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13話目


 こそっと言う。


「なかなか愉快なご兄弟をお持ちですね」

「こっちは不愉快だ」


 理不尽すぎる提案を、7番王子は天才的閃きとでも思っているのか、自信満々に腰に手を当てている。

 どうだ、いい考えだろう。

 そんな言葉が顔に書いてある。

 しかし、一方でその言葉は、現在の7番夫人に対して最低だとは気付かないのだろうか。


(絶対に嫌だ。こんな自分本位な男)


 グラフェンは無意識にナノホーンの袖口を握っていた。


 ナノホーンがびっくりした顔で見下ろしてくるので、初めて気が付いて手を離そうとする。しかし、ナノホーンがその手を握ってくれた。

 その一連の行動が7番王子に油を注いだ結果となった。


「俺も『それ』やりたい!」


 手を繋いだまま、僅かにナノホーンが前に出た。グラフェンを隠したのだ。


「この国は一夫一妻制だ。妻の交換なんて、とち狂ったこと言ってんじゃねえよ」


 ナノホーンの声音がいつもより、ぐっと低かった。今は顔が見えないけれど、かなりの怒気を孕んでいるとわかる。握り締められている手が痛むほどの力の強さだ。


「俺も手繋ぎたいんだもん!」

「僭越ながら、交換したとしても私は7番王子とは手も繋ぎませんし、寝室も共にしませんし、抱き締めたりもしませんよ?」


 言うと、7番王子は目を丸くした。


「なんで!?」

「いや、なんでって言われても……。普通、しませんよ」

「なんで!? 俺は7番だよ? そっちは8番! 俺のほうが上だよ!?」


 またその順番か。

 本当にこの城は、その数字に固執している。

 辟易して、グラフェンは素直に言ってのけた。


「皆様にはナノホーンさんが8番であって、王位継承順の最下位であっても、



私にとっては1番です。



 だから、私はナノホーンさん以外の方と触れ合うことはしません」


 しばしの沈黙は、それぞれ種類の違う沈黙だった。

 7番王子は呆気に取られているし、ナノホーンに至っては手で口を覆って、まるきりグラフェンから顔を背けてしまっている。グラフェンは自分の言葉がどれだけの意味を含めているのかをわかっていない。

 むしろ威力がありすぎて、7番王子がめそめそと泣き出したものだから二人は仰天してしまった。



「お、俺も、ごん゛な゛奥ざん゛が欲じい゛ーーー」



 ついには大号泣に至ってしまって、廊下はたちまち猛獣の嘶きが轟く洞窟と化した。おんおん響いている。


「泣こうが喚こうが、こいつ()()は絶対に渡さねえ」

「なんでよぉーー! 俺が頂戴って言ったら、なんでもくれたのにぃ!」

「次元が違ぇだろうが!!」

「愛し合ってるからだぁーーー! いいなぁ、いいなぁぁぁーーー! 愛されたいなぁぁぁーーーーッ!!!!」


 わんわん響く願いは、グラフェンにはやはり利己的で理解し難いものだった。


 グラフェンには愛がわからない。

 愛するというのはどういうことなのか、よくわからない。信頼とも違う、喜びとも違う、尊敬とも違う、その感情がよくわからない。


 愛だなんて嘘だ。


 どうせ次をすぐに見付けるのだ。だからその人に対する愛ではなく、愛したいが故の愛であり、愛されたいがゆえの愛だから、相手が異なっても、満たされればなんでもよいのである。


 けれど、グラフェンは物申したい。


 あまりにも夫人を馬鹿にした発言に苛付いたのも事実だ。王子に対する失言だとは思いつつも、我慢ならない。


「……誠に僭越ですが、7番夫人は素敵な方だった気がします。昼食会のとき、皆様それぞれ私に対するご意見が多々ありましたが、7番夫人は、なにも言いませんでした。ぐっと口を閉じて、むしろなにかに耐えておられるふうでもありました。


 それは、今まで7番夫人が私のように王位継承順最下位の妻であったからなのではありませんか?


 私がナノホーンさんの妻となったから最下位ではなくなったものの、それまでずっと厳しい立ち位置におられたはず。その痛みを知っているからこそ、私になにも言わなかったのだと思います。


 ご夫人は実にお優しい方です。


 下に人ができたからといって、踏み潰す側には回らない方です。7番王子は、愛されたい、大切にされたいとお思いのようです。


 逆に、王子は夫人を愛し、大切にしておられるのでしょうか。


 愛されたければ、まずは愛さなければなりません。

 大切にされたけれぱ、まずは大切にしなければなりません。


 お言葉ですが、王子の言動から察するに、『貰いたい』ばかりで与えてはおられないご様子。ですので、大切にされたいのであれば、王子から大切にしてみては?」


 かなり痛いところを突いたらしい。

 涙も引っ込んで、ひっく、ひっく、としゃくり上げる以外に声を出せないらしく、脱力した背中でとぼとぼと廊下を戻っていった。

 かくして、ようやく静寂が戻ってきた廊下に、二人はどっと安堵の息を漏らす。

 嵐のような人だった。


「……疲れたな……」

「本当ですね。眠れそうです」


 自室に戻ってきて、ほぼ同時にベッドに寝転んだ。天蓋を見上げながら深く息を吐く。瞼を閉じると、不思議と眠気が充満していた。


「愛しても愛されなかったら、どうすればいい?」


 ナノホーンの問い掛けがあった。

 ふと気が付くと、まだ手を握ったままだった。目を閉じたまま答える。


「そのときはそのとき考えましょう。あんな偉そうなことを言いましたが、正直、愛についてはよくわかりませんから」

「……へえ。じゃあ、どうすれば愛されてると思える?」


 夢との狭間で考える。


 愛されてるって、なんだろう。


 優しくされることだろうか。大切にされることだろうか。けれど人なんて、知人には皆、優しくするし、大切にする。その中でのとりわけ愛とはなんだろう。


 愛されてるって、なに?


「わかりません」


 答えると、ナノホーンの残念そうな嘆息が返ってきた。

 そしてしばらくして、また聞こえた。


「なら、とりあえず俺があんたを離したくないっていうのは、伝わったか?」


 その質問が夢なのか、現実なのか、わからなかった。

 けれど、壊れても構わない物しかない部屋に比べて引き留めてくれたことを考えると、ずっと生活してきた部屋よりかは手放したくないのだろうとは伝わった。


「……たぶん」


 寝惚けながら頷くと、鼻で笑ったのが聞こえた。


「生意気」


 でも、全然怒っていなさそうな声だった。

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