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「エスタート様がそうおっしゃられるのであれば・・・私は出来るだけ静かにお仕えするように致します。一切余計な口は挟まず、側仕えとしての仕事を粛々とさせていただきます。」
そんな爺さんとアキのやり取りを見ていたイリアナが畏まった口調で言う。
「い、いやそれは少々寂しいかの・・・」
気まずそうにイリアナから目を逸らし、呟く爺さん。
うん、こういうのはベルみたいな女の子がやるから可愛いのであって、爺さんがやってもまったくときめかない。
「なら文句を言わないでください、くそじじい。」
「うぐっ・・・し、しかたないの・・・」
しかしイリアナが強い。爺さんは大商会であるミレンド商会のトップなのに、ただの使用人であるイリアナに口答えすら出来ていない。
「アキよ・・・どうじゃ?イリアナいらんか?」
「いらない。」
今のやり取りを見て、イリアナを欲しいと思うだろうか。絶対に思わない。
そもそもメイドに罵られて喜ぶ趣味はアキにはない。それにうちにはもうアリアという優秀な側仕えがいる。イリアナは確かに優秀だが、アキが雇うとなったらただの使用人として雇う事になってしまう。それではイリアナの持ち腐れではないだろうか。彼女の真価は側仕えとして発揮するものだと思うしな。
「大体本当にイリアナを貰ってもいいのか?」
そもそも爺さん自身、彼女を手放す気はないだろう。
「はい、問題ありません。是非引き取ってください。」
爺さんではなく、イリアナが返事をしてくる。
「まてまて!それはならん!お主がおらんと儂が困るのじゃ!」
「困ればいいんです。」
「辛辣じゃ!じゃがそれでこそイリアナじゃ!これからも儂に仕えるがよい!」
「なんでそんな偉そうなんですか、くそじじい。」
もうこの2人のやり取り、コントにしか見えない。まあなんだかんだで仲良くやっていると言う事だろう。
「もういいか、2人とも?」
とりあえず放っておくといつまでもやりそうだったので、止める事にする。多分セラストリアには止められないだろうしな。
「う、うむ。すまん、脱線したの。」
「アキさん、今しばらくお待ちください。このジジイが死んだら全財産を持ってすぐにアキさんの元へ参りますので。」
だからそれをやめろと言ってるんだ、この毒舌メイド。
やっぱり絶対いらん。うちでは絶対こいつは雇わんぞ。
「お前はいらん。くるな。俺にはアリアがいる。」
「ふふん、そいう言う事です。イリアナさんはエスタート様にお仕えください。」
アキがそう言うと、アリアが嬉しそうに付け加えた。
しかし見事なまでのドヤ顔だ。ただ話が進まなくなるから余計に煽るのはやめて欲しい。まあ話は大方終わったので、別に進まなくても問題はないのだが。
「さて、セラストリア辺境伯、話しはこんなところで大丈夫でしょうか?」
とはいえいつまでもここでだらだらしていても仕方ないだろう。早くレインバース領を観光したいし、さっさと切り上げたい。
「そ、そうですね。あとは私の方で計画を詰めておきます。エスタート会頭、またご相談させて頂いてもよろしいでしょうか。」
「うむ、構わん。」
「ありがとうございます。」
どうやら後の事は爺さんとセラストリアでやってくれるようだ。まあこれ以上レインバース領の事に口を出す気はなかったし、丁度いい。アキがここにいる必要もなさそうだし、そろそろ帰るとしよう。
「ではセラストリア辺境伯、私は・・・」
そう言いかけたところで思い出した。大事な事を1つ忘れていた。
「・・・の前にですね、ミルナさんの家出についてはちゃんと叱っておいたほうがいいかと。」
「ちょ、ちょっとアキさん!?何を言ってるんですの!?」
ミルナが待ってくださいと必死にアキの口を塞いでくる。
「おお、そうでした。という事でミルナミア、お前は説教だ。」
「何故ですの!?アキさん!早く、早く帰りますわよ!」
そう言いながら応接室から飛び出そうとするミルナ。
だがもう遅い。
ミルナの母親であるミルリースがミルナの肩をそっと掴む。
「ふふ・・・当然ですね。ミルナミア、覚悟しなさい。」
そして上品な微笑みを浮かべながら呟く。
「嫌ですわああああ!アキさん!アキさん!助けてくださいませ!!!」
「しっかり怒られて来い。」
「そんなあああああ!」
「ではシノミヤ侯爵、少々ミルナミアをお借りしますね。ミルナミア、こっちへ来なさい。」
ミルナはミルリースに引き摺られ、応接室から出て行った。まあ本気で抵抗すればミルナの方が強そうだとは思うが・・・やはり母親には逆らえないのだろう。母は強しとか言うやつだな。
「嫌ですわあああああ!」
ミルナの断末魔が聞こえるが無視する。あれは自業自得だ。