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エリスとの模擬戦から一夜明け、約束の日になった。エリスとの模擬戦に善戦したご褒美として今日から3日間、彼女達に付き合う約束だ。何をするかはミルナ達に全て一任した。彼女達の望みのままに何時間でも付き合うつもりだ。
その結果、アキは街に連れ出されている。隣にはソフィーとレオ。ちなみにミルナとエレンはお留守番だ。ミルナ達が提案する「アキと過ごす休日満喫プラン」によると、1日目はレオとソフィー、2日目はミルナとエレンがアキを独占する事になっているらしい。そして休日3日目は、皆で灰になる迄遊ぶんだとか。昨日の模擬戦後、4人が密かに女子会みたいなことをやっていたのは知っていた。多分その時に決めたのだろう。ちなみにアキも混ざろうとしたら全力で追い出された。
とりあえずソフィーとレオのリクエストは「買い物に付き合って欲しい」だったので、3人で街の商業地区へ向かっている。何故か早朝から。
「早すぎない?まだ店空いてないよ?既に灰になりそうなんだけど?」
まだ眠気が取れないアキは欠伸をしながら文句を言う。確かに何でも付き合うとは言った。でもこの子達、1日目から灰になるまでアキを連れ回しそうだ。
「何いってるんですか!時間は有限なんですよ!」
ソフィーが力強く力説する。ちなみにアキを早朝に叩き起こしたのもこの金髪エルフだ。レオはアキを叩き起こしているソフィーの隣で申し訳なさそうな顔をしていた。でも彼女もなんだかんだ早く出かけたそうな顔をしていたので、仕方なく準備して街に出た。
「さすがにこんな早朝からとは想像してなかったんだけど。ゆっくり起きて午後くらいから出かけると思ってた。」
「何を馬鹿な事を言ってるんですか!一分、いえ一秒でも長くアキさんといたいんですー!」
ソフィーの暴走が早々に始まっているようだ。
「アキ……感謝してよね。ソフィーは日を跨いだ瞬間にアキを連れ出そうとしたんだから……。必死に止めたんだからね?」
この暴走エルフはアキを寝かせる気すらなかったらしい。普段は優しくて気遣いができるいい子なんだが、すぐに暴走するから手に負えない。どうやらアキはレオに感謝しなければならないようだ。
「レオ、ありがとう。本当にレオはいい子だよ。一番まともだし、一緒にいて安心する。」
「そ、そうかな。えへへ、これからも安心してもらえるように頑張るね。」
嬉しそうに尻尾を振るレオ。だが暴走金髪エルフは納得がいかない様子だ。
「私は?私もいい子ですよね?いつもアキさんの事を大切に想っている私はいい子ですよね?」
とりあえずソフィーの頭に一発叩き込む。
「暴走してなければな。この駄エルフ。」
「ひゃん……アキさーん……痛いですー。」
「普通にしてればすごく可愛いし、ほわほわして癒されるんだから暴走をやめろ。」
「えへへ、ほんとですかー!」
「ソフィーの一番の可愛い笑顔が見られるのは俺だけなんだろ?」
「はい!そーです!」
そう言っていつもの華のような笑顔を見せてくれるソフィー。こうして笑っているときは本当に可愛い。見惚れてしまうくらいに素敵でずっと見ていられる。
「なら暴走しないで、いつものソフィーでいてくれ。」
最近ソフィーのポンコツぶりが目立ってきたのが悩みだ。今日はこの1発で済むといいなと希望的観測に浸る。甘い言葉で釘を刺しておいたので大丈夫だと思いたい。
「で、今日はどこ行くの?」
「はい!レオと私が行きたいところを交互に挙げて、そこに行きたいと思います。」
「なるほど、まずはどっちから?」
アキが2人に確認する。
「うーん、じゃあソフィーからでいいよ?」
「ほんと?ありがとうレオ!」
どうやらソフィーの行きたい場所から行くらしい。
「まず私は服を買いたいんです!いっぱいメイド……」
ソフィーが言葉を終わらせる前に2発目を頭にぶち込む。
「うぅ……今日は叩かれるペースが速いです……。」
ソフィーが叩かれたところを撫でる。
「今のはさすがにソフィーが悪いと思うよ……。」
レオが呆れた表情だ。
「ふざけたこと言ってるとソフィーだけ帰らすよ?」
「やだやだやだやだー!いさせてくださいー!」
ソフィーはアキに抱き着き、帰らされないように必死に駄々をこねる。ただ「アキさんの匂いがするー」とかぼそぼそと抱き着いたまま呟いていて、反省している様子が一切ないが……まあ許してやろう。今日は訓練を頑張ったご褒美だしな。
「だったら真面目にやれ。」
「うぅー……冗談だったのに……。」
「嘘つけ、本気だったろうが。でも服は本当に欲しいんだろ?メイド服とかじゃなくちゃんとソフィーに似合う服を選ぼうよ。勿論レオの分もね?」
ただどこも店なんてまだ開いてないので、早朝の王都を散歩しつつ雑談して時間を潰すことにする。
「まだ少し時間あるね、アキどうする?」
レオがアキに尋ねる。
「俺が決めていいの?それならガランのところに顔を出したいかな。少し前に工房が手に入ったと言っていたし、王都の工業地区はまだ行ってないから行ってみたい。」
「もちろんです!どうせ私たちが行きたいお店開いてないです。」
「なら時間考えて起こせよ……。」
やれやれと思うが、ソフィーはそれだけアキと出掛けるのを楽しみにしてくれていたのだから自分としてもあまり怒れない。
とりあえずガランの工房へ行くプランでいいらしいので、工業地区へと向かう。王都は広いので工業地区まで少し歩くが、ちょっとした散歩だと思えば問題ない。早朝なので少し肌寒いが、朝の澄んだ空気がどこか心地よい。この時間の王都は静まり返っていて閑散としている。街が動き出すまでまだ少しかかるようだ。この世界の朝は遅い。大体9時前後くらいから活動し始める。農業地区や海沿いの街だったらまた違うのかもしれないが、商業や工業地区はのんびりとしている。その分結構遅くまでみんな働いているからちょうどいいのかもしれない。
「そういやこの世界って春夏秋冬はあるのか?」
地球からこっちに来て1ヶ月と少し、現在地球だったら7月頃だ。なんだかんだこの世界にきてバタバタしていたので、季節について聞くのを失念していた。現在、この世界も日中は地球の7月くらいの気温がある。ただ朝や夜の時間帯は7月にしては過ごしやすい。この世界は地球と同じ春夏秋冬の周期を辿っているのだろうか。
「うーん?どういう事ですかー?」
ソフィーが不思議そうに首を傾げる。ただ彼女がわからないという事は季節の概念はおそらく無い。
「そうだね……時期によって暑いとか寒いとかある?」
「大体ずっと同じですよ?昼間は暑くて朝とか夜は少し肌寒いです。」
季節が変わらないという事は赤道直下の大陸なのか?しかしこの世界そのものが太陽系に所属する惑星ではない可能性もある。惑星でないなら季節の概念がそもそも根本的に違うかもしれない。とりあえずは時間経過と共に世界を観察するしかなさそうだ。さすがに宇宙には行けないし、衛星を飛ばして観測する手段もない。すぐには解明はできないだろう。もし大陸をでて海を渡ることができれば季節の変化も見られるかもしれない。今は何をしても答えは出なさそうだし、別に最優先に確認するべき事でもないのでアキは一旦思考をここで打ち切る。
そんなことを考えていたら隣にいるソフィーから質問が飛んできた。
「アキさんがいたところではそういうのがあるんですか?」
「そうだね、4分の1は今くらいの気温だけど、冬っていう季節になると一日中ずっと寒い。この世界の朝や夜よりずっとずっと寒い。外に出るのが嫌になるくらい。」
「そうなんですね、大変そう。寒いっていい事なさそうですー。」
「意外に良いもんだよ。情景も変わり、景色の移り変わりが楽しめる。それに季節によって美味しいものがあるしね。寒いと温かいものが余計に美味しい。あと冬には雪ってのが降るんだ。一面が真っ白になる。白銀の世界って言われるくらいに綺麗なんだよ。」
「なんか素敵だね。」
レオがそんなに綺麗なら見てみたいなと呟く。
「でも寒いとこんな格好できないですよね?私今でも少し寒いです。」
長袖の服にホットパンツのような短いズボンと白いニーソックスといういつもの格好のソフィー。どちらかと言うと夏より秋に適した格好かもしれない。確かに冬だったら間違いなく寒いだろうが。
「そうだね、肌なんて見せていたら凍えちゃうかもね。」
「冬っていうのがなくてよかったです!」
やったと笑うソフィー。そんな彼女に少し意地悪をしたくなったので、敢えて暴走しそうな事を言ってみる。
「でも恋人同士なんかは冬になると、寒いからって肩を寄せ合ったりしているよ。仲良くくっついて温かいものを飲んだり食べたり。そういうのは冬の醍醐味じゃないかな。夏だと暑くてできないしね?」
ソフィーは目を見開いてぷるぷる震えている。レオは「あーあ」という顔をして、アキに知らないからねと視線を向ける。
「そ、そんな素敵なことを……!アキさん!冬、今すぐ冬にしてください!凍らしましょう、この世界全てを凍らして極寒にしましょう!アキさんの魔法ならきっとできます!」
「いや、無理だろ。」
「なんで諦めるんですか!諦めたら終わりなんですよ!」
今回は暴走するとわかって言ったアキにも責任はあるので、頭を叩くのは止めておく。
「レオ、なんとかして。」
「無理いわないでよ、アキのせいでしょ?」
呆れた顔でレオが答えるが、どこか楽しそうだ。ソフィーはいまだにぶつぶつと何かを言っている。だが急にはっと顔を上げる。碌でもない事を思いついたのだろう。
「そうです、寒ければいいんです。つまり今少し寒い私が服を脱げば……!アキさんはきっと『ソフィー寒そうだね、抱きしめてあげる』とか言ってくれます!それですー!」
やはり碌でもない事だった。さすがに暴走しすぎなので前言撤回、頭に強めの手刀をいれる。ソフィーは「うぅ……」と言って蹲っている。
「あはは、容赦ないね。」
「いや、俺のせいでもあるから叩くもりなかったんだけど、本当にやりそうだし。」
苦笑するレオに真顔で答える。
「アキさんのばかー!嫌いです、ふんっ!」
ソフィーがそっぽをむいて拗ねる。
「レオ。俺はソフィーに嫌われたみたいだし、2人でガランのとこ行こうか。」
さらっとそうレオに告げ、彼女の手を引いて歩きだす。レオは手を繋がれてちょっと驚いたようだったが、すぐに優しく握り返してくる。俯いているから表情は見えないが、尻尾を見る限り大層嬉しそうだ。
「まって!まってくださーい!嫌いじゃないですからー!」
すぐに復活したソフィーが駆け足で追いかけてくる。この子のメンタルの強さだけは本当に尊敬できる。




