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「一般的な獣を知らなかったのは・・・俺がいいところのお坊ちゃまだったからだよ。俺はベルの婚約者だぞ?一般常識がなくても当然だろ?」
まだなんとか誤魔化せると思い、適当な言い訳を言ってみた。嘘は吐かないように気を付けながらユフィが納得するような理由を考えてみたのだがどうだろうか。
特にベルの婚約者というのは説得力があるはずだ。一般人が王女と知り合えるわけないし、ましてや婚約者になるなんてありえない。普通王女の婚約者になるのは貴族や他国の王族が一般的だろうしな。
そもそもアキがベルと知り合えたこと自体、偶然に近い。確かにアキはミルナ達の依頼である「イリアを探す」という目的の為、エスぺラルドの王族に接近しようとはしていた。だがあくまで「しようとしていた」だけ。アキが何かアクションを起こす前に、ベルの方から接触してきてくれたのだ。そしてベルに気に入られるのも予想外だったし、婚約者にまでなるとはさすがに思っていなかった。
話が逸れたが、つまりベルと懇意にしている事で、アキは貴族出だと周囲は勝手に思うと言う事だ。貴族のマナーを知らなかったとしても、平民出身だとは誰も思わないだろう。ましてや別世界から来たなんて想像もしないはず。「ベル」というカードはそれ程までに強力だ。
だからユフィにそこを突っ込まれるまで、正直油断していた。確かにこの世界で一般的に食されている獣を知らないのは不味い。ミルナ達はアキがこの世界の人間ではないことを知っているし、「え、これなに?」と聞いても、何も不思議に思わず普通に教えてくれるので、アキもいつものように尋ねてしまったのだ。
さすがにあれはちょっと不用意過ぎた。用心深く、計算高く今まで過ごして来たのは何だったのかと思ってしまうくらいの凡ミス。ミルナ達は「アキさんは変わりましたわ」とよく言うが、本当にそうなのかもしれない。まあ彼女達といる事で、安心や信頼をするようになったのは事実だ。ミルナ達に対してだけという注釈は付くが。
そのせいで、ミルナ達といると色々油断するようになっているのかもしれない。まあそれが悪い事だとは思わないが、今回の件に関してはちょっと油断し過ぎた。反省するべきだろう。
とりあえずここはなんとかユフィを誤魔化せないものか。
「そうですね、確かにその通りかもしれません。」
納得したのか、ユフィは意味深に頷く。
「そうそう。だから別にユフィには何も隠してないぞ。」
「でも言ってない事はありますよね?お兄様の出身は『今』はエスぺラルドでしょう。でもお兄様はどこで生まれて育ったんですか?」
ユフィが誤魔化されませんよと不敵な笑みを浮かべる。
しかしユフィは何故そこまで言い切れるのだろう。彼女の質問に対し、アキは特に考え込む素振りはせず、即答していたし、怪しまれるようなところはなかったはずだ。ピグルフを知らなかった事以外、完璧に立ち振る舞っていた。それなのにユフィは自信満々に「お兄様は何か私に説明してないことがあります」と言い切る。
「なんでそう思うんだ?」
自分で気付いていない何かがあるのかもしれないと思い、ユフィに聞いてみる。
「ふふ、お兄様?貴族様とはいえ、ピグルフを知らないというのはありえないんです。あの獣のお肉、部位によっては高級食材として扱われるんですよ?貴族様の晩餐会などでは必ず出るそうです。だから貴族様の方がよく口にしているまであるんですよ。」
なるほど、それは完全に盲点だった。ベルフィオーレの知識が浅いせいで、逆にあの言い訳が疑われる要因になってしまっていたらしい。一応ミルナ達に色々この世界の事は教わっているが、さすがに未だ付け焼刃。わからないことも多い。中途半端な知識のせいで、墓穴を掘ってしまったようだ。