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「だめですか・・・」
ユフィががっくりと肩を落とす。アキが絶対に言わないとはっきり断言した事で、喋らせる事は無理だと悟ったようだ。
「物分かりがいい子は好きだぞ。」
「私の上目遣い攻撃が効かないなんて悔しいです。」
どうやらユフィは目を潤ませて見つめる「おねだり」攻撃に自信があったらしい。まあ大抵の男ならそれでコロっと行くだろう。アキだって免疫が無ければやられていたかもしれない。だがアキは毎日ユフィと瓜二つのソフィーを見ている。そしてソフィーは偶にああいう「おねだり」をしてくるので最近はすっかり免疫がついた。
「俺が毎日ソフィーの相手をしているのを忘れてないか?」
「あ、そうでした・・・不覚です・・・」
とりあえず諦めてくれてよかった。どれだけ問い詰められてもアキは言うつもりはなかったが、雰囲気は間違いなく悪くなっただろう。
「ユフィが俺の領地で文官をしてくれたら言うかもしれないぞ?」
「あら、お兄様?そうやって私を誘惑するんですか?」
ユフィが意味深な笑みを浮かべる。
「別に誘惑しているわけじゃない。それに文官をしてくれることになっても、言う必要がなければ言わないぞ。もしかしたら言うかもしれないというだけだ。」
「もう・・・お兄様は意地悪ですね。」
ユフィがぷくっと頬を栗鼠のように膨らませる。
「はいはい、よしよし。」
その姿があまりにもソフィーの拗ねる姿に似ていたので、つい無意識でソフィーにするようにユフィの頭を撫でてしまった。
「えっ・・・?」
すると何が起こったのかわからないと言った驚愕の表情を浮かべるユフィ。
「あ、悪い。ついソフィーにするのと同じように・・・」
不用意に女性の頭を撫でるのはよくない。これはユフィに怒られても仕方ないと覚悟を決めるが・・・
「お、お兄様・・・その、そういうのはちょっと恥ずかしいです・・・」
だがアキの予想とは裏腹に、ユフィは怒ったりはせず、顔をほんのり赤く染めて照れているだけだ。
「すまん。もうしないように気を付ける。」
「あ、いえ・・・その、吃驚しただけで嫌ではないんです・・・私にはお兄様はいなかったのでこういうのは・・・その、嬉しいです・・・」
なるほど。どうやらユフィは兄と言う存在に憧れていたようだ。ユフィがお兄様、お兄様とアキを慕ってくれているのにはそういう理由があったのかもしれない。
「それならよかった・・・のか?」
「はい・・・ですのでまた撫でてください・・・ね?」
急にしおらしくなったユフィは普通に可愛い。
だがそんな事考えていたら・・・
――ドォーン!!!
どこからともなくうちの駄エルフが突撃してきた。
「きゃあああああ!!!」
そしてユフィがもの凄い勢いでどこかへ飛んで行った。
「アキさん!よしよしするなら私をしてくださいですー!」
「いやそれより・・・」
ユフィは大丈夫か?道路脇の茂みにおもいっきり頭から突っ込んだみたいだが、無事だろうか。冒険者であるミルナやソフィーならあのくらいは平気だと思うが、ユフィは一般人だ。ソフィーの本気のタックルを食らって無事で済むはずがない。
「どーでもいいです!さあ、アキさん!撫でてください!」
そう言いながらソフィーがぐぃぐぃと頭を突き出して来る。
鬱陶しい。
とりあえず全力でソフィーの頭をスパーンっと引っ叩く。
「ちょっと!なんで叩くんですかー!?」
「自分の胸に聞け。それよりユフィが心配だ。」
「むー!ユフィは大丈夫って言ってるじゃないすかー!」
「その根拠は?」
「だって私の妹ですー!」
なるほど、それは確かに説得力がある。ユフィは冒険者ではないが、あのゴキブリ並みの生命力を持つソフィーの妹だった。
「そう言う意味では大丈夫・・・なのか?」
「当然ですー!」
「何が当然ですか!この馬鹿姉!!!」
あ、ユフィが復活した。
確かにソフィーの言う通り、大丈夫だったようだ。見た感じ怪我もしていない。
「あれー?そんな泥だらけでどうしたんです??」
首を傾げながらユフィに問いかけるソフィー。
ソフィーの煽り能力が相変わらず凄い。わざとらしいにも程がある。ただソフィーの場合、これを素で言っている可能性があるから恐ろしい。
「あなたのせいです!白々しい!!!」
「えー?よくわからないですー」
「姉さん!今日と言う今日はもう許しませんからね!!!」
また姉妹喧嘩が始まりそうだ。
だが今回ばかりはさすがにソフィーが悪い。
「ユフィ。」
「なんですかお兄様!止めないでください!私はこの姉を叩き潰します!!!」
「あ、うん。これで叩き潰すといいよ。」
いつもアキがソフィーのお仕置きに使っている木刀を渡してやる。ユーフレインで知り合った騎士隊長のシズ。そのシズの母親から貰った「あの」木刀だ。うちのソフィーを叩き潰すならこれが有効的な武器だと思ったので、ユフィに貸してやる事にしたのだ。
「ちょっとアキさん!?なんてもの渡してるですかー!?」
まさかアキがユフィの味方をするとは思わなかったのか、ソフィーが抗議の声をあげる。そしてソフィーの反応を見るに、木刀で殴られるのはさすがにまだ痛いらしい。
「だって素手だとユフィが不利だろ?」
「うふふ・・・お兄様、感謝します!姉さん覚悟してください!!」
「ちょ・・・!」
ソフィーがそれ以上何かを言う前に、ユフィが木刀を振りかぶりながら飛び掛かった。その後、ミスティアに戻るまでの道のり、ずっと2人が殴り合っていたのは言うまでもないだろう。
「この馬鹿姉!死ね!」
「死にませんよーだ!」
「ぶっころす!!!」
時折ユフィから耳を塞ぎたくなるような暴言が聞こえてきたが・・・
「ベル、森林浴は気持ちいいな。」
「え?あ、そ、そうですね!」
とりあえず聞こえない振りをして、アキはベル達とのんびり森林浴を楽しみながら帰った。