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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第五章 王都ミスミルド
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10

 エリスが早速手合わせをしてくれるという事なので、エスタートの広い庭を借りる事にした。ここであれば遠慮なく魔法を使える。脇差と太刀は持って来ているので問題ない。さすがにSランク相手に手なんて抜いていられないから今の自分に出来る全力でやる。


 アキとエリスは距離をとって向き合う。


「ではいくぞ。何度も言うが、相手にならないと思うぞ。」

「あ、エリス。条件だけど。」

「なんだ?」

「最初は手加減して?俺が良いって言うまで。ただ速度や攻撃は全力でいい。緩急をつけたり、フェイントを入れたりするのは無しって意味の手加減で頼む。」

「ほう……なるほど。さすがアキ。Sランクの入り口にはいるのだな。いいだろう。」


 エリスは剣を構える。彼女の武器は短剣よりは長く、大剣よりは短い丁度中間くらいの直剣だ。アキの太刀と同じくらいだと言えばわかりやすいかもしれない。


 エリスが剣を構えるのを見て、アキは脇差を抜く。防御に徹し、Sランクの速度について行くためだ。太刀だと今のアキではついて行けない可能性がある。そして視覚強化を使い、風魔法を防御用に脇差の後ろに発動させる。


「いつでも。」

「ではいくぞ!」


 エリスが地面を蹴る。速い。だが見える。速度自体はエレンより少し早いくらいだ。攻撃の鋭さやキレもエレンより少し上。つまり1段階全てが上。ただ2つも3つも飛び抜けているわけじゃない。やはりミルナの言う通り、AとSの差は戦闘力ではないようだ。つまり対人経験の差というアキの推測は間違っていなかったことになる。


 アキはエリスの剣筋をしっかり観察しつつ火弾を全力で飛ばす。温度も速度も抑えていない全力だ。無事命中したようで少し攻撃速度が鈍る。その隙に脇差を剣の軌道へ割り込ませて防御する。


「ふっ……無詠唱の魔法とは……よく防いだ。どこがDだ。」

「防御特化してるだけだよ、攻撃はD以下だ。」


 鍔迫り合いをしつつ軽口を少し交わす。さすがSランク。魔法を無詠唱で使っていることは直ぐに気付いたようだ。さっきの治療でも詠唱しなかったし当然かもしれない。とりあえずこのまま防御しつつエリスの癖を見抜く。フェイントなどを織り交ぜてこられる前に全て丸裸にする。


 エリスは一旦距離を取り、再びアキに斬りかかる。今度は火ではなく視認しにくい水弾を飛ばして軌道を出来るだけずらして、回避する。エリスは軌道がずれた事にちょっと驚いたようだが、直ぐに何をされたか気づいたようでアキの方を見て笑う。


「面白い、アキ、君は面白い。」

「エリスにそう言ってもらえるのは普通に嬉しいな。」


 こういう言葉遊びも決闘の醍醐味だとアキは思う。エリスは再び攻撃を仕掛けてくる。アキはそれを必死に防御する。エリスは約束通り、一切フェイントなどを混ぜてこない。律儀な子だなとアキは思う。だがやはりSランク。速いし、攻撃も重いし、キレが違う。そしてなにより癖が少ない。


「だが、ある。」


 人間である限り必ず癖はある。実力者であればそれを隠すのが上手い。削ぎ落すのが上手い。だが決して消える事はない。アキはそう思っているし、そしてエリスにも当然あった。アキは得意の観察眼で既に見抜いている。今までのエレン達との訓練のおかげか、防御しつつも観察することが出来るようになっている。攻撃に関してはまだまだだけど、Aランクのエレンやレオの動きを毎日みて、手合わせして貰った甲斐があったと思う。もちろんミルナやソフィーにも感謝している。Aランク4人が毎日つきっきりでアキを見てくれているのだ、上達しない方がおかしい。


 15分ほど攻防を繰り返し、アキはエリスに声を掛ける。


「もういいよ。次からは本当の本気で。俺もエリスを殺す気で頑張る。」

「ふふ、わかった。なら遠慮はしない!Sランクである私がアキを見極めてやろう!」


 そういってエリスはアキに攻撃を本気で仕掛ける。


 アキは一度深呼吸を挟む。ここからは多分5分持たない。フェイント、攻撃の緩急、騙し討ちなども混ぜてくるだろう。引っかかるな。観察した癖から本当の攻撃を見抜け。


「ハッ」


 エリスが横薙ぎを繰り出そうとする。アキはそれをフェイントだと確信するが、何もしなければそのまま振り抜かれるので、防御する姿勢は示してフェイントに繋げさせなければならない。脇差で防御の体制を取る振りをしてエリスを観察する。右肩を少し落としたことから次の攻撃は袈裟切りだと読む。


 エリスが攻撃をキャンセルした瞬間、アキが予想した本当の攻撃である袈裟切りの軌道に剣を割り込ませて防御する。


「おお……防ぐか。最高だ。アキ。」

「必死なんだよ。」


 エリスはさらに一歩下がって剣を引いてからの振り下ろし、と見せかけてからの右薙ぎ、と見せかけてからの下段切り、と見せかけてからの最初の攻撃の振り下ろしへと繋げる。だがアキは全て読み切り、振り下ろしに対して水弾をぶつけてバックステップで回避。だがエリスは冷静にそのまま次の攻撃へと移る。速度の速い下段、防御。速度を落とした上段からの速度を上げた刺突、回避。低速度の左薙ぎキャンセルからの速度を上げた全力の回転切り、防御。エリスは攻撃にフェイントだけでなく緩急も織り交ぜてきている。


「ふふふ、Sランク、十分に資格ありそうだ。これを防げる人間はそうはいないぞ?私の目もまだまだ曇っていたようだ。」


 エリスはそう言うが、アキにとってはギリギリだ。体がついて行かない。視覚強化と癖からの先読みでなんとか防げているが、速すぎる。このままだとすぐに体力が切れる。だがSランクの実力はわかったので十分かもしれない。やはり対人経験の差がSランクなのだと改めて実感する。あと1,2回の攻防で終わりだろう。せっかくだし最後の最後まで悪あがきさせてもらう事にする。


「いくぞ、アキ!」


 エリスの怒涛の連続攻撃。アキは必死に防御に徹する。魔法攻撃を挟む余裕など全くない。全てを防御に回さなければすぐに終わる。


「いいぞ、アキ!最高だ!」


 エリスは楽しそうに笑いながら斬りかかってくる。


「本当に気に入った!お前、私のものになれ!」


 この戦闘狂バトルジャンキーが、と思いつつアキは剣で防御する。


「断る。エリス、お前が俺のものになれ!」


 アキはそう叫んで、鍔迫り合いの状態から最後の力を振り絞り、全力でエリスの剣を押し返す……が力を入れるまでもなくエリスの剣を押し返すことができた。アキが驚いてエリスを見る。


「な、な、なにを言うのだ。アキのものに……わ、わたしが?い、い、いいのか?」


 エリスが真っ赤になってアタフタしている。恥ずかしそうに、そしてどこか嬉しそうに。


「えー、うそー。」


 そのパターンは予想してなかったとアキは頭を抱える。「いや待て待て、今のは決闘の間にする言葉遊びだよな?なんで俺がエリスを落としているんだよ。」と本気で悩んだ。久しぶりにアキは本気で悩んだ。


 緊張感も切れたので、アキは剣を下ろしてエリスに声を掛ける。


「エリス?」

「は、はい!私はアキのものなのだな?」

「あー……。」

「ち、違うのか!?」


 エリスが泣きそうな表情になる。なんでだよと思いつつもアキは念の為に確認する。


「本当に俺のものでいいのか?」

「うん!」


 ミルナ達に殺されるな、とアキは溜息を吐くが、エリスは嬉しそうにしているし「まあ、いいか」と考える事を放棄する。


「じゃあエリス、俺のもので。」

「うん!」


 この手合わせを後ろで見ていたエスタートの爺さんは結末に大爆笑していたそうだ。





 ひとまず部屋に戻って休憩することにした。さすがにSランク相手に手合わせしたのだから疲れたし、帰る前に少しのんびりしていきたい。屋敷に帰ったら「お話」で間違いなく1時間は拘束されそうだし。その原因を作った当人はアキの隣に座って幸せそうにくっついてくる。


「ははは、まさかエリスを落とすとはな。」

「うるせえジジイ。」

「さすがにこの結末は想定外じゃ。」

「俺もだよ……どうしてこうなった。」


 確かにSランクのエリスと友好関係を結べればいいと思っていた。ただ友好関係をすっ飛ばして所有物になるなんて誰が想像できる。


「とりあえず当初の目的は達成できたから……そういうことにしよう。」

「まあ、そうじゃな……譲ちゃん達は……わしは知らんぞ。」

「今はもう考えない事にした。それよりエリス。」


 隣で大人しくしているエリスに尋ねる。


「なんだ?」

「間違いないとは思うが、念の為確認。Sランクの壁は対人戦の経験ってことでいいんだよな?」

「ああ、さすがアキ。大抵のAはわかっていないのだ。」


 Sランクに確認すれば確実だろう。これでセシルの母親である支部長の話を100%肯定できる。


「それにアキはSランクの資格ありだ!腕はまだまだ足りないが、そんなのは私が鍛えればなんとでもなる。」

「現役Sランク様に言ってもらえるとは光栄だ。俺もそうだが、うちの子達の稽古もつけて欲しい。」

「アキの頼みならそれはかまわんが、私は教えるのは得意ではないんだ。」


 エリスもエレンと同じ感覚派だろうからそれはわかっている。ただSランク相手に対人練習できるのであれば闘技大会を想定よりかなり有利に進められる。


「俺が細かい事は教える。エリスは相手だけでいい。それにエリスにも教える事が出来そうだぞ?」

「なに?アキが私にか?」


 不思議そうな表情を浮かべるエリス。Sランクに戦闘を教えてやるという人間なんてそうはいないだろうから当然の反応かもしれない。


「ああ、俺は弱いけど色々知識はあるからね。きっとエリスを数段強くできる。」

「ほんとか!それは嬉しい!」

「ああ、まかせとけ。」


 エリスなら使いこなせるだろうと思っている技術がいくつかある。アキやミルナ達にはまだ早いだろうと思っていた技術だ。それをエリスに習得してもらえればさらにいい練習相手になる。


「で、今から街にケーキ食べに行くのと、エリスに戦闘技術を教えるのどっちがいい?」


 そう尋ねるとエリスは必死に唸って悩んでいる。そんなに甲乙つけがたい選択肢だとは思わなかったのでアキは苦笑する。


「エリス、じゃあ両方でいい?」

「ああ!それがいい!」


 彼女の顔がぱぁっと輝く。

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