガチャ


「……糸。いかがなさいまして?」


 相変わらず凄まじい迫力だ。

 フィアスがいない不安からなのか、昨日以上に恐ろしいような……。


「……約束通り、遊びにきたよ」


 今は明るく振舞うことだけ考えよう。

 恐れを殺して、無理やりに笑顔を作る。


 雪夜の青く冷たいサファイヤのような瞳が、俺を凍てつかせるようにじっと見つめている。


 死ぬほど怖いんだけど。別に地雷踏んでないよな……?


「中へどうぞ」


「お、お邪魔します……」


 靴を脱いで玄関に上がる。

 リビングに上がった途端、俺の息は詰まった。


 あのぬいぐるみが、粉々に破裂して床に飛び散っている。

 もはや原型がない。もしかしてさっきの破裂音は……。


「なんで……この前と全然ちがう……」


「糸? さっきから何を怯えていますの?」


 すぐ後ろから冷徹な声が聞こえてきた。


「ゆ……雪夜……!? ち、ちがうんだ……これは……!」


「ふふ……アハハハ!!!! 一体何を怯えているの?私が怖いの?? ねえ!!」


 一気に空気が変わった。

 狂気に侵された雪夜を中心に、部屋中に暗闇が満ちる。


「雪夜……どうして笑っているんだ……?」


「アハハハハハハ!!!!! それはあなたを殺せるからですわ!! 今、どうしようもなくぐちゃぐちゃにしたい気分ですの!!! この感情はどうすれば止まるのでしょうね!!!」


 前回と違うじゃないか。いくらなんでも展開が速すぎる!

 フィアスを連れてこなかったから?野菜炒めではなく肉じゃがを作ったから?


 夢は現実を完全に再現してくれるわけでは……ないのか……?


「そうだ……杖を……!!!」


 カバンから杖を取り出そうとするが、頭は真っ白で混乱している。


「じゃあね、バイバイ」


 ザシュッ!!!!!!


 暗黒に包まれた空間の中で、俺はまた心が壊れた彼女にあっさりと殺された。


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