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セラストリアの言う通り、確かにお金には余裕がある。そしてお金があると言う事は生活にも余裕があると言う事だ。だからアキには休暇の時まで仕事をするという考えがそもそもなかった。
「シノミヤ侯爵だけでなく、エスタート会頭もそうでしょう。」
セラストリアが続ける。
「まあそうじゃの。」
当然爺さんもそうだ。むしろ爺さんはアキ以上に金を持っている。もう働く必要なんてないくらいには余裕があるだろう。というかミレンド商会は破竹の勢いで伸びているし、今や爺さんは下手したらベルフィオーレで一番の富豪かもしれない。
「はい。ですが普通の商人や冒険者ではそうはいきません。それにレインバース領は物価が安いとは言えませんし、今回の提案でさらに物価をあげる方向になるでしょう。そうなると観光客の方はバカンスを楽しむだけ・・・という訳にもいかないのです。」
「なるほどの。それは盲点じゃったの。無意識に自分の立場で考えておったわい。」
「まあ爺ちゃんは庶民とは言えないしな。」
「何を言う。お主こそ庶民ではないじゃろ。」
「え?俺は庶民のつもりなんだけど?」
アキは一般家庭で育ったのだから当然だ。
ただベルやミルナは呆れた表情でアキの方を見てくる。
「アキさん・・・そろそろ自覚を持ってくださいません?」
「そうですわよ。」
なんて酷い言い草だ。
ちなみにアキの後ろで静かに控えているセシルも似たような態度を取っている。セシルがご自慢の兎耳をピクピクッっと左右に動かしているのは呆れている時だしな。
「セシル、何か言いたい事あるなら言え。」
「え、あ、はい。アキさんは馬鹿だなと・・・・」
言いたい事を言えとは言ったが、さすがに何かムカついたのでセシルの耳を思いっ切り引っ張ってやる。
「ってなんで引っ張るんですかああああ!今言いたい事あるなら言っていいと言ったじゃないですかああああああ!」
「黙れ兎。」
「兎じゃないですってばああああ!離してくださいよおおおお!」
セシルが文句を言うので仕方なく彼女の兎耳を離すと、セシルは涙目になりながら自分の耳をさすっている。
「もー・・・優しく扱ってください・・・大体アキさんは侯爵になったんですから庶民ではありません・・・それにエスタートさんから資金提供されている時点でお金持ちさんなんですから・・・」
「そういや俺、侯爵だったわ。」
「何で忘れてるんですか!今さっきまでその話してたでしょう!!!」
「まあ嘘だけど。」
「そこで嘘つく意味はなんです!?」
「セシルの耳を触りたかったから?」
「なんで疑問系なんですか!もう知りません!ふんだっ!」
セシルが頬を膨らませ、プイっとそっぽを向く。すっかり拗ねてしまった。ずっと爺さん達と話しててセシルを放置してたから、少し構っただけなのだが、逆効果だったようだ。まあセシルとのじゃれ合いはいつもの事だからすぐに機嫌も直るだろう。
「えーっと、シノミヤ侯爵、そちらの方はあなたの従者なんですよね?」
セラストリアが尋ねてくる。多分セシルと仲良く話していたのが不思議なのだろう。まあセシルやアリアの説明はしてないしな。
「ええ、一応私の付き人のような事をしてもらっていますが、彼女も私の婚約者の1人です。あとそこのメイドのアリアもそうです。」
「ああ、どおりで。なるほど。」
納得したように頷くセラストリア。
「とはいえ私はもともと貴族ではありません。侯爵になったのも最近です。だから元から彼女達とはこんな感じですよ。彼女がうちに来るまでメイドなんていた事ありませんでしたしね。」
「そう言う事なんですね。しかしシノミヤ侯爵、貴族になったからにはその辺の線引きはした方がよろしいかと。まあ私が言うまでもなく、王女殿下がお側にいるので大丈夫だとは思いますが・・・」
実際、それはよくベルにも言われる。むしろアリアやセシルにも言われる。「ちゃんと使用人の扱いをしてください」と。だがアキからしてみれば、ベルもアリアもセシルもみんな自分の婚約者だ。そんな扱いはしたくない。
「おっしゃるとおりです。ですので最近雇った使用人には節度を持って接しています。アリアやセシルは婚約者であり、従者でもあるので、少々特別なのです。」
「なるほど。それなら納得です。」
セラストリアが頷く。
ただベル、ミルナ、アリア、セシルは全員が「嘘つけ、お前使用人の子達をもふもふしまくってるだろ。どこか節度ある接し方だ」と言わんばかりの冷たい目でアキを睨んでくる。怖い。
「とはいえ公の場ではちゃんとするようにしていますよ。助言ありがとうございます。」
「そうですか、それなら安心しました。シノミヤ侯爵はうちの娘の婚約者ですからな、ついつい注意したくなってしまいました。」
「ありがとうございます。セラストリア辺境伯の前だからいつも通り接しているだけです。一歩外にでたら注意するようにしています。」
さすがに公の場ではもうちょっと接し方はわきまえるようにはしている。アキだけが恥をかくならいいが、うちの子達が馬鹿にされるような事は避けたいしな。
「ほっほっほっ、貴族は色々と大変そうじゃの!」
セラストリアとのやり取りを聞いていた爺さんが楽しそうに笑っている。
「うるさいですよ、クソじじい。旦那様もそれなりの立場にいるんですからちゃんと自覚してください。はやくくたばればいいのに。」
そんな爺さんを一喝するイリアナ。
「おおい!?さっきから主人に暴言が過ぎるぞ!」
爺さんが天を仰ぎながら叫ぶが、イリアナはすまし顔でどこ吹く風だ。
「エ、エスタート会頭の使用人も中々個性的な方のようで・・・?」
そんな2人を見たセラストリアが苦笑いを浮かべている。さすがにアキに注意したのと同じ感じでは爺さんに言えないらしい。
とはいえイリアナも一応TPOは考えているはずだ。アキがいて、ミルナがいて、ある程度砕けた場だからこの態度を取っているだけだろう。
「でもイリアナは普段はちゃんとしてるだろ?優秀なメイドなんだし。」
「いや・・・それがの・・・最近はいつでもどこでもこうなんじゃよ・・・おかげで儂の評判が『ミレンド商会の会頭の趣味はメイドに罵られる事だ』になっておるんじゃ・・・どうしたものかの・・・?」
「そ、そうか・・・」
イリアナ、自由すぎる。全然TPOなんてわきまえていなかった。