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4話目


「ははっ!! あんた、ことごとく似合わねえなあ!」


 そう言いながらお腹を抱えて笑うのはナノホーンだ。

 さすがに軽い変装を施して、徒歩で城下町に出掛けた。どこに行くのかと窺っていたのだが、ナノホーン御用達の服屋があるらしく、どこにも立ち寄らずに店に到着した。


 変装していても、店主はナノホーンを知っているらしく、常連のように扱いながらもしっかりと礼節を弁えている。

 白髭を蓄えた老齢の店主は困ったように眉をハの字に下げた。


「落ち着いた色のほうがお似合いかもしれませんね」


(どうせ地味な顔ですよ)


 派手な色の服では顔が負けてしまう自覚はあるので反論しない。

 ナノホーンはなにが楽しいのか、目尻に涙を浮かべて笑い続けている。店のどこかからか勝手に引き出してきた椅子に腰掛けて、勝手に淹れさせた紅茶を楽しんでいるあたり、本当に羨ましい限りの奔放さだ。


 店主から差し出された服を素直に受け取る。


 これまでの華やかなものではなく、黒色のシンプルなデザインのドレスだった。装飾がほとんどなく、ドレスというよりはワンピースに近い。

 袖を通して、ナノホーンの前に立つ。

 何度目になるかわからない笑いが起きるかと思いきや、今度は笑われなかった。


「お? いいじゃねえか。今まででダントツだぞ」

「しかし、これ上等な生地のような……高いのでは?」


 店主を覗い見ると、おもむろに否定された。


「デザインがシンプルなぶん、使われている生地が他と比べて少ないのです。生地は確かに上物ですが、飛び抜けて高いということはありません。むしろ、当店では安い部類へ入るかと」

「それなら安心です」

「どうせ俺が支払うんだぞ。なにを気にしてやがる」

「えっ。払ってくれるんですか? 女嫌いなのに?」

「夫婦でい続けるための必要経費だ。正装のひとつ、ふたつなくちゃ、やっていけねえだろ」


 ナノホーンは似たようなデザインの色違いをいくつか指定して、さっさと支払いを済ませてしまった。

 店の外まで店主に見送られて、雑踏に溶け込む。

 それでも他の男性よりも頭ひとつ分、背の高いナノホーンは目立つのだが、なにせボタンは上まで止められていないし、シャツの裾はだるだるに出ているし、ブーツの紐はしっかりと結い上げられていないしで、どこからどう見てもその手の輩である。


「あと必要なものっつったら、なんだ? よくわかんねえんだよなあ」

「もう不要なのでは? 他に、なければ困るものなど思い付かないのですが」

「女のあんたがそう言うなら、そうなんだろうな。じゃあ、帰ってろよ。俺、遊んで帰るから」

「わかりました」


 よっこいせ、と包んでもらった服をナノホーンの手から受け取り、持ち直してから踵を返そうとすると、肩を掴まれた。


 振り返ると、ナノホーンが焦っている。


「いいのか?」

「……なにが?」

「ひとりで帰れんのか?」

「4歳児に見えます?」

「見える」


(こいつ……!)


 とは冗談だったようで、ナノホーンは本気で思案しているらしい。


「だって、荷物持たせてんだぞ? 連れ出したの俺だぞ? 俺は遊ぶから勝手にひとりで帰れって言ってんだぞ? 腹立たねえのか?」


 心底、言っている意味がわからなかった。

 初めに遊んでくると言い出したのはナノホーンなのに、どうしてそのことに対して重ねて許可を得ようとするのだろうか。

 契約では、互いに干渉しないのが条件だったはずだ。

 服は必要経費。揃えたら、もう一緒にいる必要はない。わざわざ城に送ってもらう義理もないし、ナノホーンの我儘をとやかく言う立場でもない。


 私達は夫婦という仮面を被った他人のはずだ。


 周りを黙らせるために結婚したのだから、周りがいなければ単独行動は当然。


「女ひとりなんだぞ」


 さらにナノホーンが言ってくるが、それもやはり意味がわからなかった。


「いや、あなた女嫌いでしょう? うるさく言われるのが嫌だから結婚したのに、嫌いな奴と一緒にいたら意味ないですよね?」

「……まあ……」


 返答に窮したのか、ようやく肩から手が離れていく。

 どことなくナノホーンは腑に落ちない、納得いかないような表情をしていたけれど、もしかすれば紳士のマナーと遊びたい狭間で揺れているのかもしれない。城まで送ってやるのがマナーだろうが、面倒くさい。そんなところだろう。


「お気になさらず。私もこの街で育ちましたし、迷子にはなりませんから」


 そう言い残して、その場を辞去する。洋服を運ぶのは慣れていたし、濡れていないぶん軽かった。



◇◆◇◆◇◆



 部屋に戻るまでにひと悶着あった。

 ナノホーンが結婚したことは城内で周知の事実だったけれど、妻がどんな人物でどんな顔なのか知られておらず、不届き者と思われて足留めを食らったのである。


「ですから、きちんと手続きは済ませております。本日の正午前、カルビン第……1王子の立ち会いで署名致しました」


 第1で詰まったのは、記憶があやふやだったからだ。

(第1だったはず……興味なさ過ぎて忘れた)


 門番はなんの書類に署名したかを告げなくても、その書類がなんなのかを知っているらしく確認のために走った。少しして戻ってきた門番が深々と頭を下げる。


「失礼致しました、グラフェン様。どうぞ、お通りください」

「ありがとう」


 そうして部屋に戻ってきて、ソファに服を放り投げる。ほっと一息ついて、クローゼットまで持っていこうとしたそのときだった。


 どーん!


 部屋のドアが開け放たれたのである。

 物凄い勢いに驚いて振り返れば、そこには汗だくのナノホーンが立っていた。相も変わらずだらしない格好だが目は真剣で、なるほど確かに女嫌いになりそうなほど女が寄ってきそうな顔ではあると思った。


 ナノホーンはグラフェンを見つけるや、どっと安堵の息を漏らしている。


「あんた……本当にひとりで帰ってきたんだな……」

「はい? そりゃそうですよ。これでも毎日何十回と服を洗って干してきたんですから、これくらいの重さはどうってことないです」

「……いや、そういうことじゃねえんだが……まあ、いい」


 項垂れているナノホーンを見て、ぴん、と思い付いた。

 彼はきっと、グラフェンが逃げると思ったのだ。

 ナノホーンのひどい仕打ちに嫌気が差して、こんなところ、やっていけないと匙を投げて、実家に逃げ込むと思ったに違いない。


(ははーん? なるほど、なるほど。そんなにヤワじゃないんですけどね?)


 したり顔でナノホーンを見ていると、ナノホーンがきっと睨み付けてきた。さながら機嫌を損ねた狼だ。


「んだよ。なに見てんだよ」

「べっっっっつにー? 逃げも隠れもしませんから、ご安心ください、としか思ってないですけどぉー?」

「あ!? 別にあんたに安心しろって言われるほど心配なんざしてねえんだが!?」

「えー? じゃあなんでそんなに汗だくなんですかぁー? 遊ばうとしたけど私の帰宅が気になって集中できなくて結局すぐに帰ってきちゃったんじゃないんですかぁー?」

「このガキ、言わせておけば!」


 そうしてまた頬を抓られる羽目になる。

 二人の必死の攻防は傍から見ればただのじゃれ合いなのだが、当人達は気付いていない。


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