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ベルがミスティアを見て感じた事、それは田舎町での生活の不便さについてだった。宿や食事処が1ヶ所しかなかったり、王都では消耗品扱いされているような生活必需品が貴重品のように扱われていたり、田舎ならではの部分が気になったらしい。王女として、王都と田舎町でのこういう格差をなんとか解消すべきだと思ったようだ。
「エスぺラルドの田舎でも同じような事が起きているのかどうかはわかりませんが・・・起きていると仮定するべきだと思いました。」
「ベルとしてはそれをなんとかしたいのか?」
「当然です。私は民の税金で生活しているのですから、彼らの生活がよりよいものとなるように努力しなければなりません。田舎町でも王都と同水準の生活が出来るように、物資の運搬を見直し、生活環境の改善が急務です。エスぺラルドに戻ったらお父様にそう進言するつもりです。」
王女らしい立派な言葉だ。さすがベル。
だがベルは少し勘違いしているかもしれない。
「うーん、それで村民は本当に喜ぶのかな?」
「え・・・何故ですか?当然喜ぶのではないでしょうか。」
言いたい事がよくわかりませんと首を捻るベル。
「ベル、田舎町で暮らした経験は?」
「それはありませんが・・・」
「うん、ベルは王都や大都市でしか生活した事ないよね?だからベルにとってこういう田舎町は色々と不便に感じるかもしれないけど、ここで暮らしている人達は今の生活で十分だと思っているかもしれない。」
「でもさらに便利になるんですよ?」
「ベルからしてみればそうだろうけど、村の人達は不便に思うかもしれないぞ?今の生活に慣れているからベルの手助けを窮屈に思うかもしれない。」
地球でもよくある話だ。未発達の国に文明の利器を持ち込んで上手くいかなかった事なんて普通にある。まあさすがにそこまでとはいかないだろうが、田舎の人達はベルの好意を迷惑だと思う可能性は十分にある。
「そういうものなんでしょうか・・・?」
「あくまで可能性の話だけどな。もちろん『便利になった!ありがとう!』と喜んでくれるかもしれない。」
「ではどうすれば?」
「それこそ調べればいいだけだろ。お忍びで田舎町へ行って不便に感じている事をそこで暮らしている人達に聞けばいい。」
「なるほどです・・・!」
感心したようにベルが頷く。
「まあベルの親父さんやイル陛下ならそのくらいはわかってると思うぞ?」
ミスティアの町をイルはちゃんと知っていた。つまりこの町の現状もわかっている可能性が高い。その上で何もしないでいるのであれば、手を加えないことが最善だと言う事になる。
「なるほど・・・確かにそうですね。帰ったらお父様に色々聞いてみます。」
「うん、それがいいかもな。」
王女としてベルはまだまだ勉強中だろうし、ミスティアへ連れて来たのは正解だったかもしれない。レインバースでも色々勉強になったと言っていた。これからも旅をする時は出来るだけベルを連れて行くようにしよう。まあそんな事をしなくても無理矢理ついて来そうな気もするが。
「それでアキさんはミスティアをどう思いましたか?」
今度はアキの番だと言わんばかりにベルが聞いてくる。
「そうだな・・・」
ミスティアを見てどう思ったか。正直ベルのように町を改革しようなどの大層な計画はない。アキはあくまでソフィーの故郷を見に来ただけだ。
ただこの世界の田舎町は初めてなので、色々と興味深かった。アキが今まで言った場所は各国の王都や大都市と言われている街や観光地ばかり。ベルフィオーレの田舎がどんなところなのか知らなかった。
正直、ここまでの秘境だとは思わなかった。
例えば日本の大都市と田舎。大都市は高層ビルやマンションが立ち並んでおり、田舎は田園風景が広がっている、そんなイメージだ。だが2つの生活水準に差があるのかと言われるとそこまでの差はない。大都市の方は24時間営業のコンビニや店が徒歩圏内にあり、田舎にはない。あっても車が必要な距離だったりする。都会と田舎の差はそんな程度だろう。
だがベルフィオーレの場合は雲泥の差だ。王都や大都市では生活必需品は手軽に商店で買えるし、嗜好品もより取り見取り。それがミスティアのような田舎だと、ほとんどが自給自足のような生活だ。地球で言うところの先進国と発展途上国以上の差がある。
「こういう生活も悪くないなと思ったよ。」
それが率直な感想だ。時間やお金に縛られず、のんびりとした自給自足生活。もちろん不便で大変だとは思うが、きっと充実はしているだろう。
「ではアキさんはいずれこういう生活をしたいのですか?」
「してもいいかなとは思うけどベルは嫌だろ?」
「いえ。アキさんがそれを望むなら私は側で支えるだけです。それに・・・ふふ、こういうのも新鮮で悪くないかなと思います。」
てっきり田舎生活は嫌だと言うと思ったが、そうでもないらしい。箱入り娘の王女様のはずなのに、意外と逞しい。