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盗賊は宵闇に祈りを捧ぐ  作者: ミドリ
第二章 翠国
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指輪

盗賊の男、不器用につき。

 所々辺りを照らす篝火(かがりび)の灯りを避けるように、ヒルマは闇夜を駆け抜ける。


 ユサは振り落とされないよう、なるべく小さくなってヒルマに寄りかかっている。手首を後ろで拘束されしがみつけない以上、舌を噛まないようとにかく動きを最小限にした方がいいと思った。


 ヒルマの足はやはり早かった。町の中心にあるリン・カブラの大きな天幕はもうかなり遠くに見える。ここまで離れればこの暗闇だ、そう簡単には見つからないだろう。ユサはようやくほっと小さく息を吐いた。


 ヒルマも同じことを思ったのか、走るのをやめて布を被された大きな貨物の影にスッとしゃがみ込んだ。辺りをキョロキョロと見回して、ユサをそっと地面に降ろした。


「ユサ、縄を解くから後ろ見せろ」


 ユサの耳元で囁く低い声がくすぐったい。


 ユサは大人しくヒルマの言葉に従った。だが、ヒルマが縄の結び目を解こうとするがうまくいかないのか「あれ?」などと呟いている。


 そうだ、こいつは盗み以外は不器用だった。縄を結ぶのは得意でも解くのは苦手なのかもしれない。


 ユサが振り返って小声で教える。


「俺の帯にナイフが挟まってる。それを使え」

「ナイフ? いつの間に鞄から出したんだ?」

「お前が呑気に寝てる間にだよ」

「呑気……」


 納得がいかないような声色だったが事実は事実だ。ヒルマがユサの左側の帯にあるナイフを抜いてそっと縄に刃を当て、一気にヒルマの方に引いた。


 縄がブツ、と切れる音がした後、縄がスルスルと解けて床に落ちていくのが分かった。


 ようやく自由になった。これだけ短期間で繰り返し拘束されるのなら、縄抜けの術でも覚えた方がいいのかもしれない、などとつい考えてしまった。


 くだらない考えだ。


「刺さっちゃったよ。随分切れ味いいなこれ」


 ユサがヒルマを見ると、勢い余ったのか膝立ちしていたヒルマの腿にナイフが突き刺さっていた。ヒルマが何事もなかったのかのようにナイフを抜くと、ナイフに付着していた少量の黒い液体を振って払った。


 ユサが顔を(しか)める。


「馬鹿、何やってんだ」

「俺は馬鹿じゃないぞ」

「どう考えても馬鹿だ」


 ヒルマは不満そうだが、勢いで自分の足に刺してしまうなんてどう考えても馬鹿のやることだ。いくら痛みがないからといって慣れすぎだろう。ユサがヒルマに手を差し出した。


「気を抜き過ぎだからそういうことになるんだよ。ほら、危ないからナイフ返せ」

「まあ刺さろうがへっちゃらだけどな」


 またヘラヘラと笑いながらヒルマがユサの手にナイフの柄を置くと、ユサの中指にはまる指輪に気が付き恨みがましい眼つきでユサを見た。


「どうしたんだ、それ」

「それ? ああ、この指輪か。いいだろ」


 ヒルマが責めるように言ってきた。

 

「やっぱり先にひとりで家探ししてたのか。自分ばっかり狡いぞ」


 ユサはヒルマの腿をペチンと叩いた。ついでに指輪の石がくるりと手の内側にずれてしまっていたのを直した。


「阿呆。これはルーシェがくれたんだ」


 ヒルマの口が尖がる。


「阿呆って……ユサ、さっきから俺の名前呼んでなくない? 呼ぶ契約でしょうが」

「あーはいはいヒルマ」


 おざなりな返事をして指輪をはめている手を暗闇にかざしてみると、ほんのり光っているように見えるが気のせいだろうか。指輪を顔に近付けて見てみる。やはり微かにだが光っているように見えた。どうしてただの石が光るのか。


 ユサの正面ではまだヒルマがぶつくさ言っていた。

 

「俺の扱い段々雑になってない?」

「元々こんなもんだろ」

「……」


 ヒルマが黙り込んだが、ユサは気にせずに指輪の石をじっと見る。これはもしかして。


「ヒルマ、首のやつ出せ」

「首? ああ、石だな」


 ヒルマは言われた通りにガサゴソと胸元からネックレスを取り出して首から外した。暗闇の中で発光している石は、3つ。ひとつは薄ぼんやりとした仄かな明かりだったが、残りふたつは強く光っていた。


 ヒルマがネックレスを顔の前に持ち上げて何かを数えている。やがて強く光っているひとつを指差してみせた。


「こっちはユサのだ。隣が両方5個ずつ白に挟まれてる分」


 大きさはどれも同じだ。そういう区別の仕方しかないのだろう。ユサは、ユサのだと言われた光る石を覗き込むように見た。それは半透明に白い光を(はな)っていた。紅国(こうこく)の金持ちの家にある電球の光ともまた違う、不思議な光だった。


 次にヒルマは、強く光っているもうひとつの方を指差した。光る石に吸い込まれるかのようにただ見つめているユサに教えた。


「もうひとつは翠国(すいこく)の方に反応していた分の内のひとつだ。すぐ近くにある」


 それを聞くと、ユサは無言でルーシェからもらった指輪をネックレスに近づけた。ネックレスに触るかどうかという近さまで近づくと、石がふたつ、目が眩むような光を放った。ユサがネックレスから少し離れると、今度は光度が下がった。


 ユサとヒルマが顔を見合わせる。ヒルマが実に嬉しそうに笑った。


「天幕の中の反応はこれだ。でかしたぞユサ」

「ルーシェがくれた指輪が? そんな偶然あるのか」


 たまたまルーシェが探して選んだ代物だ。そんな都合のいい話があるだろうか。


 ヒルマが肩をすくめる。目は遠くの篝火の炎を反射してキラキラしていた。子供みたいだなとユサは思った。ルーシェと同じ、裏のない目。


「なんせユサは俺の一部だからな、もしかしたらユサにも少しは反応するのかもしれないし」


 ヒルマがにやっとした。段々調子に乗ってきたらしい。ユサはもう一度ヒルマの腿をペチンと叩いた。ヒルマの笑顔が引っ込んだ。


 ああもう、何でこんなくるくると表情が変わるんだこの男は。


 何でそんなに色んな表情が出来るんだろう。ユサにはどうしても理解出来なかった。


「変な言い方するなよ気色悪い」


 言い捨てると、ヒルマがささやかな抗議をしてきた。


「冷たいんだから。ペチペチすぐ叩くし」

「うるせえな」

「はいはい」


 ヒルマが口を尖らせてネックレスをしまうと、辺りはまた暗闇に包まれた。瞼の奥にはまだ先程の輝きが残っていた。


 ユサが首を傾げながら言う。


「でも確かに、ルーシェはこれを見て俺のだと思ったとか言ってたな。俺もこれがやけにしっくりくる感じはあったかも」

「ほーらやっぱり」


 ヒルマが偉そうにふんぞり返った。こいつが偉そうな態度を取ると何だか腹が立つ。さっきまで呑気に寝てた癖に、起きた途端これだ。


 散々人を不安にさせておいて、反省のはの字もありゃあしない。これだから考えなしは駄目だ。


 だが言ったところで通じそうにない。ユサは早々に諦めて話を進めることにした。


「それで、これがお前のもんだとするとどうやってお前の身体に戻すんだ?」


 ルーシェにもらった大切な指輪に付いている石だ。出来る限り大事にしたかった。


 がしかし、ユサの希望は一瞬で消え失せた。


 ヒルマは真顔で回答した。


「飲み込む」


 ユサが呆れた顔をしてヒルマを見たが、ヒルマの顔はあくまで真剣そのものだった。


「飲み込む? 馬鹿かお前! 石だぞこれ!」

「シッ! 声が大きい」


 ヒルマがユサの口をさっと押さえてきたが、ユサはその手をぺしっと跳ね除けた。


 ヒルマを睨みつけた。嫌だった。


「気安く触るな」

「ユサ、怒るなよ」


 眉尻を下げてヒルマが縮こまる。ユサを悲しそうに見ているが、ユサはそんな顔をされたところで許せる訳もなかった。何故ならこれは。


「折角ルーシェがくれたのに……!」


 あんなに素直に好意を寄せてくれた相手にもらった物なのに。


 ヒルマが溜息をついて、その場に座り込んで胡座をかいた。背中を曲げてユサの顔を下から覗き込む。


「でもなあ、ユサ。俺だって色々やったんだ。色々やって、でも結局はそれしか効果がなかったんだ。分かってくれよ」


 ユサは唇を噛んでぐっと涙が込み上げるのを我慢した。何だかこいつといるようになってからやたらと涙が出そうになる。水分の無駄遣い、無駄遣いだと自分に言い聞かせるが鼻の奥がツンとしてしまった。


「ユサ、ごめん」

「嫌だ」


 ヒルマの眉が更に下がった。


 分かっている。これはヒルマにとって大事な物だ。多分、ユサが思うよりも遥かに大事な物なのだ。ユサがルーシェに対し持つ愛着よりも遥かに。


「嫌だけど、でも」


 ぐ、と胸の前で拳を握る。中指の指輪は仄かに光っている。まるでそれがルーシェの良心のように思えてしまった。


 ヒルマは待ってくれた。ユサが次の言葉を紡ぐまで、静かに待ってくれた。


「これはヒルマの物、だよな」


 ヒルマを見た。ヒルマは、頬を手で支えて静かに微笑んでいた。何を考えてるのかは分からなかったが、少なくとも悪事は考えてなさそうだった。


 ヒルマの手がユサの頭に伸びてきて、短い赤茶の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「あのリンって奴、分かってないよな」

「……何が?」


 ユサの瞳を覗き込んでくるヒルマの目は優しかった。


「あんたの目は氷なんかじゃないのにな。こんなに激しい(ほのお)みたいでいいのに」

「ヒルマ……」


 更に頭をぐしゃぐしゃとされた。


「明日市場で代わりにはめる石を買おう。ユサが気に入るのが見つかるまでいくらでも付き合うから。な?」


 子供をあやすように言われ、本当だったら腹立たしい筈なのに。


 ユサには、その手の暖かさが何故かとても嬉しく思えてしまった。

このあとすぐに次話投稿します!

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