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「お、王女殿下だと!いえ、ですか!」
ミルナの父親が驚きの声をあげる。まあ急にベルが出てきたのだからそう言う反応にもなる。しかも今しがたベルの事を使用人風情呼ばわりしたばかりだし、焦って当然だ。
「ええ、エスぺラルド王国が第一王女、アイリーンベルです。覚えていませんか?」
「お、覚えております!確か以前お会いさせて・・・!」
「あら、先程使用人がでしゃばるなと聞こえた気がしましたが?」
「き、気のせいでしょう!」
「気のせいですか・・・?」
ベルが少しずつミルナの父親を追い詰めていく。
この状況、どう足掻いても逃げ道なんてない。というかベルが逃がすわけなんてない。多分徹底的に追い詰めるつもりだろう。
「申し訳ございません!王女殿下!何卒ご容赦を!」
本人もそれを悟ったのか、もの凄い勢いで頭を下げる。
「うふふ、別に怒っていませんよ?」
まあベルは使用人呼ばわりされた程度で怒ったりはしない。基本的には温厚な王女様だからな。ただアキが貶されたりすると烈火の如く怒る。実際今も笑顔で「怒ってない」と言いつつも、もの凄い不機嫌オーラを出しているくらいだ。
「主人が申し訳ございません!王女殿下!」
ミルナの父親を庇うように会話に入ってくる母親。
だがそれは悪手だろう。そもそもアキを貶したのは彼女だ。
「貴女はレインバース夫人でしたね。お久しぶりです。」
「私も不敬な態度を取ってしまい・・・」
「いえいえ、だから気にしていませんよ?」
ベルはうふふと温和な笑みを浮かべる。
先も言ったように、ベルの言っている事は本当だ。「ベルに対する態度」に関しては一切気にしていない。ただミルナの両親はそこをわかっていない。ベルが不機嫌そうにしているのは、「王女殿下に失礼な態度を取った」からだと思っている。
「し、しかし!王女殿下!何故メイド服などを着ておられるのですか!」
「あら、これですか?ふふ、私は今花嫁修業中なのです。」
「は、花嫁修業、ですか・・・?」
意味がわからないと言った顔で首を傾げるミルナの両親。
「私、この方の婚約者なんです。王女しての教育は色々と受けてきましたが、良妻としてはまだまだですので・・・こうしてメイド服に身を包み、使用人の真似事などをしております。幸いにもアキさんの付き人であるアリアさんは優秀で、とても勉強になるんですよ?アリアさんはもの凄く尊敬できる使用人です。」
そう言いながら不敵な笑みを浮かべる。
ちなみにこれは全部ベルのアドリブだ。アキが台本を考えようとしたら、ベルが「私に任せてくださいね」と言ってきたので、全部任せる事にしたのだ。
しかしよくもまあこんな適当な理由がポンポンと出てくるものだ。アリアが優秀なのはベルも認めているだろうが、「尊敬できる」とか絶対嘘だ。それにベルがそれを口にした瞬間、アリアは軽く身震いをしていた。多分気持ち悪くて鳥肌でも立ったんだろう。今も滅茶苦茶しかめっ面をしているくらいだしな。
「そ、そうなんですね・・・」
ベルの言葉にミルナの両親は黙って頷く。まあ王女がそう言う以上、それが絶対だ。文句なんて言えるわけないだろう。
「それで・・・私の婚約者に対して何か文句でもありましたか?」
ベルが目を細め、レインバース辺境伯を軽く睨む。
「い、いえ・・・!文句などあるはずないではありませんか!」
レインバース辺境伯は必死に否定する。だがベルは追及の手を緩めない。
「あら、アキさんの事を碌な男ではないとおしゃっていませんでした?あれは気のせいでしょうか?」
ベルの声は落ち着いているが・・・うん、これは滅茶苦茶怒っているな。アキが貶されてちょっと不機嫌になっているくらいに思っていたが、大間違いだった。それはもう今すぐミルナの両親に極刑を言い渡しそうなくらいに怒っている。
「も、申し訳ございません王女殿下!あれは言葉の綾と申しますか・・・決して本心ではございません!何卒ご容赦を・・・!」
「あらあら、うふふ・・・」
そうなんですかとベルが悪魔のような微笑みを浮かべる。
これはアキが諫めないと収まりそうにないな。アリアやセシルは口を挟む気は一切ないようだし、ミルナは自分の事で一杯一杯だ。放っておいたらベルは永遠とやり続けそうだし、この辺で止めるとしよう。
「ベル、もういいよ。」
アキがそう言うと、ベルは頬を可愛らしくプクっと膨らませる。
「むー・・・納得いきません・・・」
「あとで遊んであげるから。」
「わ、私は子供じゃないです!」
「じゃあ遊ばないでいいのか?」
「・・・・・・遊んでください。」
そっぽを向きながらぼそぼそと呟くベル。
そんなベルの頭をポンポンと撫で、アキの隣に座るよう促す。
「さて・・・レインバース辺境伯、改めてお話をさせて頂きたいのですがいいでしょうか?」
とりあえずはこれで話が進められる。
「は、はい!問題ございません!」
ミルナの父親がアキに向かって深々と頭を下げる。
さっきまでの態度が嘘のようだ。やはりベルを投入したのは正解だったな。
「では・・・」
「な、なんでしょう!」
早速話しを進めよう・・・ただその前に1つだけしておかなければならない事があった。
「まずは自己紹介から始めませんか?」