17話 アイドル
今日は土曜日の遠征以来の、異探サークルの日。
そして、今日の愛さんはいつもと一味違った。
「今日は先週の遠征の振り返りをしたいと思います」
「珍しく真面目じゃないの」
「菊音、私はいつも大真面目だよ。それに、今回の遠征では成果がありすぎたもの」
異世界探索サークルの目的は、その名の通り異世界を探すこと。でも、異世界以前に、高次元世界自体が謎に包まれた世界だ。
そこで先週の土曜日、遠征という名目で、高次元世界について研究を行っていたとある科学者の廃墟である古びた屋敷に訪れ、その科学者の居室で、研究に使われたと思われるノートを発見した。それを愛さんが持ち帰り、解析していたというわけだ。
「成果がありすぎたということは、もしかしてノートに何か凄い情報が書かれていたんですか!?」
「フフフ、その通り。まだ全部読んでないし、どこまで理解できたかは分からないけど、高次元世界の秘密を解き明かす、重要な手掛かりを見つけたよ」
「ちょっと、勿体ぶらないで教えて頂戴!」
「じゃあ言うね。……高次元世界は、4つの『次元計』と呼ばれる道具が創り出す世界らしい」
「道具!? この世界は道具が創り出しているんですか!?」
「厳密には、『次元計が特殊な世界の流れを刻むことによって、次元が開かれた状態を保ち続けている』ってとこかな」
「道具が独自の世界の流れを作っているっていうの……? 次元計という言葉も聞いたことがないし、にわかには信じられないわね……」
「うん、私も目を疑ったよ。だって、今までこれだけ調べてきたのに、一度も次元計の情報に出会ったことがなかったもの。これを信じるためには、次元計を理解し、存在を確認する必要があるわ。だから、これからの私達異探サークルの短期テーマを、次元計の調査にしたいと思います」
「次元計を探すってことですか?」
「うん、最終的にはね。とはいえ、やみくもに探しても簡単には見つからないと思う。でもだからこそ、少ない情報を集めることが大事なんだ。ということで、しばらくは各々で次元計の情報を集める期間にしよう。来週いっぱいはサークルお休み。再来週の火曜日に進捗を話し合う、ということでどうかな」
次元計の調査が始まった。
◇◇◇
「ねえ苺、次元計って聞いたことある?」
「なによそれ。あ、七味とって七味」
「雪夜とフィアスは?」
「聞いたことありませんわね。マヨネーズ取ってくださいまし」
「知らな~い。柚子胡椒どこ~?」
今日は俺の部屋で、お隣さんの苺と、押しかけて来た雪夜とフィアスの4人で晩御飯を食べていた。
「高次元世界を創り出している道具なんだって」
「この世界って、道具が創り出してんの? なんかショボいわね。でもアンタ、そんな探し物してる余裕あんの?」
「え?」
「中間よ中間! アンタ、小テストとかダメダメじゃない。よかったらアタシが……」
「ふふふふ! 見たまえ、この小テストを!!」
俺はカバンから今日の小テストを取り出した。
「えええ!? 毎回1桁点のアンタが、100点中18点!? ちょっと、一体どんなイカサマをしたのよ!」
「イカサマじゃないよ、実力! 最近ね、雪夜に勉強を見て貰ってるんだ」
「いえいえ、糸の実力ですわよ」
「ん"? 何勝手に二人っきりで勉強してんのさ!」
「だったらフィアスも一緒に教えて貰うか?」
「イヤだ。勉強嫌い」
「なあ雪夜、フィアスってAクラスだし、羽のバッジついてるけど、勉強できるのか?」
「分かりませんわ。授業中も、小テスト中もずっと寝てますもの」
「おいおい、それで羽のバッジとか、真面目に勉強してる俺がかわいそうじゃないか。そうだ! そんなフィアスさんには、このドクロのバッジを授けよう」
「いらないよ!」
「チューベローズの成績は勉強2割、能力8割で決まるわ。勉強よりも、能力の方が圧倒的に重きを置かれるのよ」
苺は視線を下に落として呟いた。
「ま、雪夜が見てくれているなら安心ね。能力のないアタシたちは勉強で頑張るしかないのだから、アンタもアンタなりに頑張りなさい」
「おう」
食事が終わり、苺は苺の部屋へ帰って行った。
「はー、お腹いっぱい。じゃあ温泉いこ~」
「え、赤砂寮に温泉はないよ。むしろ青月館にはあるの!?」
「あるよ! ええっ、このボロっちいシャワーしかないの~?」
フィアス軍曹は部屋のお風呂で済ましていた引きこもり時代を卒業し、今では毎日青月館の屋内温泉に行っているらしい。
「嫌なら青月館へ帰りなさい。……って、本当に泊まるつもりなの!? 寝床どうすんのさ!」
「ベッドあるじゃん。ね、雪夜」
「ええ。詰めれば三人入りますわ」
「窮屈だし色んな意味で寝れんわ! 帰れ!」
ぽいっ……ガチャ
「ひど~い!! 寝巻持ってきたのに~!」
「仕方ありません。今度は一人で来ることにしましょう」
「ん? なんか言った?」
「いえ、別に。さ、青月館の温泉に行きましょう」
◇◇◇
その晩、暗闇の理事長室にて。
「理事長、今日は面白い少女に会いましたよ」
「ほう、詳しく聞かせてもらおうか」
「理事長と同じ能力を持った子です!」
「マナを共感覚で捉えられることは、別にさほど珍しいことではないだろう」
「そうですか? 超能力者である私達のマナはなんとなく見えるって人はたまにいますけど、普通の人のマナを見られる人はかなり少ないと思いますよ」
「君たち超能力者のマナは、髪や目の色にまで表れるほど強いからね」
「まあ、糸くんのマナは見えないって言ってましたし、理事長ほどの広い視野は持っていないようですが」
「……彼は特別なマナを持っている。あの人と同じ、特別なマナだ。その子が見られないのも無理はない。実際の光で言うと、彼女が可視光だけを見えるのならば、私は紫外・赤外領域も見えるといったところか」
「それにしても、つくづく糸くんの受験の面接官が理事長で良かったですよね。他の面接官なら彩葉ちゃんみたいに糸くんのマナを過小評価してしまいそうですし」
「きっと彼は、神が私達に授けた希望なのだろう……あの人を倒すためのね……」
◇◇◇
翌日金曜日、1年Bクラスの教室にて。
「ねえ、聞いたよ彩葉! 昨日、食堂で弥生先輩と話したんだって!?」
「そうなんです! マナもとっても綺麗でしたし、凄い人でした……」
「でもCクラスのドクロが弥生先輩の知り合いってのが気にいらないわね。噂ではその人、Aクラスの松蔭さんに勉強を教えて貰ってるらしいし、身の程をわきまえろって感じ」
「糸さんは悪い人じゃありません!」
「な、なによ彩葉まで。あんなのただのドクロじゃない。底辺のうんちじゃない」
パシッ!!
女子生徒の顔の真横の壁に手裏剣が刺さる
「お主、九重のことをよく知りもしないでピーピー騒ぐな」
手裏剣を放った人物は風紀委員の沖田桜だ。
また別に、それを聞いていた、眼鏡とマスクをした女子生徒がぴくっと反応する。
(九重糸……? えっ、もしかして……!!)
◇◇◇
前期1年Cクラス、とある休憩時間。
「ちょっと尻口くん! なにこれぇ、わかんないよぉ!」
「それは小松菜でやんす」
「もう!! もっと分かり易いやつにしてよぉ、絵しりとり続かないじゃん! ただでさえ絵下手なくせにぃ!」
「あ! 言ったでやんすね! それを言うなら幸坂くんも骸骨とかモツとか生々しい絵ばっかり書くじゃないでやんすか!」
「いいじゃん! ボクは尻口くんよりも絵上手いもん!」
「くーーーーっでやんす!!!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて……」
ガラガラ
「あ……やっぱり……!!」
「ん? 入口から眼鏡とマスクをした少女がおいらのことを見てるでやんす」
「尻口くんじゃないと思うよぉ、絵下手だし」
「キーーーーっでやんす!!」
「……九重くん……だよね……?」
黒のベースに黄色い制服。
Bクラスの女子生徒のようだ。
だが、ぐるぐる眼鏡に深々とマスクをしていて、顔が良く見えない。
「はい、そうですが……あなたは?」
「……き……奇跡だ……」
「え?」
「あ……ごめんなさい……今日は失礼します……!!」
タッタッ
彼女は走って去っていった。
「一体何だったんだ?」
「次、糸くんだよぉ」
「ああ、ごめんごめん。……幸坂くん、この絵ってもしかして……」
「うん! 内臓だよ! 上手でしょ!」
「ひいい……」
上手いのが逆に生々しさを引き立てる。
◇◇◇
放課後、今日は一週間に一度の風紀委員会の日。
「えーー、この一週間で何か問題はありましたでしょうか」ソワソワ
「はい。この間の大盛マグロソースカツ丼の販売中、列に割り込むという問題が発生しましたので、注意をし、きちんと並ばせました」
「そうか。他は特にありませんか? ありませんよね?」ソワソワ
「おい、なんか今日の風紀委員長、やけにソワソワしてないか?」
成瀬が俺に耳打ちしてくる。
「俺も思った。トイレかな?」
「何も無いようでしたら本日はこれで終了します! はい、解散!」
委員長はとっとと荷物を片付け、すたこらさっさとその場を去った。
「ん? 委員長のやつ、何か落としていったぞ。……CRAPES♡と書かれたうちわじゃ。まだ4月というのに、暑がりじゃのう」
「どうしよう、もう委員長行っちゃったよ」
「来週まで誰かが持っといて、来週に返せばいいだろ」
「そうじゃな。ほれ、九重頼んだぞ」
「え、俺!? まったく、しょうがないな」
CRAPES♡と書かれたうちわを来週まで俺が持つことになった。
帰宅しようと思った時、ふと教室に忘れ物を思い出したので、教室に戻ることにした。
ガラガラ
「「ゲッ!!!」」
「えっ!?!?」
教室では、尻口くんと幸坂くんが何やらスマホの画面を見て興奮していた。
先生に見つかったかのようにビクッと反応したが、俺だったので安心していた。
「……あれ!! その手に持っているうちわはCRAPESのうちわじゃないでやんすか!」
「そっかぁ! 九重くんもCRAPESのライブを見に来たんだねぇ!」
「えっ!? は!?」
聞けば、CRAPESとは高次元世界の最近結成したアイドルグループらしい。今日が初ライブらしく、生中継を見ていたそうだ。
「で、どうして学校で見る必要があるのさ」
「赤砂寮はWi-Fiがクソザコだから動画が途中で止まるでやんす。その点、学校はWi-Fiがガンガン飛んでるから、快適に見れるでやんす!」
「高次元世界は人口が少ないのもあって、アイドルグループは数えるほどしかないからねぇ。新しい目は見守ってあげないとぉ」
なるほど、風紀委員長はこのライブを見たくてソワソワしていたのか。
「お! 出てきたでやんすよ!」
『みんなーっ! 今日は来てくれてありがとー!!』
ワーーッ!!
「「いえええええええい!!」」
尻口くんと幸坂くんは立ち上がって興奮している。
三人組のグループのようだ。
真ん中のツインテールの子と左のロングヘアの子の紹介が終わり、右の子ショートカットの子が自己紹介する。
『私はつぐみん!! よろしくね~!!』
ワーーッ!!
「「可愛いいいいいいいい!!」」
「……あれ? この子、どこかで……」
ライブは無事に終了した。
歌も踊りも、初ライブとは思えないほどうまかった。
盛り上がりもすごかったし、これからどんどん人気になりそうだ。
「つぐみちゃん、お疲れ様! とっても良かったわ!」
「マネージャーさん、ありがとうございます!」
「どう、初ライブ、緊張した?」
「はい。ですが、それ以上に楽しかったです!」
「素晴らしい感想だわ。さ、着替えて車に乗ってね」
「はい!」
(……九重くん、私もっとすごいアイドルになるから、待っててね)
◇◇◇
「あの子、誰だっけ。どっかで見覚えがあるんだよな」
その晩、赤砂寮のベッドでゴロゴロしながら、俺は何かを思い出そうとしていた。
「ま、似たような子なんて一人や二人いるか」
思い出すのは諦め、電気を消した。
…………
「では次、【氷上 つぐみ】ちゃん。将来の夢を教えてくれるかな?」
「はい。わたしは、しょうらいあいどるになりたいです!」
「「わははははは!!!」」
小学校の頃の授業参観の風景のようだ。
しかし、とんでもない地獄絵図だ。
将来の夢を作文に書いて発表する場で、夢を笑う先生や生徒、そして親。
その反応に涙ぐむ少女。
「はい、次。九重くん」
「はーい。おれは、しょうらいきんにくムキムキのスーパーマッチョマンになりたいです!!」
「「ぎゃはははははははは!!!」」
俺は何ヘンテコなことを言ってるんだァ!!
教室が大喜利会場のように爆笑の海に包まれる。
「あの子大丈夫かしら……」コソコソ
「変わった子ね……」コソコソ
大爆笑やらドン引きやらカオスな空気がクラス中に充満する。
恥ずかしすぎる。俺にはこんな黒歴史があったのか……。
しかし、窓際で凹んでいた一人の少女だけは救われたように微笑んだ。
そして……
…………
チュンチュン
「ふぁ~。なんだ今日のクソ夢は。封印していた黒歴史を思い出しちゃったじゃないか。それより、俺の夢は未来だけじゃなくて過去も見れるのか?」
スマホの待ち受けは、土曜日の6:20と表示されている。
「……ダメだ、恥ずかしすぎる。今の夢はもう一回寝て上書きしよう」
俺はもう一度横になり、すやすやと寝息を立て始めた。




