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屋敷とビーチの見学も終え、いよいよ海でバカンスタイムだ。
だがその前に大事な作業が1つ残っている。そう、水着の製作だ。
「ミルナ達はお茶でもしててくれ。」
適当に休憩しているように言っておく。
「アリア。」
そして頼りになるうちのメイドを呼ぶ。
「はい。」
「今のうちに作ってしまおう。」
アリアに手伝ってもらえばあっという間に終わるはずだ。
「いえ、その必要はありません。もう出来ました。」
「・・・はい?」
このメイドは何を言っているんだ。
「ですから水着はもう出来ました。」
「いや、今さっきここに着いたばかりなんだが?」
屋敷や海を見て回っていたとはいえ、まだ30分も経っていない。それなのにもう水着が出来ているとかありえないだろう。
だいたいアリアも一緒に・・・と言いかけたところで気付いた。そう言えばアリアはさっきからいなかった。屋敷に到着してすぐ、「アキさん、少々席を外します」と言って離席していた。てっきりお茶や食事の用意でもしてくれているのかと思って気にも留めていなかったのだが・・・まさか水着を作っていたのだろうか。
「はい、アキさんのご想像の通り、その時に準備しました。」
そしてしれっとアキの考えを読んでくるアリア。
「え?お茶の準備とかしてたんじゃないのか・・・?」
「・・・?もちろんそれもしましたよ?」
何を言っているんですかと不思議そうに首を傾げるアリア。
「30分やそこらでお茶の準備をして全員分の水着を用意なんて・・・」
「出来ます。それがメイドの嗜みです。」
メイドの嗜み凄い。というかもう凄すぎて逆に怖い。
「えー?」
「アキさん、深く考えてはいけません。そういうものだと思ってください。あなたのメイドは優秀なのです。凄いのです。さあ褒めてください。」
そう言ってふふんと得意気に鼻を鳴らすアリア。
「・・・アリア最高?」
「ふふふ、ありがとうございます!」
アリアの言う通り、深く考えるのはやめた。
アリアは凄い。そう言う事にしておこう。アリアの行動についてあれこれ考えるだけ無駄な気がする。アリアも満足気だし、それでよしとしよう。
「ちなみにどんな水着なんだ?」
「それは内緒です。みなさんが着てからのお楽しみと言う事で。」
「それはそれでおもしろそうだけど・・・ほんとに大丈夫か?」
アリアがミルナ達の水着を作ったというだけで不安しかない。
アリアは「アキさんのメイドです」が口癖だ。そして意地でもミルナ達の世話はしない。そんなアリアがミルナ達の水着を作ったというのだ。ちゃんと作ってあるのか心配になるのは当然の事だろう。
「大丈夫ですよ?」
アリアが淡々と言う。
「海に入った途端、溶けたりしない?」
「残念ながらそんな技術は知りません・・・アキさん、是非教えてください。」
「いや、俺も知らない。」
というか知っていても絶対に教えない。アリアなら本気で作りそうだし。
「そうですか・・・でも本当に大丈夫です。色々細工しようかと考えなかったと言えば嘘になりますが・・・ちゃんと作りました。ぎりぎりで踏みとどまったんです。」
考えた時点でアウトな気もするが、一応ちゃんと作ってくれたらしい。まあアリアが嘘を吐くとは思えないし、ここは信じるとしよう。
「わかった。ちなみに俺のは?」
「はい、こちらに。」
そう言って紺色の布を手渡して来るアリア。
「・・・え?これ?」
アリアから受け取った布を開くと・・・まさかのブーメランパンツの水着だった。
何故これを作ったのか。今すぐ小一時間問い詰めたい。
「はい。自信作です。」
そんな事は聞いてない。大体アリアに水着の説明をした際、男性用の水着の形状はトランクスタイプだと伝えたはずだ。それなのにどうしてこうなった。
絶対アリアは水着がどんなものか知っていただろう。まあアリアも時折電子タブレットを弄っているし、知っていてもおかしくはない。ただ知っていたなら最初からそう言って欲しかった。
「うん、却下。」
「・・・何故ですか?」
アリアは意味が分かりませんと首を傾げる。
意味が分からないのはこっちだ。
「いや、男性用の水着の説明はしたよね?これじゃないよね?」
「はい。ですがアキさんにはそちらが似合うと思いまして。」
相談もなしに勝手に仕様変更をしないで欲しい。
「却下。自分で作るから布をくれ。」
確かに自分も水着を着るとは言ったが、さすがにこれはない。
「え・・・アキさん・・・私が心を込めて作ったのを却下するんですか?着ていただけないんですか・・・?」
アリアが目を潤ませながら言ってくる。
「おい・・・それは卑怯だぞ。」
そんな言い方をされたらもの凄い罪悪感を感じる。しかも涙目で訴えかけてくるのは卑怯だ。断れなくなるからやめて欲しい。
「アキさん・・・それじゃ駄目です・・・?」
「いや、だから・・・」
「ぐすん・・・」
これは絶対に嘘泣きだ。
「わ、わかったよ・・・」
たださすがに女性の涙には逆らえない。
「ふふ、よかったです。」
今の涙目が嘘のようにしてやったり顔のアリア。やはり嘘泣きだったか。
「で、アリア。」
だがこのままじゃすまさん。それ相応の報いは受けてもらう。
「はい?」
「アリアのは?」
どうせアリアは「私はメイドなので」を理由に自分の水着は作っていないはず。
「え、ありませんよ?私はアキさんのお世話がありますので遊ぶわけには・・・」
「世話はしなくていい。せっかくの旅行なんだから一緒に遊ぼう。」
これは本心だ。アリアにも普通に海を楽しんでもらいたいしな。
「ですが・・・メイドとして・・・」
だがアリアは頑なに首を縦に振らない。
まあこれくらいは想定の範囲内だ。
「じゃあメイドしてもいいから水着ね。」
「えっ・・・」
「海でメイド服はないだろ。」
「で、でもその格好は恥・・・」
「ミルナ達の水着を作っておいて、今更恥ずかしいとか言わないよね?」
「それは・・・でも・・・」
「水着ね?返事は?」
アキが命令すれば、アリアは絶対に断らない。メイドの矜持として、主人の命令を断れないのは知っている。まあちょっと卑怯な手な気もするが、今回ばかりはお互い様だろう。
「・・・は、はい・・・わかりました・・・」
渋々と頷くアリア。
「じゃあアリアの水着は俺が作るか・・・」
「ま、まってください!自分で!自分で作ります!」
「いや・・・」
「では作ってきますので私は少々席を外しますね!」
そう言い残し、アリアはもの凄い勢いでアキの前からいなくなった。返事をする暇さえなかった。多分スリーサイズをアキに知られるのが嫌だったのだろう。
とりあえずこれでブーメラン水着の仕返しは十分出来た。しかし本当に自分はこれを着なければならないのか・・・