72_栞さんの呼び出し
ひとりの許嫁と結ばれたのだから、物語ならばハッピーエンドのはず。
選んだのだから、幼馴染ルートは消え、幼馴染(選ばれなかった方)は俺の目の前から消えていくのがセオリー・・・
「今日は私が夕ご飯を作ります!」
「お料理は私の仕事ですから!」
セオリーじゃない!!
セオリーどこ行った。
我が家では絶賛拗れ中だよ!
「セリカくんは許嫁である私の料理以外一切受け付けない身体なのです!」
「許嫁資格ならば、昨日私も取得しました!唯一許嫁のように言わないでください!」
『許嫁資格』って何!?
『唯一許嫁』って何!?
俺の物語は、ハッピーエンドに終わったはずなのに、勢いは全く衰えていない。
「照葉、今日はもう遅いから、夕飯食べて泊って行っていいから。明日にでもおじさんとおばさんも一緒に話をしよう」
「泊まるのではなく、住みます!そうしないと手遅れになっちゃう!」
「手遅れ、とは?」
「好き合ってるふたりを・・・一つ屋根の下に置いていたら・・・その・・・」
ああ、そう言うことか。
それならば、昨日・・・しっかり『致した』わけだが・・・
それをここで言うのも野暮と言うもの。
照葉の好意は素直に嬉しいが、付き合い始めて早々に浮気と言うのもあり得ない。
しかも、こんな修羅場のような状況・・・
夕食の後、照葉に言って聞かせようと思っていた矢先、俺のスマホが鳴った。
「わ、ちょっとごめん」
どうしてだろうか。
電話とは、周囲の全てにおいて最優先で出ないといけないような気がするのは。
そして、それを許してしまう周囲も含めて何か魔力のような物があると感じてしまう。
「はい」
以前は、家電で名前を名乗れと教えられたのは昔の話。
今は、自分の名前など名乗らない。
『あ、セリカくんですか?』
知らない声だった。
嫌な予感しかしない。
そう言えば、名前を名乗らないのと同様に、知らない番号の電話は取らないようにするべきだ。
そんなに急ぎの電話など、ありはしないのだから。
俺は知らない番号からかかってきた場合は、音が鳴らないように設定しているネットリテラシー高い系男子なので、つい反射的に出てしまったのだ。
『私、課長の・・・小井沼課長の部下の者です』
小井沼と言えば、小井沼栞さん。
俺の後見人であり、従姉。
部下と言うことは、会社関係の人!?
よく見ると、画面には『栞さん』と表示されている。
栞さんの電話を使って、会社の部下の人が電話をかけてきた・・・
俺の『嫌な予感』は加速度を上げた。
「あの・・・用件は?」
『すいません。今、駅前の居酒屋なのですが、セリカくんに迎えに来てほしいのですが・・・』
「栞さん大丈夫なんですか!?」
『えっと、とりあえず大丈夫なんですが・・・その・・・少し飲みすぎまして・・・このままだと少しまずいことに・・・』
「分かりました!すぐに行きます!店の場所を教えてください」
『駅前の・・・』
■駅前の居酒屋
「あ、すいません。鳥屋部です。小井沼は・・・」
「あ!こっち、こっち、こっちでーす!」
なんか、きれいなお姉さんが居酒屋で待っていた。
後ろにおっさんがいっぱいいるのが少し不快に感じたが、とにかくお姉さんは綺麗だった。
「私、向坂って言います。セリカくん!」
その向坂さんのところに行くと、テーブルに突っ伏した栞さんがいた。
「栞さん!」
「あー、セリカくんだー!」
そう言うと、一旦起き上がって、抱き着いてきた。
「うわ!酒くさっ!」
酒臭い状態で栞さんが頬ずりしてきている。
さっきの向坂さんもドン引きで見ている感じだった。
「セリカくん、帰る前に、ちょっとそこの公園まで来てもらっていいですか?もちろん、栞さんも一緒に」
「はい・・・」
よいちくれたおっさんたちを残して、向坂さんと栞さんを連れて公園まで来た。
公園に向かいながら、向坂さんが話しかけてきた。
「セリカくん・・・あ、すいません、お名前は・・・」
一瞬『は?』と思ったが、この人は俺の名前を知らないで電話をかけてきてくれているみたいだ。
「あ、鳥谷部っていいます。鳥谷部セリカ」
「あ、すいません。馴れ馴れしく呼んでしまって。課長の登録には『セリカくん』としかなかったもので・・・」
なるほど、そう言うことか。
いきなり下の名前で呼ばれたから、どういうことかと状況が分からないでいた。
「あ、もうここまで来たら大丈夫ですね」
居酒屋の近所の公園に入ると、栞さんを座らせて、向坂さんが話しかけてきた。
「すいません、呼びつけてしまって。でも、お知らせしておかないとと思って」
「あ、大丈夫です。それより話って・・・」
「課長、普段ほとんどお酒を飲まれないんです」
「はあ・・・」
「なんか最近嫌なことがあったみたいで今日は・・・そのたくさん飲まれたみたいで・・・」
「ああ・・・それで酔いつぶれた、と」
「はい・・・。課長はお酒を飲まれると・・・その・・・可愛くなってしまうので・・・」
随分言葉を選んだなぁ。
一応部下として、栞さんを立ててくれているみたいだ。
「すいません、気を遣っていただいて・・・」
「あ、いえ。スマホの表示で『セリカくん』って書かれていたので、年下とは思っていたのですが、まさかこんなに若い方が来られるとは・・・」
「ははは・・・」
どうやら、向坂さんは彼氏が迎えに来ると思ったらしい。
従弟であることを伝えてもいいが、知らない人間関係の中に余計な情報を勝手にれいる訳にはいかない。
ここでは黙っておこう。
「課長は、社内でもかなり人気です。男性陣も狙っている人が多いです。こんな感じで酔いつぶれると・・・その・・・」
「お持ち帰りされてしまう、と」
「はい」
参ったな。
従姉の恋愛事情に首を突っ込むことはできないのだが・・・
「私も助けようと思ったのですが、『セリカくんを呼んで』としか言わなくて・・・」
「なんかすいません・・・」
「あの・・・不躾ですが、課長をもっと大事にしてあげてください。いつも頑張っておられるし、私達部下にもすごく優しくて、とてもいい方です」
「あ、すいません。ご忠告ありがとうございます。謹んで承りました」
俺は、向坂さんにお礼を言って公園を出た。
もちろん、別れ際に『向坂さんも注意してお帰りください』と伝えた。
本当は送って行きたいところだったが、栞さんはかなり泥酔しているので、一人で歩けない。
背負ってタクシーまで行く必要があるので、向坂さんまでは手が回らなかった。
とりあえず、栞さんをタクシーに乗せ、俺の家に連れ帰った。
久々更新です♪
短編書きました。
こっちもよろしくです。
一緒にDVDを見る程度の関係の元同級生(多分非処女)に連れられてボッチで劣等感丸出しの俺が呼ばれていない同窓会に出席したら当時と価値観が違ってモテまくった話
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