3話 クラス振り分け試験
どんよりとした曇り空の下、聳え立つ建物を横目に広大なキャンパスを歩いてゆく。
建物の内部は全て繋がっているらしいが、迷うから外から行けと地図に書かれているのだ。迷宮かな?
「あった、この建物だ」
大きな扉を開けて、地図に書かれていた建物の中へ入る。
廊下が広くて、本当にお城みたい。
午前10時半、試験が始まる。
最初は英語、数学、国語、社会。これらの試験時間は4つまとめて1時間半。
必死に勉強を教えてくれた爺やさんに申し訳ないが、どれもさっぱり分からなかった。
正午、爺やさんが持たせてくれたお弁当を食べて、昼休憩。
午後からは理科のテスト。
今度は理科だけで1時間半というように、科目のバランスが極端に偏っている。
残念ながら、一番力を入れて勉強した理科も全然分からなかった。
理科の試験が終了し、20分の休憩を挟んだ後に始まったのは、不思議なアンケート。
『以下から好きな模様を選んでください』とか、『これらの動物はなんと言っているでしょうか』など、まるで心理テストだった。
さらに40分の長い休憩を挟み、最後は面接。
教室で自分が呼ばれるのを待つ。
「次、受験番号0810、九重糸さん」
「はい」
別室へ連れて行かれる。
面接官は、凄そうなオーラをまとった男性だった。
「君は……」
「えっ?」
面接官は一瞬驚いたような表情を見せ、何かを企むように口元が緩んだ。
「お疲れ様。以上で面接、および全ての試験は終わりです」
「えっ、まだ何もしていませんが……」
「十分です。こちらをどうぞ」
赤いカードが渡された。
「学生証兼、寮の部屋のカードキーです。九重くんの寮は、南区域にある赤砂寮です」
「ありがとうございます」
「入学式まではお休みです。また後日、寮に日程等の詳細を張り出しますので随時ご確認ください」
「分かりました」
俺は荷物を持ち、待ち合わせの正門へ向かった。
正門には、すでにフィアスと雪夜がいた。
「ごめん、待った?」
「いえ、気にしないでください。糸の受験していた西区域が最もここから遠いですし」
「糸はどこの宿舎だった? 私と雪夜は南区域の青月館だったよ」
「俺も南区域だけど、赤砂寮ってとこだったよ。二人とは違う寮みたい」
「残念ですわ。ですが、同じ南区域ですのですぐに会えますわね」
「そうだね。そういえばお腹すいたな。いったん荷物を置いて、どこか食べに行こうよ」
「いいですわね」
「だんだんマシにはなってきたけど、まだちょっとしんどいんだ~。ねえ糸、私の部屋まで荷物持ってくれない?」
フィアスが目を線にしてお願いしてくる。
でも、電車のときよりは少し顔色が良くなってきている気がする。
「うん、もちろん。雪夜のも」
「え、いいんですの?」
「いいよ。悲しいことに俺は高次元世界に何も感じないし」
「ありがとう、糸。ではよろしくお願いします」
それに、俺はもともと雪夜のためにここに通うんだから、これくらいは当然だ。
南区域へ歩いていくと、最初に大きな青い建物が見えてきた。その建物の前には石碑があり、『青月館』と書かれている。
「ここが雪夜とフィアスの宿舎か」
入り口は自動扉のようだ。
「ここにカードをかざせばいいんでしょうか」
雪夜が自動扉横のセンサーに青色のカードをかざすと、入り口の自動ドアが開いた。
中にはシャンデリアにひまわりの絵が飾られた、ゴージャスなロビー。
「ここ、学生用の宿舎だよな……?」
まさに高級ホテル。
赤砂寮もこんな感じなのだろうか。夢のようだ。
「えっと……私は205号室だ」
「私は309号室ですわ」
先に雪夜の部屋から行くことにした。
エレベーターに乗り、3階へ上がる。
廊下にはパッヘルベルのカノンが流れている。
「ここですわね」
309と書かれた扉の取っ手についているセンサーに、再び青いカードキーをかざす。
カチャ、という音とともに鍵が開いた。
開けて見ると……
「わあ……」
雪夜の豪邸にあった部屋と同じくらい広い。
ベッドも大きい。三人は寝れるぞ。
シャワー室には大きな浴槽がついており、洗面器もピカピカ。キッチンもついている。勉強机もとても立派なものだ。
「すごすぎるだろ……。こんなところに一人で住めるなんて……」
「私もびっくりした……」
雪夜がベッドをさする。
お嬢様の雪夜にはこういった部屋がとても似合う。
「さ、荷物も置きましたし、次はフィアスの部屋に行きますわよ」
2階へ行き、205号室に到着。
その扉の先にも、ちゃんと豪華な部屋があった。
ボンッ!!
フィアスは仰向けにベッドへ飛び込んだ。
「わあ、ふかふかだぁ……。児童販売所の岩みたいなガチガチベッドとは全然違うよ。雪夜、ありがとう!」
「いいえ、私の方こそ、一緒にここへ来てくれてありがとうございます。感謝しておりますわ」
青月館に荷物を置き、外へ出てさらに南へ進む。
すると、次は黄色い建物が見えてきた。
「あ、宿舎みたいだよ! えーっと、『黄泉荘』……。赤砂寮じゃないね」
ただ、少し青月館と比べると見劣りするというか、普通な印象だった。
「もう少し南でしょうか。進みましょう」
黄泉荘からさらに南へ進むと、今度はたくさんのお店がある食事街へ出た。
「あれ、赤砂寮の前にお店に着いちゃったよ。先にご飯食べちゃおっか」
「いいんですの? 糸の荷物がまだ残っておりますが……」
「いいよ、そんな邪魔じゃないし。どこ行こう?」
和食、洋食、中華、イタリアン……。
たくさんのお店が並んでいる中、俺たちは和食屋を選んだ。
「お待ち! 刺身定食、3名分でい!!」
刺身が山のように盛られている。
うんうん、赤いマグロに白いタイ。青いアジに…………あれ?
「……あの、なんか緑色の刺身が混じってるんですが。これ、腐ってません?」
「ふふ! それはうちの名物、ホウレンソウフィッシュのトロでっせ! 体にとってもいいんでっせ!」
ほうれん草!? しょ……食欲がそそられん……。
微妙な沈黙の中、フィアスがホウレンソウフィッシュを口にした。
「ん、シメサバのような酸味がありながら大トロのような甘味……美味しい~!」
「あら、本当ですわ。このようなお刺身は初めて食べました」
雪夜も続く。
「でしょう、でしょう! 高次元世界では生物が異様に発達、進化するから、現実世界では考えられないような生命体がたくさんいるんでさ!」
そうだとしても、これ絶対コケ生えてるだろ……パク。
「あ、美味しい」
美味しかった。
◇◇◇
「じゃあ、青月館へ戻るか」
「いいえ、お見送りは大丈夫ですわ。むしろ、本当に赤砂寮についていかなくても良いんですの?」
「もちろん。二人とも疲れてるみたいだし、今日はゆっくり休んで」
「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいますわ」
雪夜とフィアスは青月館へ戻って行った。
俺は食事街からさらに南へ進む。
食事街の南は自然豊かな散歩道。店の気配はなく、草原が広がっている。
その田舎道をずっと進んでいくと、道は木に囲まれた行き止まりであった。
そしてそこにあったのは……
「……え?」
ボロボロの宿舎と、赤砂寮と書かれた木の看板だった。
「いや……さすがに青月館と違いすぎないか……?」
入り口は一応カードキー式の自動ドア。
しかし、少し回り込めば鍵なしでも普通に入れる。
「セキュリティゆるゆるかよ!」
もちろんエレベーターは無く、階段のみ。
しかも、俺の部屋は711号室。
「はあ……はあ……。毎日この階段を7階まで上り下りしなきゃいけないのか……」
通路は屋外で、蜘蛛の巣がちらほら見られた。
704、705、706……あった、711号室。
部屋は一応カードキー式。
カチャ
部屋の中にあったのは、小さいベッドと、今にも壊れそうなちゃぶだい。キッチンも狭く、風呂場には『お湯を使いすぎると水になります』の張り紙。
「これからここで過ごすなんて、嘘だドンドコドーン!!!!」
嘆いていると、壁にドアがついているのに気付いた。
「良かった、流石にもうひと部屋あるか」
ガチャ
そこにあった……いや、いたのは……
「ぐすん……ぐすん……」
泣いている赤髪の女の子だった。
「……あれ?」
「だっ、誰よアンタ、ここは私の部屋よ!! ぐすっ……」
「えっ! だって部屋の中に扉が……」
「そんな……この部屋はプライバシーも確保されてないわけ!? もう最悪!!」
後に確認すると、どうやら工事の設計ミスで作られた扉がそのまま残っていただけらしい。
つまり、俺の部屋はお隣さんと扉で繋がってしまっている。
「ねえ、俺の友達の青月館ってとこはこんなんじゃなかったんだ。どうしてここはこんなに酷いの?」
「……成績が悪かったからよ。赤砂寮に入れられたってことは……アタシ達はCクラスってコト……」
「えっ!? この宿舎の決め方って試験の成績で決まってるのか!? 試験は今日受けたばっかりだぞ」
「最後の面接までの間に採点なんて終わってるわ。で、面接官が試験と面接での結果を合わせて寮を決めてるのよ。青月館はAクラス、黄泉荘はBクラス、赤砂寮は落ちこぼれのCクラスが住む寮なのよ……。私は……お兄ちゃんみたいな超能力者になりたかったのに……青月館に行きたかったのに……やっぱり才能無いんだ……うわあああああああん!!」
まずい、本格的に泣いてしまった。
俺はなんとか慰めようとする。
「元気出そう。決まっちゃったものはしょうがない!」
「アンタに何が分かるのよ! 私がどれだけ今日のために勉強してきたと思ってるの!!」
「ご、ごめん。でも、たまたま自分が分からない問題が出たとか一時の運もあるさ。試験なんてそんなもんだろ」
「あなた分かってないわね。心理テストと面接あったでしょ。あれでアタシ達の能力者としての才能を見極められてるのよ」
「能力者としての才能?」
「試験でどれだけ良い点数を取ろうが、ここチューベローズでは能力の方が圧倒的に優先されるわ。つまり私達は才能のない無能力者って言われてるようなものなのよ!」
あれだけ豪華な青月館には、能力者としての才能を見出された選ばれた人のみが行けるところのようだ。
やっぱり雪夜とフィアスはただものじゃないってことか。
「……俺も泣いていい?」
「いいけど、アンタいつまで『アタシの』部屋にいるわけ?泣くなら自分の部屋で勝手に泣きなさい」
「はい……。あ、俺は九重糸。お隣同士よろしく」
「……【千陽 苺】よ」
赤砂寮の最初の夜はしんみりとした悲しい夜になった。
◇◇◇
夜。
まるで赤ちゃん用のような小さいベッドに、身をうずめて眠りについた。
…………
良く晴れた森の中。小鳥のさえずる声に、キラキラ光る泉。
その岸辺にはキツネのような、初めて見る小さな動物が木の実を夢中で食べている。
まるで絵本に出てくるような、とても和やかな光景だ。
ところが、突然つむじ風が発生し、太い木の幹が傷ついた。
小動物はそれに気づかず、一生懸命地面を掘り、木の実を蓄えようとしている。
メキメキメキ……!
木の幹はひびがどんどん入り、太い木が倒れてきた。
べちゃ!!
運悪く、木は小動物の方へ倒れ、小動物は太い木の下敷きになってしまった。
…………
「……はっ!!」
窓から朝日が差し込んでいる。
「今日の夢、途中まで和やかだったのにめちゃくちゃバッドエンドじゃないか」
それにしても、今日の夢はいつにもましてはっきりと覚えている。
「夢なんて夢中で見たところで、オチもくそもないよな。まったく」
なんて呟きながらスマホを確認すると、誰かさんから連絡がきていた。
「フィアスからだ。どれどれ、『しんどいから来て』だって!? 大変だ!」
俺は急いで青月館へ向かった。