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「私はずっと部屋に閉じこもって本を読む毎日でした。その時は人生を楽しむとか、損をしているとか・・・そう言った事は考えた事なかったのです。そんな私にユフィは色々とうるさかったです。まあ全く気にしていませんでしたが。私は静かに1人の時間が過ごせればそれでよかったのです。」
そんな時に出会ったのがある本なのだとソフィーは言う。その本はSランク冒険者の冒険記で、「人生、好きな事をする」をモットーに生きる冒険者の日常が書いてあったらしい。
「へー・・・ソフィーが変わった理由がそれなのか。」
非常に興味深い。
ミルナ達も同じ気持ちなのか、「そうなんですわね」とソフィーの話に聞き入っている。いつもなら駄エルフの話なんてどうでもいいと聞き流しているベルやアリアでさえ、「興味深いです」と真剣な表情だ。
「そしてその本には『一度きりの人生、好きな事をしないのは損』と書いてあったのです。」
「・・・ん?でもそれはユフィも言っていた事だろ?」
「そうですね。ただユフィは言うだけで、説得力がなかったのです。でもその本は好きに冒険をするその人の経験談が書かれていました。私はそれに感銘を受けたのですー!」
なるほど、それなら納得だ。実体験を元に話をされると説得力があるしな。ただ漠然と注意するだけでは何の意味もない。そもそもユフィ自身、「好きな事をして生きている」わけではなかっただろう。もし本当に好きな事を出来ているのなら、ミスティアを出たいとアキにお願いするわけがない。だからそんなユフィの言葉がソフィーに響かないのは当然だ。
「それで私も『これでは駄目ですー!』とビビッと来たのです。」
「それが切欠?」
「はいですー。もうその瞬間から昔の『私』はいなくなりました。」
ソフィーが「新たなソフィーの誕生です!」と叫ぶ。
しかしよくもまあそんな直ぐに性格が変えられるものだ。普通性格を変えようと思っても、絶対に気恥ずかしさや戸惑いがあるだろう。アキだったら絶対に無理だ。
そう考えると、もしかしたら今の「猪突猛進ソフィー」は彼女の深層心理に昔から存在していたのかもしれない。それならすんなり駄エルフが誕生した説明にも納得がいく。
「なるほど・・・その本が魔王誕生の秘密だったんだな・・・」
それより問題はこの「とある本」だ。そのせいで今のソフィーが誕生したと言う事になる。
「アキさん!魔王ってなんですか!なんで私が悪の親玉みたいになってるですかー!こんな美少女を掴まえて酷いですよー!」
もうこの駄エルフ、引っ叩いてもいいだろうか。
鬱陶しい。
まあ・・・もう少し聞きたい事があるので我慢しよう。
「それよりソフィー、その冒険記の冒険者ってどこの誰だ?」
「え?あ、うーん、よくわかりません。Sランク冒険者なので調べればわかるとは思いますけど・・・」
「著者は覚えているのか?」
「えーっと確か・・・アナリティアとかいう人だったと思います。家名もあったと思いますが・・・そっちは覚えてないですー」
名前からして女性だろうか。女性のSランク冒険者なんて多くはいないだろうし、それなら調べればすぐに分かりそうな気がする。
「セシル、知ってる?」
それにもし現役のSランクであれば、元冒険者協会の受付嬢であるセシルが知っているだろう。
「んー、聞いた事ないですね・・・」
セシルが首を傾げながら返事をする。
うちのセシルが知らないとなると、大昔の冒険者だろうか。ただセシルも長年受付嬢をやっていたわけではない。セシルが受付嬢になると同時に冒険者を引退しているのであればセシルが知らないのも当然だ。
「ソフィー、その本は今は持ってないのか?」
「ありますよー!エスぺラルドのお屋敷においてありますー!」
「じゃあ帰ったら見せて?」
「はいー!」
ソフィーの人生を変えた1冊だ。見て見たい。それにその本を読めば著者の事もわかるかもしれない。
「あ、そういえば・・・その人、今は冒険者ではないですー」
思い出したかのようにソフィーが言う。
「あ、そうなの?引退したの?」
「はいです。確か本の最後に書いてありました。なんでも『冒険者でいる限り、女の幸せを掴めない事がわかった。だから私は自分の幸せの為に引退する』とかなんとか。多分そんな感じだったはずですー。」
「・・・」
どこかで聞いた事があるような話なんだが・・・気のせいだろうか?
というか気のせいだと思いたい。気のせいであれ。