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12話目


 グラフェンとナノホーンがその物音に気が付いたのは、ほとんど同時だった。


 飲酒後のグラフェンの熟睡が長くに及んだため、デルタフェが用意しておいてくれた軽食を遅い時間に済ませた。そのおかげで目が冴えてしまい、二人は結局、ベッドの上で単語の勉強の続きをしている。

 とどのつまり、グラフェンを膝に乗せながらナノホーンもうたた寝をしてしまったせいで、二人共に眠くないわけだ。


「これはー……えーと、この文字だからー……『右』だ!」

「違う『左』」

「ありゃ。じゃあこれは『前』!」

「合ってる」

「『うしろ』『上』『下』『まっすぐ』『曲がる』!」

「全問正解」

「よしよし。地理案内板は読めそうだぞ。次のページは、施設の名前だね。『店』ふむふむ」


 本の上の文字を空中で真似してみる。確かにこんな字面を街でよく見掛けた気がする。


「そういえば、結婚する手続き書にあんた名前書いてたよな?」


 本から目を離さずに応えた。


「はい。名前だけは覚えてたんです。出生証明書のところに名前が書いてあって、それだけは覚えておけって母が言っていましたもので」

「じゃあ書面は読んでないのか?」

「そうです」


 ページをぺらり。


「あの書面、結構大切なこと、ひとつ書いてあったんだぞ」

「へー。『手洗い』と。これも見た記憶がありますな。『肉』! これも見覚えがありますぞ!」

「り、離婚はできない、とか」

「へー」

「……あんた、わかってるか? 離婚できないんだが?」


 ようやく驚いてナノホーンを見た。


「えっ、離婚したいんですか?」

「そうじゃねえよ!」

「じゃあ離婚したくないんですね?」

「そうだよ! いや、そうじゃねえよ!」


 そのとき、物音がしたのだ。


 隣の部屋からだ。

 二人は目を見合わせる。物音はひとつふたつではなく、なにやら激しく暴れているらしい。もちろん隣はナノホーンの寝室だ。いわゆるナノホーンが夜這いと呼んでいるものだろうか。

 一応、訊ねてみる。


「見に行きます?」

「絡まれんのメンドい」

「大切なものとか壊されちゃうんじゃないですか?」

「ねえよ、そんなもん」

「そうですか」


 それもなかなか悲しい話ではあるが、確かに実家の自室に誰にも壊されたくないものが置いてあるかと聞かれれば、グラフェンもノーと答える。


 物に執着しない質は、人間関係にも当て嵌った。


 本来ならば両親と会えない、実家に帰れないとなれば嘆き悲しむのだろうけれど、会えないならば仕方がない、帰れないならば仕方がないと受け入れている。


 人はそんなグラフェンを冷たいという。


 物音が一向にやまないせいで、二人は気を取られて会話もできなかった。


「……すげー暴れてんな」

「よほど機嫌の悪いお兄様がいたんですかね。よかったですね、こっちに避難しておいて」

「確かに」


 ずっと止まない物音に、さすがのナノホーンも痺れを切らしたようだ。


「……ちょっと覗きに行ってくる」

「私も行きます」


 待ってましたと体を起こす。明日も暇かと思うと、今の非日常を楽しまなければならない。


「なに言ってんだ。危ねえから、ここにいろ」

「見るだけです。王子の顔も覚えないといけないですし」

「普通、国民なら全員覚えてんだよ」

「私はひとりも知りませんでした」

「それがおかしいんだよ」


 気怠そうに首をこきこきと鳴らしながら部屋を出るナノホーンに着いていく。窓から射し込む月明かりに照らされた廊下をトテトテと歩いて、ナノホーンの部屋のドアを、ナノホーンがほんの少し開けた。グラフェンもナノホーンの顔の下に顔を捩じ込んで中の様子を窺う。

 暴れている音が大きくなった。


「やっぱり寝室に誰がいるかまでは見えませんね」

「だな。ここまで暴れるのは……2番かな。性格最悪なんだよなあ、あいつ。しかもしつこい」

「執着心がないとこんなに長く暴れられませんしね。どうします? 止めに行きます?」

「いや、いい。どうせストレス発散に来たのに俺がいねえから爆発しただけだろ。戻ろうぜ」

「わかりました」


 そしてそっとドアを閉め、二人でグラフェンの自室に向かい始めたそのとき──。


「やっとお出ましかぁ、探したぜ、8番よぉ!」


 蝶番が外れそうな勢いでナノホーンの部屋の扉が開かれた。



 そこから出てきたのは体の大きな男だった。ナノホーンと顔立ちは似ているものの、短い黒髪は騎士にも見えた。


「この人が2番さんですか?」


 こそこそと耳打ちすると、ナノホーンは首を振る。


「違う。7番だ。俺のところに来るのは珍しい。1番の次に俺と関わらねえ奴だ。7番が順位を気にしても俺とほとんど変わらねえから、ほぼ向上心はねえんだ。だから関わってこねえ」


 なるほど、この人が7番。

 1番はカルビン、4番はナノホーンを殴っていた人。あと4人の王子がわからないということか。覚えられる気がしない。


「聞いたぞ、8番!」


 びしっと人差し指を向けてくる7番王子は、夜中だというのに声量の調整というものをまったくしない男だった。窓がガタガタと震えそうなほどの大きな声で、ナノホーンもうんざりしたふうに耳を塞いでいる。


「うるせえんだよ、こいつ。8人の中で最も子供っぽい」

「ほう、ほう。なるほど」

「8番、お前、





ラブラブらしいじゃねえかッ!!」





 なにを文句付けられるのかと思いきや、予想だにしない内容だった。頭で言葉を理解するのにナノホーンと同じくらいだけ時間を要して、二人は声を揃えて聞き返した。



「……はい?」

「昼食会の出来事を聞いたぞ! なんでも颯爽と現れて妻を連れ出したらしいじゃないか!」

「は?」


 失礼な行いだと諌められるならまだしも、それがどうしてラブラブに繋がるのか、よくわからない。ナノホーンを見ると、やはりわけがわからないと肩を竦めてくる。


「羨ましい!」


 7番王子は地団駄踏んだ。


「羨ましい! 羨ましすぎるぞ! しかも政略結婚ではなく恋愛結婚! パーティーのときに互いに一目惚れのあげく即入籍! 皆の前で抱き合うほどの熱愛ぶり! 羨ましいーーーィ!」


 ハンカチーフを噛み締めながら絵に書いたように悔しがっている。7番は屈強な見てくれに反して繊細な人らしい。


 ナノホーンは頭痛がしてきたとぼやきながら、宥めにかかった。


「あのな、話がぶっ飛び過ぎてて──」

「しかも、この時間に部屋にいなかったということは、もしかして、一緒に、ね、ね、寝て──」

「いや、まあ、そうなんだが、これには理由が─」

「入籍後すぐに寝室を共にしているだと!? 羨ましい! 羨ましすぎる!!」


(そんなに言うなら、自分も奥さんと寝ればいいのに)


 グラフェンも呆れて物が言えない。

 とにもかくにも、7番は恋愛に憧れていて、(はた)から見れば恋愛成就させて幸せそうな8番王子であるナノホーンに嫉妬しているわけか。

 まさか我々二人も利害の一致を利用した契約結婚だとは思いますまい。


「だから8番!」

「なんだよ、うっせえな……」



「妻を交換しよう!!」



 また突拍子もない人が現れたな。

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