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14話目


「えっ。結婚お祝いのパーティー、ですか?」


 グラフェンが城で生活するようになって3ヶ月。

 それは王の唐突な思い付きだった。

 ナノホーンが王に呼び出されたと聞いたときから嫌な予感はしていたが、よもや的中するとは思わなんだ。


 ダイニングで隣り合うグラフェンとナノホーンは、デルタフェの作ったデザートのフルーツシャーベットを食べている。温かい紅茶も用意されていて、最高の朝食だった。すべての感想をデルタフェに伝えると「まあ」なんて気のない返事だったが、悪くはない反応だった。すっかり8番夫妻お気に入りのシェフになったようだ。

 それよりも、パーティーである。


「なんというか、物凄く今更感がありますね。3ヶ月以上経っていますし、なんなら私、未だに陛下にご挨拶すらできていないですのに」

「どうせ国交がうまくいってねえから、結婚祝いを口実に交流を図ろうとしてんだよ。利用されるんだ、俺達は」

「なるほど……。しかし、パーティーとは、なにをすればいいのでしょう。参加した経験はあれど、主役になったことは今の今まで一度もありません」

「にこにこ笑ってお辞儀して会話してお辞儀して笑って踊れば終わりだ」

雄鶏(おんどり)かあ」

「違ぇよ、踊りだ──って、おい、まさか本当にダンスできねえのか」

「ははっ!」

「まあ……俺がリードするから、なんとかなるだろうが……」

「練習はしておかなければなりませんね。なぜなら私、リズム感が皆無なのであります」

「自慢げに言うな」


 そもそも正装用の踵の高い靴が苦手だ。痛くて固くて、帰るときには裸足になってしまいたくなる。そんな靴で踊れというのも酷な話だ。


「どうせドレスで隠れるわけですし、靴とか質素なものではいけないんですかね」

「いいんじゃねぇか。どうせ誰も見ちゃいねえよ。俺達を見に来るんじゃなくて、ほとんどの来賓は国と仕事しに来るから」

「よし、では早速練習しなければなりませんね」

「いい暇潰しができたとでも思ってんだろ」

「さすが、私の考えがわかるようになってきたんですね」

「まあな」


 最後に厨房に顔を出してデルタフェに礼を言うと、手を挙げるだけを返事とされた。初めは迷惑なのかと思っていたがそうではなく、なかなか照れ屋な人らしい。

 部屋に戻って、二人は向かい合った。基本の姿勢を取る。


「基本的に肘は下げない。背筋伸ばす。……姿勢はいいな」

「姿勢だけはいつも褒められます」

「基本のステップは?」

「一応覚えてます」

「じゃあ、1、2、3。このくらいのリズムでいくからな」


 ゆっくりとした足音くらいの拍子だ。


「わかりました」

「せーの、1、2、3、1、2……あんた本気か?」

「あ、やっぱり違います?」

「なんつーか……1、234、1、ってリズム」

「なんか焦っちゃって。正しく足を動かそうとしてリズムとかよくわかんないです」

「まあ、わからなくもねえ。じゃあ、カウントを動きにしてみたらどうだ?」

「なるほど、数字ではなく動きかたを声に出すということですね。やってみます」


 向かい合って、基本の姿勢に戻る。応接室は二人が踊るぶんには充分な広さだった。


「いきます。せーの、ひょいっ、すたー、とん、ひょいっ、すたー、とん──」

「ちょいちょいちょいちょい、待て待て。なんだその奇妙な動きかたは」

「だいたいワルツのナチュラルターンって、女性は後ろ一歩、ターン、足を揃える。前に一歩、ターン、足を揃えるの3拍ですよね。ひょい、で足を出す。すたー、でターン。とん、で揃えます」

「独特だな……しかも、すたー、がほぼほぼ息しか吐いてねえところが笑える。すたー、ってなんだよ、すたー、って」

「動きに合わせて声も抑えると、心なしか上品にターンできてる気がするんです」

「まあ、いいか。よし、ある程度できたら散歩行こうぜ。俺もダンスは好きじゃねえし」

「わかりました。せーの、ひょいっ! すたー……とん!」

「待て、やっぱ駄目だ笑っちゃう」



◇◆◇◆◇◆



 そんなこんなで、あっという間にパーティー当日。


 さすがに国の公式なパーティーともあって、普段は関わってくれない侍女達が予め寸法を測り、作ってくれていたドレスを3人掛かりで着させてくれた。髪も飾り、化粧もする。公式な場で夫人が身に着けるというティアラを頭に乗せられて、踵のうんと高い靴も履かせられて、ナノホーンと対面した。


「いつもと違うな」

「お化粧の力ですね。顔が痒い」

「掻くな掻くな」


 制されてしまったので、手指の爪で頬の痒いところを押しているとそれも諌められてしまった。普段、顔になにも塗らないツケがここで回ってくるとは。

 ぎくしゃくとした足取りで歩いていくと、ナノホーンがなんだという目で見下ろしてきた。


「靴が凄いことになってるんです」

「履き替えちゃえよ」

「……大丈夫ですかね? ドレスの裾が結構だっぷりしちゃうんですけど……」

「いいよ。怪我するぞ、そんな靴。見てくれとか社交界のルールより、あんたの足のほうが優先されるべきだろ」

「や、優しい」

「本当に思ってるか、それ」

「ちょびっと」


 親指と人差し指をくっつけて輪を作ってみせると、ぐにっと強引に広げられた。


「とりあえず、めちゃくちゃ大勢が名乗って挨拶してくる。にこにこ笑って会釈してれば、いつの間にかダンスでお終いだ」


 ナノホーンはそう言って、曲げた腕を差し出してきた。グラフェンはその腕に手を絡めて、並んで廊下を歩く。パーティーをしたあの広間に向かっているのだ。客人達はひと足早く、広間に集まっているらしい。


「どうせご飯は食べられないんですよね」

「まあな」

「デルタフェに言って、なにか残しておいてもらいます」

「それを楽しみに耐え抜こうぜ」

「頑張ります」


 扉の前に着き、視線を感じたのでナノホーンを見上げた。ナノホーンは柔らかに口角を上げて笑っている。


「緊張してねえな。いい度胸だ」

「奥さんに相応しいですか?」


 問うと、答えてくれずにナノホーンは前を見据えた。

 ドアの脇に控えていた侍女に目配せをすると、観音開きの扉がいっきに引き開けられる。


 わっと歓声が湧いた。


 割れんばかりの拍手と歓声と、そして輝きだった。


「俺の嫁にぴったりだ」


 この大歓声の中、小声で返してくれたのは意地悪だったのか、照れ隠しなのか。とにもかくにもグラフェンは頬を緩めた。

 二人は息ぴったりの礼をして、花道を歩いた。

 見覚えのある王が玉座についていて、じっとグラフェンを観察しているのがわかる。グラフェンはわざと目を合わせずに、笑顔のままでナノホーンに従った。王の隣に立ち、席に着く。


 それからは挨拶の応酬だった。

 なになに国から参りました、なになにです。

 これからよろしくお願いいたします。

 ご趣味は、なんて始まって、人が入れ替わっていく。


(ひとりも覚えられん)


 結局、今、挨拶を受けたばかりの人の名前も顔も忘れて、思い返す間もないうちにダンスタイムになった。


 最初は主役の二人だけが見守られながら踊るらしい。


 大衆の中心で、二人は向かい合った。今日は音楽がある。生演奏のメロディーがゆっくりと流れた。

 ナノホーンが小さく言った。


「せーの」


 ひょいっ、すたー、とん。

 ワルツはひたすらそれを繰り返していればいい。

 毎日毎日、他にすることもないからワルツばかり練習していた二人は、もうカウントを声に出さなくても踊れるようになっていた。

 ひょいっ、すたー、とん。

 ひょいっ、すたー、とん。


 くんっ、と引っ張られた気がしたのは間違いではなかった。靴の踵の高さに合わせたドレスが長すぎて、裾を踏んでしまったのである。

 このままでは転んでしまう。

 だがナノホーンも気付いたのか、すぐにグラフェンを抱き止めた。


 静まり返るホール。


(あちゃー……)


 ナノホーンは思案顔だが、その眼差しは王を気にしていた。それは父を気にする息子の顔だった。

 グラフェンは吹っ切れた。

 もう周囲は自分が庶民だと知っている。飾ったところで、彼らと同じ場所には立てない。


 グラフェンはドレスの裾を片手でほんの少し摘みながら、そのままの状態で基本の姿勢を取った。普通なら、ドレスの裾を摘んだままのダンスは有り得ない。

 だがナノホーンは付き合ってくれた。同じく基本の姿勢を取ったのだ。


 音楽が鳴っていない中で踊り始める二人。


「ひょいっ、すたー、とん」


 ただ音楽がないとリズムが難しくなるので、グラフェンは小さな声でカウントを取った。

 ナノホーンが顔をくしゃりとして笑う。


「ひょいっ、すたー、とん!?」


 ぐるんっと、グラフェンを回転させたのはナノホーンだ。その悪戯にグラフェンも笑う。そうすると、音楽もいつの間にか再開していた。


「幸せそうなお二人……」

「大恋愛の末のご結婚というのは、本当でしたのね」

「おや、王子の一目惚れと聞いたよ?」

「どちらでもいいわ、あんなに幸せそうなんですもの。羨ましい……」

「素敵な笑顔……」


 羨望の眼差しを注がれているとも露知らず、二人は二人だけの世界で踊っているみたいに笑い合った。




◇◆◇◆◇◆




 そのパーティー以後、ナノホーンは庶民と結婚し、幸せを掴んだ心優しく、家柄にとらわれずに平等に人を愛せる愛情深い王子、グラフェンは王家の一員になっても驕らずにナノホーンを支える一途な良妻として一躍評価を上げた。

 その人気ぶりは、むしろ各国の貴族だけでなく、庶民の国民からも異常なほどで、二人の地位はいっきにのし上がる。

 それこそ、8人の兄弟の中で最も国民から好かれる夫妻といわれるほどに。


「最高の女を妻に迎えたな。国交は右肩上がりだ。一時は蛆虫みたいな奴だと思ったが、二人共いい仕事をしてくれた。次は──



子どもを産ませろ」



 王がそのように指示を出すのも、致し方ないところまで来てしまっていた。

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