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「これは・・・!ミルナミアお嬢様、ご無沙汰しております・・・!」
宿に入った途端、ミルナの元へ初老の男性が駆け寄ってきた。
やはりミルナは有名らしい。まあ領主の娘ともなれば当然か。
実際先程馬車を降りた時も、街の外れにある宿に関わらず周囲にはかなりの人が集まっており、「ミルナミア様だ!」と騒いでいた。半分はベルが用意した王族仕様の馬車のせいとも言えなくないが、市井の民の注目はアキやベルではなくミルナだったし、どう足掻いてもミルナはこの街では注目される運命なのだろう。
それでもこの国の王女であるベルが注目されないのは少々不可解ではあった。だが本人曰く、「王都でもない限りこんなものです。王女なんて見る機会そうそうないですしね。領主の娘であるミルナさんの方がよっぽど顔を知られているんですよ」との事だ。それにベルとしては「王女様だ!」と大騒ぎされるほうが困るので、このくらいの知名度で丁度いいらしい。
「ひ、久しぶりですわね。」
ミルナが顔を引き攣らせながら返事をする。
まあ宿の外でも「ミルナミア様!ミルナミア様!」と大騒ぎだったし、ミルナからしてみればたまったものではないだろう。
というかミルナは滅茶苦茶人気があるようだ。だがミルナは美人で、スタイルもよく、器量も良い。基本的には誰にでも優しいし、いつも笑顔。そんなミルナが人気あるのは当然と言えば当然かもしれない。
「覚えていてくださって光栄です・・・!」
「ええ、いつもお父様がお世話になっておりますわ。」
「ありがとうございます!それでミルナミア様、本日は如何なされました?レインバース辺境伯からミルナミア様は他国へ行かれて長期間留守にされているとお伺いしたのですが・・・」
どうやらミルナは他国に行っているという事になっているらしい。まあさすがに家出したとは言えないか。
余談だが、ミルナの父親は辺境伯だ。爵位としては侯爵であるアキの下位にあたる。つまり貴族という枠組みで考えるなら、アキの方が偉いのだ。もしミルナの父親が貴族の理を大事にする性格の人間ならこの辺りを盾にミルナとの婚約の交渉をするつもりだ。
さて、それよりミルナの方だ。
「ま、まあちょっとした所用で出かけておりました。またすぐ発つ予定なんですの。」
「そうなんですか・・・ミルナミア様がいないと言う事で領民はみんな悲しんでおりました。また寂しくなりますね。」
「ありがたいことですわ。」
「それでミルナミア様、私共の宿に何か不備でもございましたでしょうか。」
この初老の男性は従業員というわけではなさそうだ。おそらく支配人かオーナーだろう。そしてミルナがここへ来た事で、何かやらかしたのではと思っているわけだ。まあ普通に考えてミルナが宿泊するわけないしな。
「いえ、こちらの宿に問題はありませんわ。今日はこちらに泊まるのでお部屋を1つお願いしたいのですわ。」
「え!?ミルナミア様がお泊りになられるのですか・・・?」
支配人は驚きを隠せないようだ。
「はい、こちらは私の大切な友人達、そして・・・この方が私の婚約者なのですわ!」
そう言ってミルナは腕を絡ませてくる。
うん、何してんだ。というか無理矢理アキを巻き込むのは止めて欲しいんだが。
「なんと・・・!そうでしたか!ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はこの宿の支配人のクライスと申します。」
支配人のクライスがアキに深々と頭を下げる。
「あー・・・どうも、アキと申します。一応爵位は侯爵です。ただ・・・ミルナ、俺より先に紹介すべき人物がいるだろ?」
どう考えてもアキの前にベルを紹介すべきだ。
ただそんな事はミルナも絶対わかっているはず。
「あら、そうでした?」
わざとらしく首を傾げるミルナ。やはりわざとか。
仕方ないのでもうアキが紹介する事にする。
「クライスさん、こちらアイリーンベル・エスぺラルド王女殿下です。」
そう言ってベルを前にズズっと押し出す。
「・・・」
ポカンと口を開け、ベルを凝視するクライス。
まさかの王女の登場に、驚きすぎてクライスは言葉も出ないようだ。
「ふふ、はじめまして。アイリーンベル・エスぺラルドです。本日はこちらにお世話になりますね。」
クライスのそんな様子を見て、くすくすと笑いながら挨拶するベル。
「も、申し訳ございません、王女殿下!ご無礼をお許しください!」
王女であるベルに先に名乗らせたのは不敬にあたると思ったのだろう。もの凄い勢いで頭を下げるクライス。だがそんな事を気にするベルではない。それにここへはお忍びで来ているから尚更だ。
「気にしないでください。来訪の連絡すらしていないのですから。それに・・・私は今は王女殿下ではありません。この人の婚約者です。」
そう言ってベルもアキに腕を絡ませてくる。
「・・・」
クライスが白目をむいている。どうやら頭で理解出来る範疇を超えたらしい。
というかベルもベルだ。一々婚約者だとアピールしなくてもいいだろうに。ただそれを指摘すると間違いなく不機嫌になるので言わないでおく。
「クライスさん、私達はただの宿泊客ですから普通にしてもらえばそれでいいです。」
アキかクライスに釘を刺しておく。ここでしっかり言っておかないと、大変な騒動になりそうだと思った。歓迎パーティーとかされてもただただ困るだけだしな。
「ア、アキ様!色々とご無礼申し訳ございません!!!」
やっと我に返ったのか、クライスが再び深々と頭を下げてくる。
「いえ、大丈夫です。それより今日はここに泊まるので部屋をお願いします。」
「かしこまりました!直ちに準備させて頂きます!歓待の準備も・・・!」
「あ、だからそういうのはいいんで。普通に部屋だけお願いします。」
「わ、わかりました・・・それではお部屋だけ準備させて頂きます・・・」
何故かクライスにもの凄く落胆された。
だが危ないところだった。やはり釘を刺さなければ、もの凄い面倒な事をされるところだった。