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第35話

『マトリョシカ』へ駆けつけると、店の奥にケンジとサキノとカナトとカホがいた。

 4人もいれば盛り上げりそうなものだが、空気は重々しかった。


「よお」


 ぼくらを見るなり、カナトが言った。


「なんだよ、宮本アスカのスキャンダルって」

「言葉の通りだよ」

「説明して」

「だから――」

「説明して」


 カナトの物言いは、ぼくの弁解をあっさりと打ち消した。

 あまりに呆気なく制されたのは、カナトと迫力だろうか。それとも負い目だろうか。何にせよ、分が悪い。


「前に見掛けたんだよ。宮本アスカが、男とデートしてるとこ。その男が誰なのか分かったら、スクープになるじゃん?」

「なんで」

「深夜ドラマとはいえ、主演が決まってるわけだし。話題性は十分に――」

「いつから俺らは新聞部になったんだ?」


 カナトが語気を強めた。視界の隅で、サキノが肩を震わせた。


「ねえ、とりあえず座っていい?」


 横やりを入れたのはリオだ。そこでぼくは、自分たちがまだ立ちっぱなしだったことに気付いた。


 カナトが近くのテーブルをこちらに寄せる。テーブルをくっつけてから、ぼくは椅子に、リオはソファに、それぞれ座った。

 ぼくとカナトが隣同士に座るのは、雰囲気的にマズい気がした。だけどそれを口にすることは、もっとマズいだろうと思った。


「遠田はいつから動画サークル入ったんだよ」


 カナトの追及がリオに及ぶ。


「この前だよ」


 代わりにぼくが答える。


「ダメだったかな?」

「ダメじゃないけど。俺は何も聞いてないから」

「ごめん」


 代わりにぼくが謝る。リオにさせたくないことは、全部ぼくがやる。


「で、宮本アスカのスキャンダルなんだけどさ」

「カナトに黙ってたのは悪かったよ」

「なんで俺をハブったわけ? 中学生みたいな陰湿なこと、してんじゃねえよ」

「ハブったわけじゃない。だけど、真面目なとこあるから。反対すると思って」

「反対されるのが嫌だから、俺を抜いて進めてた?」

「カホもだ」


 ケンジが加わった。


「それから、お前には黙っておこうって言ったのは、俺」

「なんで?」

「夏川の言った通りだよ」

「お前が説明しろよ」

「だから、お前は真面目過ぎるから、タレントのスキャンダル暴こうっていうのには、反対すると思ったんだよ」

「あっそ」


 カナトのぶっきらぼうな返事で、場に沈黙が訪れる。

 タイミングを見計らっていたのだろうか、店主はそこで注文を取りに来た。ぼくとリオはミルクティーを頼む。

 店主がカウンターに戻ったところで、口を開くのはサキノだった。


「別に、カナトくんが嫌いになったとかじゃないよ」

「そうだよ」


 ぼくも応援に回る。


「ほら、ここで誤解も解けたわけだしさ。みんなで頑張ろうよ、宮本アスカの――」

「だから俺たちは新聞部じゃねえって」


 遮るように、カナトが言った。


「富山さ、何か勘違いしてない? 俺らはYouTubeとかで面白そうな動画上げたいの。別にマスゴミみたいにタレントの粗探しがしたいんじゃないの。分かる?」

「言い方に気を付けろよ」


 応戦するのはケンジだった。


「マスゴミじゃねえだろ」

「タレントのスキャンダルだ? 人が誰かと会ってるの見て、個人情報晒し上げて、そんなに楽しいわけ?」

「そういうの、偽善て言うんだよ」

「常識だろ。不倫だろうが何だろうが、興味ねえよ」

「枕営業だったらどうする?」

「どっちにしろ、俺たちはがしゃしゃり出ることじゃないだろ」


 ケンジもカナトも、冷ややかに言い合った。どちらが正しいとかはどうでもよくて、どちらも強い感情で言い合っていた。

 この激情だ。ぼくに足りないのは、それだ。


「しゃしゃり出るんだよ」


 気付いたときには口を開いていた。


「なんだよ」

「しゃしゃり出て見るんだよ。不倫だろうが、枕営業だろうが、マスゴミの真似事だろうが、しゃしゃり出るんだよ」

「何のために」

「見返すんだよ」

「だれを」

「全員だよ!」


 言った後で、自分が怒鳴ったのだと気付いた。全員がぼくを見ていた。カナトも、ケンジも、サキノも、カホも、リオも、店主も、目を丸くしてぼくを見ている。カウンター席に置いてあるマトリョーシカ人形が、カタカタと震えていた。


「お前は知らないだろう。ぼくらがなんて言われたか。軽音部の連中に『陰キャ』呼ばわりされて、ヘラヘラ笑われたの、知らないだろう」

「軽音部って、昨日のことか?」

「もっと前。もっと前にぼくらのことを馬鹿にしてきたんだよ」

「それで、宮本アスカのスキャンダルを追えば、見返せるのかよ」

「バズったら見返せる」

「そんなんでバズると思うか?」

「やってみなきゃ、分かんないじゃん」

「仮にバズったとして、こんな方法でいいのかよ」

「いまよりはずっとマシだ」

「いまより?」

「ゲーム実況だとかPVだとか、流行らないことばっかりやるより。絶対マシ」


 カナトが口を閉ざした。

 ぼくが言い負かしたのだ。言い負かしたはずが、一向に心は晴れなかった。彼の唖然とした表情を見ていると、なおさら心が曇った。


「とにかく、宮本アスカは追いかける。あの男にやられっぱなしなのも、気に食わないし」

「あの男って、誰だよ」

「高崎浩司……って言っても分かんないか」

「何の話? 誰のことを――」

「誰でもいいずあん。しゃしゃり出ることじゃないんでしょ?」


 カナトの言葉を遮った。もう何度も彼の発言を制していて、そのたびに精神が削られている気がする。

 だけど勢いは止められなくて、理性を押さえ付けながら、喉と舌と唇が回った。


「お前は陰キャのままでいなよ」

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