エクト
僕は、俺になり、優しさは、冷たさへと変わった。心を失くした者、とも呼ばれ俺はただこの時代を生きていた。
『まだだ。まだ、お前は死ねない』
いつからか、声が聞こえる。幻聴ではないそれは、自らを運命と呼んだ。お前の運命を司る者だ、と。だが運命は、同じことしか言わなかった。お前は死ねない、と。俺は勝手にループスと呼んでいる。
「ループス、俺が死なないのは分かったが…少し黙ってくれ」
『了承はできぬ。我は運命なり。お前の運命のさだめを伝えるという役目があるのだ』
俺はため息をつくと、その場から横へ飛び退いた。きらめく何かが俺のいた場所へと勢いよく突き刺さったかと思うと俺の影を巨大な影が隠した。すぐさま転がり後ろを振り向くと、ドスッと地面にそれは落ちてきた。
『グゥゥゥゥウ!!!』
ミノタウロス…人間の体に牛の頭がついたそれは、突き刺さった斧を拾い上げた。
「くそ、めんどいやつが来たな」
『だが負けはせぬ。死ねないからな、お前は』
「意味わかんねぇよ、アホ。あいつから逃げろってことなのか?」
とある事情により、今の俺は何の武器も持たない。それなのに武器持ちの力が有り余るミノタウロス相手にどう立ち回るか。逃げるしか生きる道はないだろう。だが、俺は逃げる道などない。いや、逃げるなんてことは人以外にはしねぇ。
『ふ。面白き事をいうな。己の力を全て解放せずともこの程度指1本で事足りるだろうに』
「わかってる、行くぞ」
俺は足に力を込める。雄叫びを上げながらこちらへと駆けるミノタウロスの巨体を回し蹴りにより木へと打ち付ける。
『ヴォアアアア!!?』
丁度鋭利に尖った枝分かれの先から刺さり、ミノタウロスは身動きを取ることができなくなった。俺は静かに歩み寄る。
「ループス、力を解放してくれ。一段階な。もし生き残ったりすると近くの村に行くだろうし後々厄介だ」
『ふむ。理解出来ぬが、他者に優しきことは神々が喜ぶだろうな。やり過ぎぬようにな、お前にいうことではなかろうが』
「ち、別に喜ばせよーとはしてねーから。神々とか言うけどこんな事で喜ぶわけないだろ。」
俺は少しイラつきながら、ループスを待つ。ループスがやけに響く声で、
『エクト』
と、俺を呼んだ。
いつも不思議に思う。名を呼ばれると何か解放され、この世界に対して涙が出ることを。ただの涙ではなく、青い雫か。頬をつたることなく、真っ直ぐ落ちて地面に触れると同時に魔法陣が浮き出る。そこで俺は運命と共有するのだ。
『第一段階のみ解放しよう。この雑魚には勿体ないくらいだろうからな』
口元に浮かぶのは憐れみか。歪に曲がる口元には犬歯が覗いている。
『さよならだ、牛』
俺は笑う。どんな笑顔なのかは俺にも分からなかった。そんなことはどうでもいい。俺は大きく拳を振り上げ、雄叫びをあげた。
足元に転がるミノタウロスには大きな穴があき、辺り一帯は血に染まった。その中に俺は立っていた。
「なぁ、ループス」
『お前は何者か、と問うのだろう?我は運命なり』
振り返っても、そいつはいない。表情も姿も、存在さえも感じ取れない。ただ、そいつはにんまりと笑っているに違いない。
『汝の運命を司る、お前自身のようなものだ、忘れたか?』
だから俺は、思いっきり苦い顔で言い返すのだ。
「知らねーよ、お前はループスだ」
そう言うとそいつはいつも何故か驚いたように言葉を止める。いつも見下すような言葉ばかりしか言わないそいつが、だ。
『そうか。ならばよい』
嬉しそうにいうそいつの心は、全くと言っていいほど俺には理解できない。だが、いつか理解してやる。俺自身も謎だらけなのだから。
『お前は…そのままでいるがいい』
妙に満足そうに、どこか哀しそうに呟くそいつを俺はミノタウロスを見下ろしながらただ、感じ取ろうとすることしか出来ないことに、苛立ちを感じていた。
「なぁ、俺はいつから俺だ?」
自分でも理解出来ていないことを聞いてみる。とにかくこいつを困らせてみたいという悪戯心だ。
『最初からだ』
即答で返事が返ってきた。俺は舌打ちをする。
『なんだ、不満か?』
「別になんもねぇ。帰るぞ」
俺はミノタウロスから目を離す。そして歩き出した。
『…そういえば遺跡の奥へは行かないのか?調査に来たのだろう?』
ループスが不思議そうな声音で語りかけてくる。さっきの会話は少しも気にしていないようだ。いつもこんな感じだが、何処か腹立たしい。まぁ、それはいいのだが、俺はついさっきまで遺跡の中にいた。だが、運悪く遺跡の奥でミノタウロスと出会い、建物から出たのだが戻る気はない。
「十分だ。めんどいしな」
『そうか、面白いやつだ。意味がない』
「知るか」
そんな会話をしながら、俺達は村へと向かっていった。




