3
ソフィーの「お話」が案の定一番長く、1時間くらい愚痴や文句を聞かされた。随分とお話で時間を使ってしまったので、日が落ちる前にエリスと約束した手合わせと戦略指導をしてあげたい。だがその前に、まずはエリスとミルナ達で模擬戦をしてもらうつもりだ。せっかくの機会なので、Sランクとの実力差、そして自分に何が足りないのかをミルナ達自身に感じて貰いたい。
アキ達は早速屋敷の庭に移動し、訓練の準備をする。ミルナ達にエリスと模擬戦をやれと言ったところ「望むところです!」とやる気満々だった。エリスも「アキとやる前の準備運動として軽く捻ってやろう」と楽しそうに笑っていたし、お互い模擬戦をする事に関して特に文句はないようだ。
「誰からいく?エレンにする?」
レオがミルナ、エレン、ソフィーに聞くが、そこにエリスが割り込んだ。
「4人同時で構わん。来い。」
「あら、それはちょっと舐めすぎですわよ?」
ミルナが不愉快な表情で反論する。ソフィー達も少し頭に来たようだ。
「ふん、不愉快か?奇遇だな、実は私もだ。」
そう言ってエリスは威圧感を放つ。エレンがエリスの威圧にたじろぎながらも返答する。
「ど、どういうことよ。」
「さっきの事だ。アキが何も言わなかったから私は黙っていた。だが私はアキの物だ。アキが悪くもないのに文句を言われていて正直不愉快だったのだ。」
さきほどのアキに対するミルナ達からの「お話」はエリスにとって納得がいかない。何でもアキに文句を言っていたミルナ達が絶対に許せないらしい。
「アキは私と手合わせして、私が認めた男だ。Sランクの私がだ。お前らに彼の隣に立つ資質があるのか見てやろう。八つ当たりとも言うがな。」
不敵な笑みを浮かべてミルナ達を睨む。ミルナ達は初めて見るSランクに気圧されているのか言葉を発しない。エリスはある程度距離を取り、ミルナ達の正面に立つ。
「アキ、いいのだな?本気で相手しても。」
「ああ、本気で頼む。」
エリスが剣を抜き、構える。
「わかった。では来い。SとAの差を見せてやろう。」
数分も立たないうちにミルナ達は地面に転がされていた。エリスは手加減してくれたようで彼女達に大きな怪我はない。ただ実力差を見せつけられ、精神的にかなり辛そうだ。
「ふん、こんなもんか、憂さ晴らしにも準備運動にもならんな。」
エリスは納刀し、やれやれと一息吐く。
「全然ダメだな。アキのほうが全然ましなのだ。」
「そ、そんな!アキは私にも敵わないのよ!」
アキより弱いと言われた事が納得いかないエレン。
「アキは攻撃が駄目だからな。」
エリスの言う通り、アキは攻撃が出来ない。防御だけに専念すればSランクであるエリスの攻撃すら凌げるが、戦闘能力としては無意味だ。防御している間に体力切れになり、やられる。アリステールで冒険者連中に襲われた際も防御は問題なく出来ていた。苦しそうな振りをしていただけで、あの程度の攻撃を防ぐのは簡単だった。ただ反撃できず、最終的には体力切れになり、結局駆けつけたミルナ達に助けられたというわけだ。まあ、あの時は彼女達に人殺しさせる為にわざと反撃しなかったのもある。しかし自由に反撃出来ていたとしても、アキの剣技程度で彼らに勝てていたかどうかは甚だ疑問だ。
アキの課題は明白だ。「攻撃」の一言に尽きる。魔法なり剣なりで有効な攻撃方法を身につけなければミルナ達の隣に立つ資格なんてない。
「でもそんなものは私が鍛えればどうとでもなる。彼にはSになれる資質があるのだ。その証拠にアキは私の攻撃を全て防いだ。お前たちは全く防げてない。お前たちにSは無理だ。」
嬉しい事に今のアキにはエリスがついているので、彼女の言う通りなんとかしてくれるだろう。だからアキは多分大丈夫だ。ただミルナ達は厳しい現実を突きつけられ、意気消沈している。アキは項垂れている彼女達へ声をかける。
「そこを何とかするのが俺の役目だから今はこれでいいんだ。」
アキの事はエリスがなんとかしてくれる。ならミルナ達の事はアキがなんとかすればいいだけだ。なんの問題もない。アキは「頑張ったね」とミルナの肩に手を負いて、治癒魔法をかける。
「アキは彼女達に出来ると思うのか?」
エリスの問いにアキは迷うことなく即答する。
「勿論。俺の尊敬する仲間達だからね。」
エレン、レオ、ソフィーにも治癒魔法をかけて、お疲れと労う。辛そうな彼女達だったが、アキが声を掛けた後はどこか安心した表情を浮かべている。
「ふふ、羨ましいものだな。アキにそこまで信頼されているその子達は。」
「エリスの事も信頼してるけどね?」
「そ、そうか……私もか。」
「当然だろ?」
アキがそう言うとエリスは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ約束通り今度は俺がエリスに教えよう。とりあえずミルナ達にエリスの攻撃の防ぎ方のお手本を実践で見せたい。まずはさっきの続きということで頼む。ある程度見せたら適当に止めるから。」
「いいぞ!あれは楽しかったからな!」
相変わらずの戦闘狂だと苦笑する。
「ミルナ、レオ、エレン、ソフィー。ちゃんと見ててね。そして彼女の技術を盗みなさい。」
4人は力強く頷く。
「じゃあエリス、やろうか。」
「ああ。」
「でもその前に。」
エリスにも治癒魔法をかける。爺さんの屋敷で炎魔法を何発か当てているのを思い出したので、念の為にかけておく。
「あのくらい問題ない……でもありがとう。」
エリスが恥ずかしそうに下を向く。
「じゃあ今度こそ、やろうか。」
アキが脇差を抜刀する。それを受けてエリスも剣を抜き、構える。
「アキさん凄いです。」
「ええ、さすが私のご主人様です。」
セシルとアリアが呟く。2人は手合わせに参加しないが観戦したいと言うので庭に連れてきた。アキは攻撃は一切していない。脇差で防御しているだけ。主要武器である太刀を使わない理由は、単純にエリスの攻撃速度に対応する為だ。それに太刀自体まだまだ使いこなせないので小回りの利く脇差の方が都合いい。エリスに剣技を教わり、慣れてきたら太刀も使おうとは考えている。闘技大会までにはなんとかモノにしたい。
だがミルナ達とは違い、アキはエリスの全ての攻撃を脇差1本で防御している。
「なんであれが避けられるのよ!」
「エリスの癖、探しているんだけどわからないよ。」
エレンとレオも必死にアキ達の攻防を見ているがわからないようだ。
「私達に足りない物……わかりませんわ。」
「はい、私もです。」
前衛職の2人がわからないのにミルナとソフィーにわかるわけもない。その後しばらく攻防を繰り返したアキとエリスだったが、丁度距離が開いたところでアキが一旦終了を宣言する。
「エリス。とりあえずここまで。」
「わかった。やはりアキはいいな、楽しいのだ!」
「俺は攻撃してないけどね?」
「でも全部防いでくる!そうだ、なんで私の攻撃が正確にわかるんだ?参考までに教えてくれ。」
アキはいいよと頷いてエリスに説明する。
「癖だね。」
「なんだと!やっぱりまだ癖があるか、出来るだけ隠そうとしているんだが……。」
「ああ、例えばエリスが右薙ぎをする際、右の肩が数ミリ下がる。」
「数ミリとはどのくらいなのだ?」
「このくらいかな?」
アキが指で5~6mmを表現する。それを見たミルナ達は「それだけ!」と声をあげるがエリスの反応は違う。
「そんなにもか!私もまだまだだな……。」
アキは苦笑する。そしてミルナ達の方を向く。
「エリスにも癖があるように、人間である以上癖は絶対ある。それをどれだけ少なくして隠せるかが対人戦では大事になる。エリスの言葉を聞いての通りだ。これがSランクってことだよ。」
ミルナ達はアキの言葉を真剣に聞いている。
「あとは緩急やフェイント。これを使えるように覚える事。対人戦では相手の裏をかくのが重要になる。必要な時は俺もフォローするから安心していい。フェイントへの対応だがエレンやレオなら見てから反応できるはず、俺と違って。だから人間が対戦相手の時は常にフェイントを意識しろ。」
「わかったわ。」
「うん、頑張るよ。」
2人が素直に返事する。
「ソフィー、ミルナ。2人は前衛じゃないから自分でフェイントを使いこなす必要はない。使えるに越したことはないけどね。ただ対処方法は必ず覚える事。俺のように癖を見抜くやり方でもいい。反射神経で対応してもいい。自分なりのやり方を見つけろ。」
「わかりましたー!」
「はい。」
「毎日お互いを相手に手合わせをすること。そしてエリスとも。必ず俺が立ち会ってアドバイスはするから一緒に頑張ろう。多分、闘技大会でかなり有利になるはずだから。」
そこまで言うとアキは一息いれてエリスの方を向きなおす。
「じゃあ今度はエリスの方だ。」
「ああ!」
エリスが速く教えろと急かす。
「その前に、エリスの癖だけど多分これ以上削るのは難しいと思う。やはり攻撃に力を乗せるのにどうしても重心移動させなければいけないからあのくらいの癖は出る。威力を落とせば小さくなると思うけど。」
「そ、そうか……それは残念だな。」
「だから動作だけじゃなく、攻撃の威力にもフェイントいれてみたら?」
アキは提案する。全力の攻撃と同じ動作で威力の弱い攻撃も混ぜる。さらには、威力を落としてもいいので、癖を極限まで減らした攻撃も身に着ける。そうすれば攻撃が読みにくくなり戦術が大幅に増えるだろう。
「なるほど!それはいい案だな!」
それに加え、癖を隠す為、時には動作を敢えて大袈裟にしてもいいと提案する。動作を大袈裟にしてしまえば、どれが本当の攻撃の癖なのかわかりにくくなる。相当な観察眼を持ってない限り多少の攻防で読み切る事は難しいだろう。
「Sランクになって戦闘のアドバイスを貰うのは初めてなのだ!本当にアキの物になってよかったぞ!私はまだまだ強くなる!」
「強くするって約束だしね。じゃあ次は新しい対人技術を。」
「待っていたのだ!」
「エリス、攻撃を一切しないで防御だけにして欲しい。俺が実践してみる。多分エリスになら使いこなせる。」
「ああ!」
そう言ってアキは今度は脇差ではなく太刀を抜く。エリスならどんな攻撃してもちゃんと防御してくれるだろうから遠慮する必要はない。アキは地面を蹴り、エリスへと横薙ぎを繰り出す。周りから見ている限りただの横薙ぎだがエリスの反応が一瞬遅れる。
「おお……!」
エリスが驚嘆の声を上げる。
「アキ!何をしたの!」
背後からエレンの叫び声が聞こえる。エリスの反応が遅れたことに気付いたようだ。
「うーん、エレン達にもいずれは使ってもらいたいけど、まだ早いかな。受けてみる?」
「やるわ。お願い。」
エリスへの対抗心なのかエレンがやる気だ。エリスに行ったのと同じようにエレンへ攻撃を仕掛ける。今度は振り下ろし。エレンはなんなく防御する。
「い、今のでいいの?」
エレンは不思議そうにアキを見る。
「やっぱりエレンにはまだ早い。というよりこの技術は実力者相手じゃないと使う意味がないんだ。エリスみたいに。」
「アキ、教えて欲しいわ。どういうことなの?」
あのエレンが意地を張ったりせず、素直に聞いてくる。
「エリスは俺が何をしたかわかった?」
「わかったぞ、アキは目線でフェイントをしたのだ。」
「目線……?」
「さすがSランクだね。」
アキは皆にわかりやすく説明する。エリスの言う通り、アキが行ったのは目線でのフェイント。切り上げするという目線のフェイントを入れて普通に攻撃しただけ。相手の動作だけじゃなく、目の動きも攻撃の予測材料にする実力者じゃないとフェイントとして成り立たない。エリスはその域にいるから反応が遅れたのだ。つまりそれを理解してない相手には使う意味がない。ただし理解している相手であれば絶大なる効果を発揮する。
「確かに私はアキの目の動きまではちゃんと見ていなかったわ。」
エレンが納得したように頷く。
「つまり今のエレンに使う意味はない。ただエリスのようなSランク相手に使うとああなる。つまりエレンがこれをエリス相手に使いこなせれば……わかるよね?」
「うん!わかるわ、アキもっと教えて。」
エレンが熱のこもった視線でアキを見つめる。相変わらず綺麗なオッドアイだなとアキはついつい見惚れてしまう。
「ああ勿論、ミルナ達は何か質問とかある?」
「いえ、勉強になりますわ。頑張ります。」
「アキさんよろしくお願いします!」
「僕も頑張るよー!」
ミルナ、ソフィー、レオも気合が入ったようだ。
「エリスはどう?使いこなせそう?俺自身は全然使いこなせてないけどね……。」
太刀での剣技もフェイントもまだまだだとアキは苦笑する。
「大丈夫。頑張るさ、何よりわくわくしてきたのだ!今日は本当に最高の日だ。アキに出会って、悩みを解決してもらって、ケーキを食べて、戦闘指南まで。それにアキの物になれた。」
エリスは本当にストレートにものを言ってくるから照れ臭い。アキは少し視線を逸らし、それならよかったと呟く。




