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とりあえずベルからステラを引き剥がし、助けてやる。
「うー・・・アキさん・・・」
「はいはい、よしよし。」
涙目のベルの頭をぽんぽんと撫でる。
しかしせっかくベルと親しくできるような状況を作ってやったのだから、ステラももう少し加減をすればいいのにと思わなくもない。というか日に日にベルに対する愛情表現が過激になっている気がする。まあさすがに親愛の愛であって恋愛感情ではないと願いたいところだが・・・
「ふぅ・・・満足しました。」
ステラが満たされた表情で言う。
「・・・私は最悪な目にあいましたけどね。」
一方のベルは不機嫌そうな顔でボソボソっと呟く。
「それでアキさん、ミスティアへ行くんですね?」
ずっとベルとじゃれ合っていたステラだったが、ちゃんとアキとイルの話は聞いていたらしい。
「ああ。」
「どれくらいです?」
「移動に2日、滞在は・・・数日だろうな。」
ソフィーの故郷は小さな田舎町だからで観光場所なんてないだろう。そうなるとソフィーの両親に挨拶をして、交流を深めるくらいしかする事がない。さすがにレインバースの時のように海水浴を楽しむなんて出来ないだろう。もしかしたら森で遊ぶ・・・くらいは出来るかもしれないが、それは冒険者からしてみればいつもの日常と変わらないからする意味もないしな。
「なるほど・・・私も・・・」
「ステラはさすがに連れていけないぞ。」
ソフィーの案内が当てにできないのでステラを連れていくのも一つの手だ。ただステラを連れて行くのを絶対にベルは嫌がる。それにソフィーの故郷である田舎町にこの国の王女を連れて行くとか迷惑以外の何物でもないだろう。
「わかっています。私が行ったら街の方々が気を遣うのでさすがに遠慮します。」
さすがステラ、王女として迂闊な事をしないようわきまえてはいるらしい。
「そうか。」
「ええ、ということでベルさんもここでお留守番はどうでしょう。」
確かにサルマリアの王女である自分が遠慮しているのだから、エスぺラルドの王女であるベルを連れて行くのもどうかと言う彼女の意見は一理ある。
ただステラの場合、ベルと一緒に居たいだけという邪な理由で提案しているのは明白だ。「ぐへへ」と言わんばかりに口元を緩めて涎を垂らしている・・・わけではないが、そのようにしか見えない。
「絶対嫌!アキさん!私も緒にいく!絶対行く!」
「はいはい。」
身の危険を察知したベルが抱き着いて来る。
まあベルはあくまでエスぺラルドの王女だ。王都であるリスルドならともかく、田舎町の人達が他国の王女の顔を知っているとは思えないからベルは連れて行っても大丈夫だろう。
「ステラ、また帰りによるからそれで勘弁してくれ。」
「むー・・・しょうがないですね。絶対ですよ?」
予想外にもステラは素直に引き下がる。帰りに寄ると言ったのがよかったのだろうか?ただ正直寄りたくはない。ソフィーの故郷へ行ったらそのままリオナの故郷であるリオレンドへ向かいたいところだ。
「わかった。」
だが寄らないとステラに恨まれそうだし、ここは同意しておく。ベルももの凄い嫌そうな顔をしているが、何も言ってこない。さすがにここに置いて行かれるよりはましだと思っているのだろう。
「それではイル陛下、私達はこれで。」
「ええ、うちの娘がすいません・・・というか今日の用件はそれだけなんですか?」
イルが首を傾げながら尋ねてくる。
「はい。サルマリアでベルをつれてうろつくわけにはいきませんので・・・ご挨拶を兼ねてその報告をさせて頂きたく本日はお伺いしました。」
エスぺラルドであれば好き勝手やっていただろうが、サルマリアでさすがにそれは不味いだろう。それにイルと面識がある以上は一度は顔を出すのが筋だと思ったのだ。ステラにベルを会わせなければというのもあったが、それよりこれが本当の理由だ。ベルもそれをわかっているから嫌な顔をしつつもちゃんとついて来たのだ。まあ最初は本気で逃げようとしていた気がしなくもないが・・・あれは気のせいだと思っておこう。
「ふむ、なるほどです。アキさんなら別に自由にして頂いて構いませんが・・・お気遣いありがとうございます。」
イルが礼を言いながら軽く頷く。
「いえ。それではミスティアから戻ったらまたご挨拶にお伺いさせて頂きます。」
「それではその時は食事でもご一緒しましょう。是非他の婚約者の方々も連れてきてください。精一杯おもてなしをさせて頂きます。」
イルがアリアとセシルの方を見ながら提案してくる。ちなみに2人はずっといた。一言もしゃべってはいないだけでずっとアキの後ろで静かに控えていてくれていたのだ。退屈させてないか心配だし、連れ回して申し訳なく思ってしまうが、アリアやセシル曰く、「それでいいんです。それが私達の仕事です」との事。やはりメイドや側仕えを連れ回すというのは庶民のアキには中々慣れない文化だ。
「・・・わかりました。ありがとうございます。」
とりあえずイルの提案を受け入れる。
正直断りたいところではある。だが国王からの申し出をおいそれと断るのは不敬だろう。これがエルミラとかであれば別にいいだろうが、アキ達は他国にお邪魔している身。この招待は受けざるを得ない。
「陛下のお心遣い感謝致します。エスぺラルド第一王女としてお礼を申し上げます。」
ベルもさすがに断れないようで、引き攣った笑顔を浮かべながらもアキの隣で頭を下げている。
「ではイル陛下、私達はこれで・・・」
「ええ、良き旅を。」
アキは頭を下げ、謁見の間を後にする。これ以上余計な歓待の申し出をされても困るので、さっさと引き上げたほうがよさそうだ。
ただアキ達が謁見の間を出て、扉が閉まる直前・・・
『お父様!褒めてさしあげます!あとで肩をお揉みしますよ!』
『おお、そうか!無理して娘の頼みを聞いた甲斐があったというものだ!』
そんな父娘の会話が聞こえた気がしなくもない。