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気付いたら幼馴染が俺のスマホに入り込んでいて、四六時中生活を共にすることになった

作者: 秋野おと。


 俺のスマホには、幼馴染が住んでいる。

 何を言ってるか分からないと思うが、安心して欲しい。


 俺も全く意味がわからない。


「……だからぁ。いつもみたいにこっそり悠陽の家に忍び込んで……で、隠れる場所を探してたの」


 こいつは幼馴染の紗夜。

 確かに紗夜なのだが、今日の紗夜は少しばかりおかしい。


 いやまぁ、「いつも通り忍び込んで」っていう前提が既におかしい気もするけど、そこは突っ込んだら負けな気がする。

 じゃあ何がおかしいのかと言えば、俺のスマホの中から話しかけてきていることに他ならない。


「それで、どこに隠れようかなぁって部屋を物色してたら……気付いたらスマホの中に隠れてたの」


 全然何言ってるかわからん。

 全然何言ってるかわからん!


「スマホの中に隠れるってなに? 概念的な話?」


「違くて……なんかね、この場所がしっくりきたの」


 いかにしっくりこようが、俺はスマホの中に入り込む術を知らない。

 ただし、いかに昨今のAI技術の進歩が目覚ましいと言っても、俺の幼馴染をこうも完全再現して勝手に俺のスマホにぶち込むエンジニアに心当たりはないのも事実だ。


「いいから早く出てこいよ……」


「それがね、困ったことにね」


 なんだ。まさか出られないとか言うんじゃないだろうな。

 そんなお約束求めてないし、一度入れたのなら出ることだってできるはずだ。

 俺としても、いつまで経ってもスマホの中に居られたらたまったもんじゃない。プライバシーの侵害だ。断固反対!


「出られないの」


「やっぱり出られないんだ!? むしろどうやって入ったんだよ!」


 困るってばよ!

 そもそも、スマホのホーム画面のうち既に8割をお前が占めてて邪魔なんだよ!

 今日はハマってるソシャゲのゲリラダンジョンを周回しなきゃいけないのに、ログインボーナスを受け取るので精一杯だわ!


「きゃっ!」


 と、マナーモードにしていたスマホが震える。

 緑色アイコンの通知は、メッセージアプリからのものだ。

 友人からのゲームの誘いとかそんなとこだろう。


「……なに顔赤らめてんの?」


「えっ、いや、雰囲気的に……」


 雰囲気的にってなんだ。

 今日の紗夜はおかしい――色んな意味でおかしいので、もうこのまま電源を切ってしまってもいいのだが。

 メッセージアプリはPCからでも入れるし。


「電源落としたら私どうなるの……?」


「……それが分からないから怖いよなぁ。っていうか、現実でのお前はどうなってんの?」


「さぁ……」


 一番気になるところだ。

 抜け殻になった肉体が転がってるのか、消えてしまっているのか。

 まぁ、明日学校に行けばわかることなので、結論は持ち越しだ。


 ともかく、電源を切るのはナシ。

 充電も切らさなように気をつけねばなるまい。


 とりあえずさっきのメッセージに返信したいので、スマホを使わせて欲しいのだが……なにぶん、紗夜の面積が広い。


「ちょっと失礼しますよ、っと……」


「――きゃっ! ちょっと! そんなとこ触らないで……」


「やべぇな、罪悪感! やりづらいわ!」


 別に変なところを触ろうとしているわけではない。

 ただ、メッセージアプリが紗夜の脇腹よりちょい左側にあるだけなのだ。


 これは不可抗力だ。俺からしたらスマホの画面を触ってる感覚しかないし、決して邪な気持ちで紗夜の体をまさぐっているわけではない。


「ちょ、ちょっと……悠陽! やめてってば!」


「うるせぇな! こっちも細心の注意を払って身体接触を極力減らすために必死なんだよ! あんまりエロい声出すな!」


「ひっ……」


 むっ。いかんいかん。

 怖がらせようと思ったわけじゃないんだ。

 ただなんか段々、紗夜の体を触ってるような背徳感が……やめよう。ただのスマホの画面だ。そうに決まってる。


「ううん、こっちこそごめんね……? 私もなるべく我慢するからっ」


「……紗夜さ、ちっちゃくなれないの?」


「え、どうやって?」


「わかんないけど……なんかこう、勢いとかで」


 その提案というか無茶ぶりにひと言、「やってみるね」と返し、紗夜は唸り始めた。

 「んー」とか「うー」とか言いながら必死に力を込めてみたり体を丸めたりしてるのを見ると、なんか結構これもアリなんじゃないかと思えてきた。マスコット的なポジションで。


「あっ! できた! どう? 結構小さくなった?」


 と、気付けば紗夜が三分の一ほどのサイズになっていた。

 先程までは画面のほぼ全てを占めていた紗夜が、今は画面の下の方にちょこんと座っている感じだ。よりマスコット感が強くなった。


「いい感じ。いい具合にゆるキャラしてるよ」


「ゆるキャラ!?」


 というわけで、俺と紗夜の奇妙な同棲生活が始まったのだった。



「ただいまー」


「おかえりー」


 紗夜が俺のスマホの住人になった次の日。学校に行ってみると、どうやらかなりマズいことになっているらしいことが判明した。


 きっと、紗夜もかなり精神的に参っているはずだ。はずなんだが――、


「だいぶナチュラルにスマホから返事が返ってきたな……」


「まぁ、丸一日以上入ってるし……」


 まず。紗夜の肉体はなかった。

 それどころか、『紗夜』という人間は最初から存在しなかったことになっていたのだ。


 俺のクラスは、32人で構成されている――いや、いた。

 それが、今日学校に行ってみると31人に減っていたのだ。

 名簿に紗夜の名前はないし、担任の先生にも「そんな名前の生徒はこのクラスにいない」と言われる始末。


 とどめは、帰り道に立ち寄った紗夜の家だ。

 実の母からも「うちにそんな子いませんけど……」と言われてしまった紗夜の気持ちは、察するに余りある。


「あ、充電やばいよ。早く充電して! 悠陽だけのスマホじゃないんだから!」


「――あ、うん。充電充電、っと」


 のに、紗夜は変わりない。

 気丈に振る舞っているというよりは、本心から気にしてなさそうだ。それほど感情を隠すのが上手いのか、本当に気にしていないのかは分からない。


「……紗夜はさ、戻りたくないの?」


「ん? そりゃ、戻れるなら戻りたいけど……みんな私のこと忘れちゃってるみたいだし、ここも居心地いいし。悠陽が方法を探してくれるっていうならありがたいけど」


「そりゃ、もちろん……」


 不思議なものだ。何もかもが常識外れの今だが、それがかえって冷静にさせているのだろうか。

 それにしたって、もう少し必死になってもいいようなものだが。


「……あ。きたみたい――『明日は寄り道をせずに真っ直ぐ帰ること』。ふぅ。どういうことなんだろうね」


「明日は寄り道をせずに……これ、紗夜が言ってるんじゃないんだよね?」


「うん、口が勝手に動いちゃうの」


 どうやらこの紗夜には、自分の意思とは関係なく言葉を伝える、『アシスタントモード』的な時があるらしい。

 やってることは『アシスタント』というより『お告げ』の類なんだけど。明日の話とかしてるし。


 ちなみに昨日の『お告げ』は、『他人の言葉に耳を貸すな』だ。俺に嫌な奴になれと言っているのだろうか。


 ともかく、時折こうして自我が奪われることを除けば、紗夜もそれなりにスマホ生活をエンジョイしているようだ。


 ところで。


「……なんか気まずいんだけど」


「トイレの間くらいスマホを置いてくればいいのに」


「そうなんだけど、習慣化してたからなぁ」


 スマホというのは俺の思ってる何倍も現代人の生活に馴染んでいたようで、どうにも片時も紗夜と離れている気がしないのだ。せめてトイレと風呂の時くらいは、スマホから離れるようにしよう。



「ただいまー」


「おかえりー」


「って、紗夜もずっと一緒だったろ」


「まぁそうなんだけど、スリープモードの時は何も見えないんだよね。だから感覚的にはおかえり」


 なるほど。なら電源を切ってもそんな感じなんじゃないのかな。

 別にあえて切る必要もないから試さないけど。


「今日は返りがちょっと遅いね。なんかあった?」


「あぁ、先輩に呼び出されて……ちょっと買い物に行ってた」


「……ふーん。その先輩って、女の人?」


「そ、そうだけど……」


 なんだろう。突然紗夜の機嫌が悪くなった気がする。

 あ、あれか。『寄り道をせずに帰れ』ってお告げを守らなかったからか。

 でも誘われちゃったから仕方ないよな。別に俺だって「よーし、破るぞー!」って意気込みで破ったわけじゃないし、そもそもあのお告げの意味が謎だし……。


「まぁいいや。悠陽、鼻毛出てるよ」


「マジで!? ……うわ、ほんとじゃん! いつからだろ……」


「……ふふ。こっそり内カメラで写真撮っておいたから後でアルバム見てね」


「お前そんなことも出来んの!?」


 やりたい放題だな!

 え、まさかとは思うが、俺の秘蔵の画像フォルダとか検索履歴とか、勝手に見たりしてないよな?


 ――してないよな!?


「あ、くるみたい。――『本物の味方を見分けよ』。よくわかんないね」


「本物の味方……? 俺の周りは偽物だらけってこと!?」


「そんな言い方はしてないんじゃないかな」


 この『お告げ』は役に立ってるのかどうかいまいちわからないし、話半分で聞いておくか。



「ただいまー」


「……」


「たぁだいまぁぁぁあああ――!」


「うるさぁーい! おかえり! おかえりおかえりおかえり!」


 今日の紗夜はご機嫌ナナメだ。

 どうも、その原因は俺にあるらしい。


 放課後、先輩に誘われて喫茶店に寄った。

 軽くおしゃべりをして帰ろうと思ったら、特撮怪獣トークが思いのほか弾んで気が付けば辺りが暗くなっていた。


 女の人をひとりで家に帰らせるのは忍びねぇので、先輩を家まで送り届けてから帰宅したわけだ。

 その間、紗夜はずっと放置されっぱなしだったので、それで怒っているのだろう。要するに暇なのだ。


「なんか失礼なこと考えてない?」


「いえ滅相もない」


「……私を暗闇に閉じ込めて飲むコーヒーはさぞ美味しかったんでしょうね。しかもかわいい先輩のおまけ付き」


「言い方に悪意があるよ!? 元はと言えば紗夜が自分から入り込んだんだよね!?」


 全く、本当に今日の紗夜は曲者だな。

 あ、彼女と同棲するっていうのもこんな感じなんだろうか。なんちって。


 デメリットじゃなくてメリットを数えられる人間になりたいよ、切実に。


「――今日の分だね。『一番の理解者こそ、一番近くにいる』。だって」


「一番近くに――お母さん!?」


「まぁ、そうなるよね」


「そういえば――紗夜さん。お願いがございます」


 そろそろ、俺としても言い出さなければならないことがある。

 これは、とても大事な問題だ。

 紗夜に理解してもらえるとは思わないが、死活問題なのである。


「ちょっと目を瞑っていてくれませんか」


「え、なっ、なんで?」


「お願いします」


 渋々と目を閉じたことを確認し、俺はズボンを――薄目、開いてるな。

 目、合ってるな、これ。

 あぶねぇ、あと少しでズボンの向こう側も解放するところだったぜ……!


「……なにしてんの」


「……なにっていうか、ナニをしようかなって」


「ば、バカぁ――! 変態!」


 仕方ないだろ、生理現象なんだから!

 ずっとお前に見られてるから、我慢してんだよ、こっちは!



「ただいまー」


「おかえりー」


 大きな収穫があった。

 他のクラスのとある生徒が、紗夜のことを覚えていたのだ。


「紗夜は完全にこの世界から消えたわけじゃない……!」


「そうみたいだね」


 とは言っても、そいつは紗夜とほとんど関わりのない奴だった。

 俺とはたまに話す程度の仲だが、「最近お前の幼馴染見ないけど風邪でも引いたのか?」なんて言うもんだから怒涛の質問責めにしてしまった。


「結局、なんであいつだけが覚えてたのかもわかんなかったけどな……」


「まぁ、私からしたら覚えてても覚えてなくてもどっちでもいいけど……あんまり知らない人だし」


 それにしても、紗夜は最近本当に馴染んできたな。

 もはや俺のスマホが実家なんじゃないかと錯覚するほどだ。


 どこから取り出したのか分からない漫画とか読んでるし。学校で勉強する必要も無いので、一日中暇を持て余してるんだろう。


「ねぇ、もっといっぱい電子書籍買ってよ」


「俺は基本的に紙の本が好きなんだよ」


「ちぇー。私のためだと思ってさー」


 俺へのわがままも板に付いてきた。

 もはやこいつ本当に家族なんじゃないかと思ってきた。


「あ、きたよー。『何よりも大切なのは、見落とさないこと』。そうらしいよー」


「まぁ、ケアレスミスで点数落としたらもったいないからな……」


 ちゃんとチェックしてれば!

 そう後悔した数は、一度や二度じゃない。


 しっかりと見続けることが、大事なのだ。



「……ただいま」


「おかえり」


 先輩に、告白された。

 放課後、いつもみたいに呼び出されて。


 今日はラーメン屋にでも行くのかなーと思ったら、連れていかれた先は誰もいない教室だった。

 なんだこの展開、まさか愛の告白でもするんじゃないでしょうね――と茶化せないほどに顔を赤らめて、


「――悠陽くん、好きです! 私と付き合ってください!」


 と実にストレートで勘違いのしようもない告白を受けた。

 当然、告白などされたのは初めてだったし、その相手があの先輩だというのも光栄な話だ。


 先輩は、学年ではマドンナ的存在らしい。

 スラッと長い脚に、腰まで伸ばした艶のあるロングヘア。成績も学年トップクラスなのに驕ることもなく、とても可愛らしい笑顔がチャーミングな完璧超人だ。


 そんな彼女が俺に告白なんて、天地がひっくり返ったとしか思えない。こんなチャンス、二度とないかもしれないのだ。


「――なんで断ったの?」


「なんでだろうな。暑さで頭やられてたのかな」


「……へぇ」


 納得してない顔だな、それは。

 わかってる。俺もこんな逃げみたいな答えで、自分が納得できはしない。


「……なんかな、違うと思ったんだよ」


「――違う?」


「感覚的というか、かなりふわっとしてるんだけど……俺が最後に一緒にいるのは、この人じゃないなって。この人が最後に選ぶのも、俺じゃないなって」


「……そんな乙女ちっくなこと考えてるの? 高校生なんだから、もっと気楽に青春すればいいのに」


 ごもっともだ。

 高校時代のカップルがそのままゴールインするケースは、かなり少ないらしい。

 まぁ中には本気で死ぬまで一緒にいようと誓い、それを実行に移すような信念の強いカップルもいるだろうが、そんなのはごく一部。


 高校生の俺にだってわかる話だ。

 青春は、もっとはっちゃけた方が簡単だ。


 だからといって、心に誓った相手がいるわけでもないけど。


「……ふふ。そっか」


「なんだよ?」


「別に――あ、きた」


 今日のお告げタイムか。

 結局まだ一度も明確に役に立ってないから、聞く意味があるのかわからなくなってきた。


『――は――しは……わた、私は、ポゼッション型ヒューマノイド・アーティフィシャル・インテリジェンスNo.001』


「……は? ヒュー……ポセイドン? なに?」


 いつもは自由奔放にスマホの中を歩き回っている紗夜が、ピシッと気をつけの姿勢でピクリとも動かない。

 のに、口だけが動いているのが非常に無機質な感じがして気味が悪い。顔は紗夜なのに。


『五十嵐悠陽。貴方に伝えなくてはなりません。早乙女紗夜の自意識は、明日の24時をもって消滅します』


「――は? なんだよ、どういうこと?」


『早乙女紗夜は、自立型アシスタントAIを居場所として認識しました。理解しやすいように簡潔に伝えると――この生活に、満足しています』


「満足……? っていうか、あんた誰」


『私はポゼッション型ヒューマノ――』


「違う違う! それはもういいって! あんたは紗夜のなに?」


『私は早乙女紗夜の潜在意識です』


 会話の歯切れが悪いというか、聞かれたことにしか答えないのだろうか。

 目の前の画面に居座っているのが誰なのか、いまいちピンとこない。


「つまりどういうことなのか教えてよ」


『……つまり。早乙女紗夜の肉体は消滅していません。今も自宅の自室で意識のない状態で倒れています』


「…………は!?」



「心肺、脈拍、どれをとっても異常がなく、なぜ目を覚まさないのか……正直に申し上げますと、お手上げです。ですが――細かい眼球運動が見られます。ずっと、夢を見られているのではないでしょうか」


「夢、ですか」


「軽い栄養失調は見られましたが、幸いなことに命の危険はありません。大事をとって、本日は入院なされてはどうでしょう」


 紗夜の体は彼女の自室にある。

 そんなまさか、と思いながらも駆け足で彼女の家に向かった。


 どうやら紗夜が存在しない世界では、俺は紗夜のお母さんとの関わりも全くないらしく、危うく警察を呼ばれるところだった。

 だがそんなことを気にしている余裕はない。

 俺は無理矢理中に入り、紗夜の部屋のドアを開けた。


 ――そこには、ベッドに項垂れるように倒れる紗夜の姿があったのだ。


 紗夜のお母さんには全てを話し、最初は信じてもらえなかったものの自分の家に紗夜が倒れていたという事実と覚えのない女の子らしい部屋を見て、ようやく自分の娘だと認識したらしい。


 ただし、記憶は戻らなかった。


「お母さん、付き添ってあげてください」


「はい……」


 俺も付き添いたい気持ちは山々だったが、ここはお母さんに任せておけばいい。俺にはそれよりも大事なことがある。

 さっさと家に戻って、このスマホの中のなんちゃらポセイドンに話を聞かなくてはならない。



「ポセイドン」


『私はポ――』


「なんでもいいよ」


 こいつが元凶なのだろうか。

 そもそも今まで俺のスマホのどこに潜んでやがったのか。


「聞かせてくれ、これまでのあらましを」


『私は、早乙女紗夜に作られた存在です』


 そこで語られたのは、とても信じられるようなものではない、ファンタジックな物語だった。


『早乙女紗夜の願いが、私を生み出しました。早乙女紗夜の根幹、心からの願いを叶えるために』


「願い……? 紗夜の願いが、どうして自分を消すことになるんだ? 紗夜の願いってなんだ?」


『自分を消すこととなったのは、願いを叶えるのに必要ないからです。願いについては、私からお伝えするわけにはいきません』


「――っ。どうやって皆の記憶を消したんだ?」


『とある端末から、視覚情報のみで海馬を書き換えるコードを日本中に一斉送信しました』


「……スマホ、か?」


 唯一紗夜の記憶を持っていた生徒は、思えばガラケーを使っていた。

 もっと早く気付いて然るべきだったんだ。気付いたところで、何も出来なかったかもしれないが。


 これにより、紗夜を知る者からはその記憶が消え、元々紗夜のことなど知らない大多数の日本人には特に何の弊害もない。


『リミットは、24時。どうか、後悔のないよう――』


「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ聞きたいことが……」


「――ぁ。悠陽……」


「紗夜……」


 なんちゃらポセイドンの面影は消え、いつも通りの紗夜が画面の中から見つめていた。

 日付は変わった。もう時間はない。


「……教えてくれ。紗夜の願いってなんだ?」


「それは……」


「わかってるんだろ!? 頼む、教えてくれ。このままじゃお前、消えちまうんだぞ!」



「私は、それでもいいよ」


「――え?」


「私は、それでいい。願いならもう叶ってるから」


 嘘だ。


「そりゃまぁ……今の私の意識がなくなるのはちょっと怖いけど、でもそれでも大丈夫」


 嘘はやめろ。


「消えちゃう前に、悠陽には伝えとくね。私の願いっていうのは、ずっと悠陽のそばで――」


「いいわけないだろ――!」


「――――」


「お前が消えたら、お母さんはどうなる!? お父さんは!? ――俺は、どうすればいいんだよ! もう遊ぶことも、冗談言い合うことも、喧嘩することもなくなるんだろ!? お前はそれが望みなのか!?」


 なんだかんだ、紗夜がスマホの中にいた日々は楽しかった。高校生になって、昔ほどは会話も多くない。休日に遊ぶことも減った。

 だけど、久しぶりに何でもない時間を共有することが出来た。お互い何をするわけでもない、ただ流れていく時間が心地よかった。


 気の置けない間柄っていうのは、こういう事を言うんだなって改めて思った。

 紗夜といる時が一番自然で、楽しくて、何気なかった。


「俺は、生身のお前ともっと一緒にいたいよ。お前が俺のそばにいたいと思ってるなら、それは自意識の消えたAIのお前じゃない。紗夜自身がそばにいてくれればいいんだ」


「――でも」


「でもじゃない。聞いてくれ、紗夜。俺はお前が好きだ。これからも一緒にいてくれ。何年先も、加齢臭が気になる歳になっても、老眼でスマホが触れなくなっても」


「――――! ――あはっ、私でいいの? 先輩じゃなくて、私なんかでいいの?」


 そんなの、わかりきっている。

 答えはひとつだ。


「お前がいいんだ、紗夜。時間の無駄遣いをするなら、先輩でもスマホでもなく、お前がいい」


「……嬉しい。嬉しいよ、悠陽。私も、悠陽が好き! ずっと一緒にいたい! 触れたい! ぎゅーってしてほしい!」


「いくらでもしてやる。だから戻ってこい」


「――悠陽」


「――紗夜」


 俺はゆっくりと、唇にスマホを近付ける。

 紗夜もそれを受け入れ、やがて唇と無機質な液晶が触れ合い――、


「どわっちゃあ! いってぇ!」


 静電気が走ったような痛みが、唇をヒリヒリと襲う。

 思わずスマホを落としそうになるが、辛うじて空中でキャッチすることに成功した。


「あぶねぇ……ごめん紗夜――紗夜?」


 覗き込んだスマホの画面は、ただアプリのアイコンだけが並ぶ、見慣れたものになっていた。

 いくら呼びかけても、返事は返ってこなかった。



 花粉症だ。

 春はどうにも、鼻水が止まらん。


 まったく、花粉というのは迷惑しかかけないから嫌いだ。第一、粉状なのが悪い。一粒が3メートルくらいあれば、俺の鼻に侵入してくることは無いというのに。


「――ティッシュ取って」


「ん」


 ずびびびびび!! ぶばばばばば!!


「ほい」


「自分で捨てなよ」


「全く世話がやけるんだから……」


「人に鼻水ティッシュ渡そうとしてその言い草は許せん」


 ちぇー、ケチー。とか言ったら叩かれるので、重い腰を上げてゴミ箱にティッシュを放り投げる。


「投げないでよ。子供じゃないんだから」


「男はいつまでも少年心を忘れないんですぅー。それが美学なんですぅー」


「朝音が真似するよ。ただでさえ食器投げられてタンコブになってるでしょ」


「はい、おっしゃる通りです」


 そうして、また会話が途切れる。

 お互いがお互いの時間を過ごし、共有する。


 これこそが、ずっとそばにいる秘訣だ。



読んでいただきありがとうございました!

初めて短編書きました。ぶっ続けで約9000字、終わってみるとまだ足りないなぁって感じでした。


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[良い点] 面白かった。 サクッと読める。 [気になる点] 紗夜の諦めが早すぎるのでは?
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