2話 高次元世界
ゴトンゴトン
電車の窓に映るのは暗闇だけ。
俺たちは今、どうやら高次元世界というところに向かっているらしい。
あたりを見回すと、車両内には同じ年くらいの人がいる。
おそらく俺達と同じように、チューベローズの入学試験を受ける人達だろう。
入学試験……? あ、そうだ! 今日は試験だった、勉強しないと。
高次元世界について考えるのをやめ、俺は再びノートを見返しはじめた。
◇◇◇
「はあ……」
電車を乗って1時間ほど経ったとき、急にフィアスの元気がなくなった。
「フィアス、大丈夫?」
「ごめん……。ちょっと体調が悪くて……」
「フィアス、辛ければ横になってもいいですわよ」
「ありがとう……」
フィアスは一番端の席に座り、しんどそうに壁にもたれかかっている。乗り物酔いだろうか、さっきまでは普通だったのに。
それから間もなくして、雪夜の様子も変わり始めた。
「これは一体……。目がおかしくなったのでしょうか」
「どうしたの雪夜まで、乗り物酔い? ……って、どうしたのその髪!?」
「え……?」
雪夜の髪は深い青色に染まっていた。
なんと瞳まで青くなっている、まるでサファイアのように。
「はあ……。この感覚は、乗り物酔いとかではありませんわ。こう、見えてはいけないようなものが見えているような…。そしてそれを見ていると気分が悪くなるというか……」
よく分からないが、嘘を言っているようには見えない。
高次元世界に近づくことで、環境のようなものが変わりつつあるのだろうか。いや、もしかするとすでに高次元世界に入っているのかもしれない。
二人の様子を見ていると、だんだん高次元世界に恐怖を抱き始めた。
電車はものすごい速さで走っているように感じるが、景色はずっと暗闇のまま。ところどころ駅に止まっているようだけど、一体どこを走っているのだ。
『まもなく、水仙道。水仙道。お忘れ物の無いようお降りください』
プシューーーーーッ
1時間半の電車旅を終え、ようやく目的地の水仙道駅に到着した。乗っていた学生らしき人が次々と降りて行く。
「フィアス、着いたけど降りられる?」
「うん、ありがとう……」
フィアスは俺の肩に捕まり、ふらふらと立ち上がった。
フィアスは明らかな体調不良だったが、雪夜はそういうわけではないらしい。ずっと不気味な感覚に苛まれているのだと。
電車を降りると、そこは乗った時と同じような地下鉄のホームだった。
人の流れに身を任せ、ランタンで灯された暗い道を歩く。
そこにはやはり、エレベーターの扉があった。
「一人ずつお入りください」
警備員さんが誘導している。
一人、また一人と扉の中へ入って行く。
「はい、次」
ようやく俺の番だ。
恐る恐る、再び真っ暗で狭いエレベーターに入る。
ガーーーーーーーー
エレベーターだと分かってしまえば、すごい速さで上昇しているのを明らかに感じた。一体どれだけ地下深くに潜っていたのだろう。
ガタン!!
エレベーターを出た先は、行きと同じような役所の中。
そこに雪夜とフィアスが待っていた。
そして、三人で役所の外へ出る。
外の風が吹き抜ける。
目の前には都会が広がっているが、街並みがまるで異なっている。近未来的でありながら、西洋風の骨董とした建物も並んでいた。
「おおっ、すごっ! 綺麗!!」
初めて外国に来た観光客のように、テンション上げ上げで雪夜とフィアスに笑いかける。
しかし、二人は立ち止まって呆然としていた。
「黒い……。なんですの……この感覚は……」
「……情報が多すぎる……目と頭が疲れる……」
「え?」
やはり二人とも乗り物酔いではなかったようだ。
そういえば、雪夜が『感覚の鋭い人には不思議な世界に見える』って言ってたけど、もしかすると雪夜とフィアスは常人より感覚が鋭くて、高次元世界の何かを感じ取っているのかもしれない。
俺は全く何も感じないけども。
「受験票の地図にはここから西って書いてある。この近くにチューベローズ行きのバスが出ているみたいだからそれに乗ろう。雪夜も荷物持つよ」
「糸、ありがとうございます。私もこの変な感覚になれるまで、貴方に頼らせて頂きますわ」
俺は雪夜とフィアスの荷物を持ち、バス停に向かってゆっくりと歩き始めた。
フィアスはふらふらしながら俺の服の袖を掴んでいる。
少し歩くと、地図に書かれた通りバス停のあるロータリーへ到着した。しかし、試験当日ということもあってか、学生で混んでいる。
プシューーーーー
バスには乗れたものの、満席だ。
仕方ないので立っていると、フィアスが不思議そうに言った。
「糸、どうして立ってるの?」
「どうしてって、満席じゃないか」
「なに言ってるの、あそこいっぱい空いてるじゃん」
「え、どこ」
フィアスは俺の服の袖を引いてトコトコ後部へ歩いていく。
するとなんと、後部の窓をすり抜け、たくさんの空席がある空間に出た。
「一体どうなってるんだ」
外から見たバスの形からは考えられない広さだ。
間違いなく道路にはみ出してるぞ。
「ふぇっふぇっふぇ。教えてやろうかの?」
「あ、あなたは?」
「ただのじじいじゃよ」
突然、席に座り杖をついたおじいさんに話しかけられた。
「これはな、【逆空間の次元】を活用しとるんじゃ」
「【逆空間の次元】?」
「そうじゃ。知らんということは、おそらく君らは最近現実世界からやってきた素人じゃな。いや、今日が入試日であることを考えると受験生か。まあせっかくじゃし、軽く教えてやろうかの」
俺たちがおじいさんの近くの席に座ると、ちょうどバスが発車した。
「この世には11つの次元があると言われておる。しかし、お主らのいた現実世界では、3つの次元からなる空間と、1つの次元である時間、合わせて4次元の時空間しか開けておらん。残りの7次元は隠されておる」
「隠されてるって、どこに隠されてるんですか?」
「次元を隠すことはわしにもできるぞ。ほれ、これを見てみい」
おじいさんはカバンから紙を取り出した。
「この紙は平面だから、2次元じゃろ?」
「はい」
「それを……ほれっ!」
おじいさんは紙をくるくる丸め込み始めた。
「どうじゃ。さっきまで2次元じゃった紙が1次元の棒になったじゃろう」
「は、はあ……」
「ピンとこんか? まあ、これはあくまでイメージじゃ。こんな感じで現実世界では7次元がたたまれ、4次元の時空だけがむき出しになっておる。ところがどっこい、この高次元世界では、全ての次元が顕在化しとるんじゃ」
「隠されていた7次元がある、11次元の世界ってことですか……?」
「そうじゃ。じゃが、わしらはもともと4次元の世界で生まれた動物。普通は4次元の感覚しかないんじゃ。しかし……」
おじいさんはチラッとフィアスと雪夜の方を見る。
「ごくたまに、5次元、6次元、7次元……と、5次元以上もはっきりと認識することができるやつがおる。わしらはその特別な人達のことを、能力者と呼んどるんじゃ」
「ってことは、今この空間が認識できている俺は能力者!?」
「違うぞい。この逆空間はこのバスという物体に埋め込まれたものであって、入りさえすれば無能力者でも認識できるようになっておる。超能力を人々の生活に生かすためには、無能力者でも使えるように設計しないといかんからの。じゃが……」
おじいさんがチラッとフィアスの方を見る。
「ここに逆空間があるとすぐに認識できたものは、間違いなく【逆空間の次元】の能力者じゃな」
フィアスはどうでもいいかのように、窓側の席でもたれかかって目を瞑っている。
「少年、あの子の名前は?」
「フィアスです」
「覚えておこう」
「すみません、少し話が変わるのですが、高次元世界に来てから黒いモヤモヤしたものがまとわりついてきますの。これは何でしょうか」
雪夜がおじいさんに質問する。
そういえばさっきから雪夜はハエを追い払うように、手を払っている。
「……おぬし、それを手で払えるのか?」
おじいさんからさっきまでの和やかな雰囲気が消え、目を見開いて雪夜に尋ねた。
「ええ。それでも執拗にまとわりついてくるので、あまり意味は無いようですが」
雪夜が困った表情で答える。
「……能力者は高次元を『認識』できる。じゃが、そのレベルが高くなると次元に『干渉』……すなわち次元を操作できるようになる者がおる。その特別な力を持つ能力者のことを超能力者と呼んでおるんじゃが……」
「まさか、雪夜は超能力者ってことですか!?」
「その可能性が高い……。そして黒いモヤモヤという表現から察するに、おそらくその次元は最も謎に包まれている【闇の次元】……。チューベローズには4人の超能力者がおるが、【闇の次元】の超能力者はまだおらん。お嬢ちゃん、名前を聞いて良いかの……?」
「松蔭雪夜と申します」
「松蔭じゃな。ふぇっふぇっふぇ、こりゃチューベローズ期待の新生じゃわい」
「はあ……。高次元世界に来てから何一つ感じられなかった俺はセンスがないんだな…」
「元気を出せ少年! 努力次第で次元が認識できるようになった例もあるぞい!」
「ほ、本当ですか!?」
『まもなく、チューベローズ正門前。チューベローズ正門前。お忘れ物のないようにお降り下さい』
「では、俺たちはここで降ります。お話ありがとうございました」
おじいさんはニコニコして手を振っている。
結局、俺の名前は最後まで聞かれなかった。
降りたところは先ほどまでの都会とは打って変わって、自然。山をまるごと開拓したような場所で、標高もそれなりに高い。しかしその自然の中に、恐ろしく大きな学校が聳え立っている。まるでお城だ。
正門に大きな看板があった。入学試験の案内だ。
俺たちは受験票と照らし合わせて会場を探す。
あまりの大きさから、このキャンパスは中央区域、北区域、東区域、南区域、西区域に分かれており、俺は西区域、フィアスは中央区域、雪夜は東区域で試験するみたいだ。
「じゃあ、試験が終わったらこの正門前で会おうか」
「分かりました。フィアス、体調は大丈夫ですか?」
「うん。試験が終わったらまたここへ来るよ」
俺たちは地図を頼りに、それぞれの受験会場へ向かった。