お呼び出しのご用件は伺えない
「百瀬さん、ちょっといい」
わたしの腕を握ったのは、赤いハチマキをしたカワグチさんだった。
放送席から次の競技の呼び出しがかかる。あ、わたしの出番もうちょっとだ。
...そう、今、初めての体育祭なのだ。
「百瀬さん、本当に渚くんと付き合ってないんだよね?」
半ば引きずられるように連れられたのは人気のない校舎の裏だった。え?なにこれ。わたしを壁に追いやり、カワグチさんがドーンと前に立つ。
「付き合ってないよ」
なんでこんなこと聞くんだろ。なんだか面倒になって投げやりな声が出てしまった。カワグチさんのお友達がナギを好きなんだっけ?あれ?カワグチさんが好きなんだっけ?
にしても、なんかイヤな感じだ。
「そうだよねぇ?あんなに一緒にいるのに、百瀬さん、紹介もしてもらえないんだもんね?可哀想ってみんな言ってるよ」
....紹介...とは...??
カワグチさんはもしかしたら違う世界にいるのかもしれない。最近そう思う。話してくる内容についていけないことがたくさんある。いや、わたしか?わたしが変なんだろうか。クラスの子ならナギの価値も、ナギから紹介してもらうという行為の価値もカワグチさんと共有できるのかな。
「先輩、百瀬さんは関係ないですって」
「んー、そうだねぇ」
え、誰。
校舎の影から突然出てきたのは、....知らない人だった。柔和な笑みを浮かべている黒縁メガネのその人は、こんにちはと言いながらカワグチさんの少し前に立った。
...???
先輩、というからには学年は上だ。ナギより少し大きい、かな?
「山内と随分仲良いよね。百瀬さん、休日も山内と会ってる?」
いや誰なの...。こわ。なんで知らない人にこんなこと聞かれてるの...?謎すぎる。
曖昧に首をかしげると、黒縁メガネのその先輩は笑みを深めた。自分が上位にいると疑わない、そんな笑みだ。
「まあいいや。山内に言っておいてもらえるかな。こっちにつくか、敵対したいのか、そろそろハッキリしてもらいたいって」
その言葉でピンときた。あーなるほど?この人あれだ、コウリュウ...とかいう人だな。街の治安を守る...んだよね?へぇ、ほんとに高校生がやってんだ。
黒縁メガネの先輩はさっさと身を翻して去っていった。その後ろ姿をカワグチさんが頬を赤らめて見送る。あれ?
心変わりか、と首をかしげるわたしにカワグチさんが頬を赤らめたまま詰め寄ってきた。
「すっごーい!ほんとに話しちゃったね!やだ、ドキドキしちゃった...野口先輩、カッコよかったぁ。ね?百瀬さんもそう思うでしょ?野口先輩すごいんだよ。あっという間に幹部まで上り詰めたの。頭もいい上に強いなんて、みんなの憧れなんだって」
とりあえず黒縁メガネが野口先輩ってことがわかった。うんともすんとも言わないわたしの耳に、競技の呼び出しの声が届いてくる。あ、いかなきゃ。