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第18話

 経緯を説明しよう。


 事の発端は、サキノからケンジへ連絡がいったことらしい。


『乱視ゼロコンマがいるかも!』


 チャットを見るなり、ケンジはカナトに電話を掛けたらしい。「場所とかを聞く前に、俺に言うんだよ。こいつは」とカナトは言っていた。


 サキノが慌てて、『マトリョシカ』にいるらしいこと、ミナガワ先輩からの伝言であること、ぼくらに華を持たせるために新聞部ではなく動画サークルを向かわせること、ぼくに声を掛けることも伝言の中にあること、を付け加えた。

 最後に『私も行くから。ビデオカメラ、忘れないでね』と伝えて、喫茶店で合流したという。


 行き慣れない南口の、行ったこともないひっそりした喫茶店に、3人は戦々恐々と入ったらしい。

 ケンジが、「店主の『いらっしゃい』が『何しに来た小僧』って聞こえたぜ」と言っていたが、そんなことはないと思う。


 佇まいに気圧された彼らは、『乱視ゼロコンマ』のこともすっかり忘れて、端っこのテーブル席に着いた。

 そそくさとブレンドコーヒーを注文して、意外に物腰やらかな店主に安心して、ふぅと一息ついて、そういえば『乱視ゼロコンマ』だ、と思い出した。


「じゃあカホはいつ来たんだよ」


 ひと通り話を聞き終えてから、訊ねた。


「サキノがインタビュアー、カナトがカメラマンで、俺は追い出されたわけなんだけど、ひとりで暇じゃん?」


 なるほど、暇つぶしに呼んだのか。

 カホに同情し掛けたが、冷静に考えれば、ぼくも暇つぶし要員だったのだ。


 それよりも、気になるのはミナガワ先輩である。

 わざわざ、ぼくを呼ぶように言い含めたのは、どういう了見だろう。

 ぼくらに気を遣って、新聞部を動かさなかったのも。

 そもそも、どうやって『乱視ゼロコンマ』の居場所を突き止めたのだろうか。


 謎は深まるばかりである。

 深まるばかりだが、そんなことがどうでもよくなるくらい、インタビュー動画は爆発的に伸びた。を具体的に言うと、YouTubeの再生数が1万回を超えた。


 再生数1万回が、世間にとって、どのくらい凄いことかは分からない。

 少なくともぼくらにとっては、普段の動画とは桁が2つも違う、圧倒的な数字だった。


 一躍時の人になったとさえ思ったが、時の人になるのは『乱視ゼロコンマ』とインタビュアーのサキノだけだ。

 ぼくらは映っていない。だから目立たない。


 例えばテレビを観た後で、ぼくらが覚えているのは、タレントや有名なプロデューサーの名前だけだ。カメラマンや制作会社の名前までは、なかなか覚えていない。


 そんなジレンマは、しかし、ぼくだけが抱えていたらしい。

 ケンジとカナトはもちろん、カホでさえ「わあ凄い」と舞い上がっていた。


 やれやれ、これじゃあぼくらは陰キャのままだ。


 ぼくと彼らの間に、乖離があるのは仕方がないとも言える。何せ、軽音部の連中に何を言われたのか、ケンジたちは知らない。

『乱視ゼロコンマ』のために散々奔走したのは、心のどこかで見返したいという思いがあったからだ。ぼくだけ、原動力が違う。


 念願のインタビュー動画が跳ねなかったのだから、ぼくの失意にも正当性はあるだろう。


 そんなわけで、このタイミングでリオと行った熱海旅行は、何だかまるで傷心旅行みたいになってしまった。


「誰が何と言おうと1万回再生はすごいよ」

「ありがとう」


 そんなやり取りを、行きのバスで何度も繰り返した。

 心に負った傷は、海とリオの水着姿で癒して、体に蓄積していた疲労は、温泉と混浴で癒した。

 そしてもうひとつ、リオとの初めてもあった。同じ布団に入った瞬間、ぼくはまたひとつ大きくなった気がした。


「私はじめてだから」


 お互い浴衣に着替えた部屋で、髪の濡れたリオの言ったそれが、今年の夏の全部だ。


   ☆


 やがて、秋学期が始まった。人生の夏休み、なんて言われる大学生だが、やっぱり本物には敵わない。


 今年の夏が、いやに充実していたのもある。

 思い出の大半はリオだが、一口にリオとは言っても、熱海旅行をはじめ、有明渋谷江の島市川お台場上野下北沢赤羽葛西越谷……などなど。ひとつひとつを丁寧に説明してもいいし、ぼくも出来るならそうしたいが、上手くいっている他人の恋ほど聞くに堪えない話はない。

 だからぼくは、泣く泣くリオとの夏は、語らないでおくことにする。


 リオ以外の思い出は、『乱視ゼロコンマ』以外だと、サークルの面々で合宿と称して逗子海岸に行ったこと、ミナガワ先輩に連れられて鶯谷で飲み歩いたこと(『今日は芸能人いないね』と先輩が心底ガッカリしていた意味が未だに分からない)、簿記資格取得講座を3日で投げ出したこと、くらいか。

 残りの日はバイトと昼寝に費やした。


 ぼくのバイトは、書店員だ。

 大学生は本を読め、と色々な大人が言っている。だったら本を身近にしてしまおうと考えて、地元の書店を選んだのだ。

 本屋で働いたところで、本を読む機械は増えない、ということに気付くのに3ヶ月掛かった。その頃には、試用期間を終えて時給が1200円になっていたから、もったいなくて辞めていない。


 ちなみに、ケンジはカフェ店員、カナトは漫画喫茶スタッフ――副業にWebライターと動画編集、カホがコンビニ店員、リオが居酒屋。

 唯一、サキノのバイトが分からない。一度だけ話の流れで聞いたのだが、「お父さん手伝ってる」とだけ言っていた。


「お父さんは何を?」

「ジャーナリストだよ」


 ここで、「具体的に何を?」とか「稼げるっしょ?」とかは言わず、「へえすげえ!」に留めたのは、多分正解だった。


 とにかく、そんな風にしてぼくらはお小遣い稼ぎをして、そのお小遣いは夏に奮発して、その夏も終わった、というわけだ。

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