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「ア、アイリーンベル王女殿下!」
ベルの登場で固まっていたアレクシスだったが、やっと我に返ったらしく、大慌てでベルの前に膝まずく。
「お、お初にお目にかかります!アレクシス・レインバースと申します。」
「あら、これはご丁寧にどうも。」
アレクシスの挨拶に対してベルが軽く会釈する。
「あの王女殿下・・・!」
「はい。ちょっと待ってください。私は今アキさんとお話しています。」
明らかにベルが不機嫌だ。多分アキと話しているところをアレクシスに遮られたからだろう。まあ正直不敬と取られてもおかしくない行為だ。さすがにベルはそこまではしないだろうが。
「は、はい・・・申し訳ございません!」
それにここでアレクシスを責めるのはお門違いな気がする。そもそも一国の王女を前にして冷静でいろというのも難しい話だ。アキの場合はもう慣れたというか、家族のようなものだから、何も考えずに接しているが、それが異常なのだ。
「いえ。」
ベルもそれをわかっているからかそれ以上アレクシスを叱責したりはしなかった。ただ顔がムスっとしているので、不機嫌なのは丸分かりだが・・・
「ベル、まあまあ。」
「わかってますー・・・むー・・・」
まあベルのご機嫌はあとで取ってやるとしよう。それよりアレクシスの話をさっさと終わらせてレインバースを出発したいところだ。ソフィーの故郷はサルマリア。馬車で数日は余裕でかかるし、早めに向かうべきだろう。
「それよりベル、どうする?領地の件。」
「そうですねー・・・個人的にはアキさんにやってもらいたいです。あれはアキさんに差し上げた領地ですし、他人が口出しするのはちょっと・・・」
やはりか。まあベルならそう言うとは思っていた。
「わかった。俺もそれでいい。」
ベルがアキにして欲しいと言うのであれば、それに従うだけだ。
「でもアキさんがどうしてもしたくないと言うのであれば・・・」
「それはない。ベルから貰った大事な領地だからな。」
「えへへ・・・そうなんですね?」
嬉しそうに微笑むベル。
今の一言で機嫌はすっかりなおったらしい。相変わらず単純だ。
「でもアレク兄さんの申し出も無下にはしたくないんだよね。」
「んー、なるほど。まあミルナさんのお兄様ですし・・・気持ちはわかります。」
「何かいい案はないか?」
アキもいくつか提案できる案はあるが、今は口にはしない。アキが言えばベルは絶対に「はい」としか言わないからだ。ここは王女であるベルが提案すべきだろう。
「そうですね・・・それでしたらミルナさんのお兄様を文官として雇うのはどうでしょう。アキさんは領地にあまりいないと思いますし、誰か責任者を置いておくのがいいと思います。」
これはアキも考えていた事だ。だがこうしてベルが最初に提案してくれたおかげで、話しが進めやすくなった。
「いいと思う。アレク兄さん、どうです?」
「うん、僕もいいと思うよ。是非お願いしたい。」
アレクシスも特に文句はないようだ。
「ベル、じゃあそれでいいか?」
「そうですね。いくつか条件がありますが・・・」
「言ってみろ。どんな条件だ?」
ある程度想像は付くが・・・一応ベルの口から言わせたほうがいいだろう。
「まず領地の運営は基本的にアキさんがしてください。アレクシスさんに決定権はありません。提案するのは自由ですが・・・最終決定は必ずアキさんです。よろしいですか?」
まあ妥当な条件だな。
「問題ございません、王女殿下。」
「はい。あと領主館ではなく別の屋敷に滞在してください。あそこは私とアキさんのお屋敷になりますので。」
この条件はアキとの時間を邪魔されたくないからだろう。
「もちろんです、王女殿下。」
「あとお給金は私が払います。」
「待てベル。それは・・・」
口を挟むつもりはなかったが、さすがに待ったをかける。
「駄目です。そもそも領地をアキさんに押し付けたのは私です。アキさんは『ありがとう』と言ってくださいましたが、本心は領地なんていらなかったと思います。私の為に嫌な顔一つせず、受け入れてくれました。だから私も出来る限りの事はしたいのです。」
アキさんに拒否権はありませんとベルがぴしゃりと言う。
「わかったよ。ありがとう。」
ここでベルに反論しても堂々巡りになりそうなので、素直に受け入れる事にする。
「ふふ、あなたの妻として当然ですっ!!!」
そしてベルがガッツポーズしながら全力で宣言する。
「・・・あ、そう。」
もうベルは絶対それを言いたかっただけだろう。
「とりあえず・・・アレク兄さん、これで大丈夫ですか?」
「うん、色々助かるよ。是非お願いする。」
まあ話は上手くまとまりそうだからいいか。
「待ってくださいませ!!!」
ミルナが叫ぶ。今まで黙って聞いていたのに、急にどうしたんだろう。
「反対!反対ですわ!お兄様を文官として雇うのは断固として反対しますわ!!!」