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ミスミルドに到着した翌日、アキは予定通りエスタートの本宅へ出向いて商品のアイデアなどを説明している。さすがに本宅だけあって馬鹿みたいにでかい。アリステールの別邸もそこそこ大きかったが、それより遥かい大きい。
100部屋は優にあるだろう。むしろそんなに必要か?と思ってしまう。
「それにしても爺ちゃん屋敷でかすぎないか?」
商品についての話が一通り片付いたところでアキがエスタートに訊ねる。
「そうなんじゃよ、デカすぎて不便じゃ。」
「なら、建てるなよ……。」
「わしは小さくてもいいんじゃ、だがやはり財あるものはある程度散財してやらんと金がまわらんじゃろ。」
「ああ……なるほどね。」
爺さんくらいの資産規模になると、いくつも屋敷を持って人を雇ってお金を使わないといけないのだろう。それにちゃんと気づいて実行しているのだからやはり優秀な経営者だ。
「さすが爺ちゃん、ちゃんとわかってる。」
「ほほほ、そうじゃろ!」
アキに褒められて嬉しそうに笑うエスタート。だが急に真剣な顔をしてアキに話しかける。
「それでアキよ、ちょっと相談があるんじゃが。」
「なに?」
「おぬしがこの前提案した香水なんじゃが、売れ行きは素晴らしい。」
香水の量産は無事成功しており、ミレンド商会はさらに注目を浴び、順調に売り上げを伸ばしているようだ。商会規模としてはもうすぐ2位に浮上しそうとのこと。アキとしても嬉しい限りだ。
「順調でなにより。」
「で、じゃ。人を1人紹介したいんじゃ。昔から可愛がってるやつでな。」
「へえ、別にいいけど。どんな人?」
「それは会ってみればわかる。ただその人物は悩みを抱えておっての。わしとしても何とかしてやりたいんじゃ。色々試したがなかなか難しくての。アキならばなんとかできるかもしれん。一度会ってやってはくれんかの。」
そこまでして力になってやりたいと爺さんが思うって事はその人物を相当気に入っているのだと想像できる。そしてアキに紹介する意味は、つまり新商品を提案したように、地球の知識を求められているという事だ。ちなみに爺さんには迷い人の件は伝えてある。
「うーん、別にいいけど。」
「もし力になる事が出来たなら必ずやおぬしの役に立つ。嬢ちゃん達の目的という意味でもな。」
「へえ、爺ちゃんがそこまで言うなら喜んで。」
必ずアキにもメリットがあるとエスタートは言っている。爺さんの事はアキも信を置いているので、そういう理由なら喜んで従おう。
「そうか!それはよかった。なら4日後でよいかの?場所はこの屋敷で頼む。」
「了解。じゃあ俺からも相談がある。」
「なんじゃ?」
「あの屋敷気に入ったんだよね。買い取って正式な俺の屋敷にしようと思うんだけど、買い取らせてもらう事は可能?」
「ああ、そんなことか。わしも使うわけじゃないし別にかまわんが。」
ミスミルドには爺さんは本宅を持っているわけだし正直あんな別宅あってもなくても構わないのだろう。ミルナ達の許可貰ったし、買い取れるなら買い取ってあの屋敷を拠点にしようと思う。
「じゃあ見積もり出しといて。」
「わかった。しかしアキもミスミルドに屋敷を持つならわしとしては最高じゃわい!二度と視察なんぞいかん。孫とここで老後ライフを満喫するんじゃ!」
この好々爺なら本気でミスミルドから動かなさそうだ。この商会大丈夫か?多分今までは孫なんていなかったから順調だったのだろう。もしレインさんに息子ができたらこの爺さん孫しか見なくなって商会潰れるんじゃないかと思ってしまう。
「いや、それはいけよ。」
一応突っ込んでおく。
その日はそれで爺さんとの用事は終了。アキは帰宅する為に岐路につく。爺さんの屋敷とアキの屋敷は同じ居住地区にあるので徒歩で15分くらいだ。このまま屋敷に戻ってもいいが、せっかくだし少し商業地区を見てから帰ろうと思い、そちらへと足を向ける。
王都の商業地区はアリステールより遥かに賑わっており、多種多様な店がある。道路の道幅も遥かに広く、馬車が途切れることなく行き来している。アリステールではあまり見かけなかった馬車だが、さすが王都。広いだけでなく、人口も多いからか馬車の量も桁違いだ。道路沿いにある商店は店構えも豪華で、1件1件が広く品ぞろえも豊富だ。爺さんの店もいくつかあるのだろう。今度行ってみるかと思いつつ、アキは脇道入って別の通りへと抜ける。次の通りを埋め尽くしていたのは飲食店の数々。おそらくここは食事処や市場が集まっているらしい。店の数もかなりあり、どんな食材でも王都であれば全て揃うと言ってもきっと過言ではない。アキにとっては嬉しい事だ。ここを拠点とするなら好きな食材を使って色々試したりできる。
商業地区はさらに奥の方へと続いていて、そちらからは旅人らしき人が出て来ている。きっと宿屋のエリアがあるのだろう。そしてこの商業地区の一番の目玉は中心に聳え立つ時計塔だ。屋敷からも余裕で見えていたので気にはなっていた。王城よりは当然低いが、豪華で目立つので商業地区のシンボルなのだろう。上に登れたら眺めがいいだろうなとアキは時計塔を見上げる。
ただ今アキがいる場所は、食事処や露天が所狭しと並んでいるので、さっきから美味しそうな匂いが漂っている。そんな匂いがしているのだから今は時計塔より食欲だ。時計塔にはまたいつでも行けるからと、今日はそのまま市場エリアを散策する事にする。
「おっさん、1本頂戴。」
せっかくなのでアキは露天で売っていた焼き魚のようなものを購入してみる。
「うん、悪くない。」
魚を頬張りながら店を見て回る。この世界の食事も悪くないのだが、やはり何か足りない気がする。それは多分調味料だろう。味を引き立たせる調味料がこの世界では少ない。素材の味というのも悪くないが、多少香辛料などを使って、味を引き立たせる方が料理は格段に美味しくなると個人的には思っている。だからこそ自分で作ったほうが美味い。ミルナ達が自分の料理を気にいっている理由もその辺りにありそうだ。
エスタートにも調味料の事は話しておいたので、すぐにでも開発するなり仕入れるなりするだろう。アキの料理を大層気に入っていたし間違いない。きっと爺さんなら気に入って行動するだろうと予想していたので、敢えて道中に料理を振る舞ったのもある。これでアキも容易に調味料を手に入れることが出来るというわけだ。
「あれ、これってケーキ屋?いやカフェかな?」
スイーツらしきお菓子がディスプレイに並んでいる。こちらの世界にも甘味はあるとレオが言っていたし、これの事かもしれない。しかもカフェともなれば珈琲に近い何かがあるかもしれない。そんな事を考えながら店に入ろうか悩んでいると、急に店のドアが開いて金髪の外套を羽織った女性が押し出されるように出てくる。
「なぜなのだ!何故追い出さなければならない!」
「うっせえ、くせーんだよ!お前がいたら商売にならねぇ。水浴びしてから来い!帰れ!」
女と店主らしき男がなにやら揉めている。金髪の女はソフィーとはまた違った薄い金色の髪をしていた。その長い髪を後ろで三つ編みの様に束ねている。凛とした碧眼に端正な顔立ち。美しい女性だというのが一目でわかる。ソフィーがほわほわって感じの女性なら、凛々しいという言葉がよく似合う。小説でよくある金髪碧眼の美少女というやつだ。
「しかしこの世界の女性って皆美人だよね。あれが普通なのかな?」
美人の件はさておき、彼女は甘味を食べようと店に入ったけど追い出されたってところか。せっかく自分も甘味を楽しもうとしたのにケチがついたなと思うアキ。別の店を探そうか……と考えていると背後から声がかかる。
「アキさーん!」
聞いた事のある声だと思い振り返る。セシルだ。耳をぴょこぴょこ動かしながら手を振っている。隣にはセシルと一緒に出掛けていたアリアとレオもいる。3人とも買い物をしていたのか両手に沢山の袋を抱えている。
「セシル。買い物は終わったのか?」
「はい、さっき終わって今帰っているとこです。」
「アリア、レオもありがとう。」
2人にも声を掛ける。
「いえ、メイドとして当然ですので。」
「いいよー!」
いいタイミングなので、カフェは今度にしてアキも一緒に帰る事にする。アリア達が持っている袋で重そうなのを1個ずつ持ってやる。
「そんな、アキさんに持たせるわけにはいきません。」
アリアは必死に抵抗したが、命令だと言ったら了承してくれた。
「男として美少女の前で格好つけたいってことで許してよ。」
前を向いたまま、視線を合わさないで呟く。
「ふふ、しょうがないですね、わかりました。」
「はい、ありがとうございます。」
「ありがと、アキ。」
セシル、アリア、レオが嬉しそうに微笑みながら三者三様に礼を言ってくれる。




