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8話目


 食事を済ませてしまうと、また暇が襲ってくる。


 皿を洗って片付けたあと、ゆっくりと部屋に戻ってきたにも関わらず、グラフェンはこれからなにをしようか、まったく思い付かなかった。ずっと仕事ばかりしてきたものだから、日中時間帯にすべきことが見付からない。

 掃除は昨日してしまったから今日やるとしても瞬く間に終わってしまうし、洗濯でもするかと考えていたら、脱いだ洋服がいつの間にか浴室から消えていたからさすがに侍女がやってくれたのだろう。

 歯を磨いてみたけれど、昼までにはかなり時間がある。


「暇だなあ」


 これからずっとこの城で暮らしていくのだとすると、暇との戦いになるに違いない。眠ってばかりいては体が動かなくなってしまいそうだし。

 そうだ、読書はどうだろう。

 資料室や図書室くらいあるはずだ。そうだ、そうだ、そうしよう。

 廊下に出ようとドアを開けると、なんとすぐそこにナノホーンが立っている。

 まさかドアのすぐ傍に突っ立っているとは予想しておらず、勢い余ってナノホーンの胸板に顔面からぶつかりにいってしまった。


「ぶ! な、なんですか! びっくりした……」


 ナノホーンは唇を歪めながら、(うなじ)あたりを指で掻いている。視線を合わせないのはわざとのようだ。


「……いや、その……」

「忘れ物ですか? ベッドになにか落としました?」


 とはいえ、彼はアクセサリーの類を一切着けていない。落とすものもないと思うのだが。

 その証拠に、しばらく黙ったあとでようやくぼそぼそと喋り始めた。


「いや……暇じゃねえかと、思って……」

「ものすっっっっごく暇です」


 即答すると、ナノホーンの眉間の皺が深くなった。特段、城に連れてきたナノホーンのせいだと責めたつもりはないのだが、暇であるのは事実なのだから仕方ないではないか。


「上に、図書室あるけど」

「あ、たった今それを探しに行こうと思っていたんです。さすが暇潰しの先輩。私の行動を予想していたわけですね、素晴らしい。場所はどこです?」

「ついてこい」

「えっ。連れて行ってくれるんですか? 女嫌いなのに?」

「連れて行ってやるって言ってんだから黙って付いてこいよ!!」

「怒られた」

「怒ってねえんだが!?」

「怒られた」

「お、怒ってねえんだが……!?」


 しゅん、と、わざと気落ちしてみせると、顔を覗き込んできたり、手をわたわたと意味不明に動かしてみるなど、ナノホーンが意外な反応を示した。なんだ、優しいではないか。


(ただ語気が荒いだけの人なんだな)


 虚勢を張って人を遠ざける癖がついているのかもしれない。人が離れていくことが辛いから、わざと人と近付かないし、近付けない。そういう生き方をすると、無意識に攻撃的になるのだろう。

 しょんぼりしていたはずなのに、すたすたと歩き始めるグラフェンを見て騙されたとわかったのか、ナノホーンは大仰に表情を歪めた。


「あんたムカつくな!」

「怒られた……」

「え、い、いや怒ってねえんだが、お、おい」



◇◆◇◆◇◆



 階段でひとつ階を上がると、グラフェンの自室がある階よりもかなりドア数が少なかった。真っ直ぐに伸びた長い廊下に、ドアが3つしかない。


「図書室はどれです?」

「全部」

「なんと」


 書物を小分けにでもしているのだろうか。

 とにかく適当なひとつを選んでドアを開けてみると、中はとても暗くて静かだった。

 ナノホーンが壁に設置されているランプに慣れた手付きで火を灯すと、薄明かりによって全容が浮かび上がる。


 だだっ広い空間に所狭しと本が積み上げられていた。


 床から天井までぴったりと本棚が嵌り、川の字にいくつも本棚が並んでいる。その棚のすべてを本が埋め尽くしていた。

 部屋を分けてはおらず、むしろ壁をぶち抜いてあまりにも広する一室にしたため、ひとつでは不便だからと前後両端と中間に入口を設けたようだ。

 本の香りがする。


「はーーー! これは凄い! こんな数の本、見たことないです!」

「好きなの読めよ。暇潰しにはなんだろ」

「確かに。ここはいつでも入っていいんですか? 夜も?」

「いいよ」


 流れるように本の背表紙を眺めていく。金色の文字で題名を記しているものが多い。

 あまり読む人がいないのか、綺麗なままの本ばかりだ。


「……あれ?」


 そこで致命的なミスに気が付いた。

 グラフェンの頓狂な声を気にして、ナノホーンが歩み寄ってくる。なにか不審なものでもあったのかと、腰をかがめて目線の高さを合わせて、顔を寄せてきた。


「なんだよ。なにもねえじゃねえか」

「大変です、ナノホーンさん」

「あ?」

「私、文字が読めませんでした」


 すっかり忘れていた。

 魔女に出会った(せい)の記憶で日本語の読み書きと、聞く、話す、ができるから、この世界のグラフェンも識字できると思い込んでいた。

 しかし、グラフェンは庶民の庶民。

 しかも女。

 教育など受けた経験がなかった。


 視線を感じて横を見ると、ナノホーンの顔が目の前にある。


 むしろ、鼻が触れた。


(近ッ!!)


 驚いて仰け反ると、ナノホーンもまったく同じ反応をした。

 二人して、ぜーはー、と荒くなった息を整える。


(び、びっくりした……)


 思いのほか至近距離にいたのだと思い知らされる。ついつい距離感を忘れてしまうので、グラフェンは注意しなければいけないと思った。


 本棚に手を着いて体を支え、肩を上下させているナノホーンが目も合わせずに喋り始めた。


「よ、読めねえのに、なんで図書室に来ようと思ったんだよ。無駄だったじゃねえか」

「いやー、すっかり自分の能力を忘れていました。けれど、大丈夫。きっと幼い子向けの本もあるでしょうし、1から勉強します。せっかく時間もたっぷりありますから」


(えーと、児童書はどこだろう) 


 また背表紙を流し見ていく。

 きっと可愛らしい背表紙のはずだ。色が華やかで、絵が描いてあるはず。単語一覧とかあると嬉しい。


 そのとき、がしっと肩を掴まれた。もちろん、この場には他にいないのでその手の主はナノホーンだった。


「どうしました?」

「俺が、教えて、やっても、いい」


 目をぱちくりとしてしまう。

 そんなに汗を掻きながら、痛みに耐えるみたいな形相で言うことだろうか。

 けれど、素直じゃない彼が素直に申し出てくれた事実に変わりはない。


 ただ、互いに干渉しない約束だったはず。


 義務感で言ってくれているのだとしたら、それはよくない。我慢を重ねると、いつか爆発してしまう。


 愛されなかった自分が、次こそはと耐え抜いて破裂してしまったみたいに、糸が切れてしまう。

 だからグラフェンは、どうしても聞きたかった。


「私、女ですよ。うるさいかもしれません。それなのに、いいんですか? お外に遊びに行ったほうが楽しいですよ」

「────」


 なにかを言ってくれたが、聞き取れなかった。

 耳に手を当て、聞き返す。


「なんですか?」

「だから───」

「え?」

「だから、あんたのことは別に嫌いじゃねえって言ってんだよ!!」


(おっと)


 突然の大声にびっくりしてしまう。

 キーンとする耳鳴りが落ち着く間に、ナノホーンは耳まで真っ赤になっているし、愛を知らないグラフェンはどうしてナノホーンがそんなに赤くなっているかがわからないしで、頭の中は疑問符だらけだった。

 嫌いではないと伝えることが、どうしてそんなに恥ずかしいのか、わからない。


 わからないけれど、嬉しかった。


 だから心から溢れる感情を表情にするのを抑えきれなかった。なんて名前の付けられた感情なのかも不明なのに、それでも確かに嬉しかった。


「ははっ! ありがとうございます」


 はち切れんばかりの笑顔は、気持ちが良かった。言ったあとでナノホーンがまたさらに赤くなるから、それも楽しかった。

 グラフェンがあまりにも笑うからか、ナノホーンはぴしゃりと人差し指を立てて釘を刺した。


()()な! ()()嫌いじゃねえだけだからな!」

「はいはい」


 二人で絵本を選ぶ時間も、とても楽しかった。

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