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「こちらが私のおススメの宿になりますわ。」
ミルナが案内してくれた宿は大通りから少し外れた場所にあった。
「これが宿なのか?どこかの貴族の屋敷にしか見えないけど。」
しかしこの宿、外観がただの大きな屋敷だ。まったく宿には見えない。ミルナの案内がなければ、絶対にわからなかっただろう。
「はい、貴族御用達の最高級の宿ですわ。」
どうやら最高クラスの宿らしい。だがアキとしては別に普通の宿でもよかった。お金がないわけではないが、こんな豪勢な場所に泊まる必要もないだろう。
ミルナにそう伝えると・・・
「アキさんの為ではありませんの。うちには王女様がいらっしゃいますわよね。」
「まあ、いるな。」
当然ベルの事だ。ただベルとて庶民的な宿だったとしても文句は一切言わないだろう。彼女はいつも「アキさんと一緒ならなんでもいいんです」と言ってくれるしな。
ただミルナもそんな事はわかっているのか、ベルの為でもないと言う。
「どちらかというと外聞の為ですわ。エスぺラルドの王女様がいるのに安い宿に泊めたとなれば、レインバースの評判が下がります。そしてお父様が恥をかくというわけですわ。」
なるほど、貴族の見栄というやつか。
「貴族って面倒だな。」
「ふふ、そんなもんですよ。私はもう慣れました。」
ベルがくすくす笑いながら会話にはいって来る。まあベルにとってこんな出来事は日常茶飯事なのだろう。本人は気にしないが、他人の体面の為に、それ相応の場所を使わなければならない。王女も大変だ。
「それに今はアキさんもそんな面倒な貴族ですよ?」
「ベルのせいでな。」
「あら、酷いです。そこはせめて『ベルの為』と言ってください。」
ベルがぷくっと頬を膨らませて拗ねる。
「はいはい、ベルの為にな。」
「『大好きな』が抜けています。」
注文の多い王女様だ。だがベルがこれ以上不機嫌になるのを避ける為にも、ここは要望に応えておくべきか。
「大好きなベルの為に貴族になれて嬉しい。」
果てしなく棒読みだが、口に出す事が大切だ。
「えへへ・・・はい!」
口にさえ出せばこの通りうちの王女はチョロいからな。
「それよりミルナ、この宿のどこがおススメなんだ?」
最高級なのはベルの為であって、ただのおまけだろう。ミルナがおススメと言うからには何か別の理由があるに違いない。
「はい、こちらの宿はお部屋から街と海が一望できるんですの!」
「おー、それはいいな。」
レインバースの街並みは本当に美しい。それが海と合わさるとなれば絶景に違いないだろう。楽しみだ。
「しかも!しかも!!あの趣味の悪い実家が見えないんですわ!!!」
なんかもうやけくそだな、ミルナ。
「ま、まあとりあえず宿に入ろうか。」
アキはそう言って馬車から降りようとしたのだが・・・ミルナが動かない。
「ミルナ、どうした?」
宿に到着したのにいつまでも馬車の中で話していてもしかたないだろう。というかミルナが一向に馬車から降りようとしなかったので、そのまま雑談してしまっていたが、早く宿泊の手続きをして部屋でのんびりしたい。
「え、ええ・・・そ、そうですわね?」
そう言ってミルナはガサゴソと自分の荷物を漁り始めた。
「ミルナ、何してるんだ?」
「き、気にしないでくださいませ!」
ミルナは外套を取り出し、顔を隠すように羽織る。
傍から見たら完全に不審者だ。
「ミルナ?」
「だから気にしないでくださいませ!」
どうやら姿を隠したいらしい。だが不自然過ぎて逆に滅茶苦茶目立つ事に気付いていないのだろうか。まさに頭隠してとやらだ。
「頭隠してもミルナのダイナマイトおっぱいで誰だか丸分かりだぞ?」
「アキさん!!ダイナマイトが何かわかりませんが貶されている事だけはわかりますわ!?っていうか新たな二つ名を誕生させないでくだいませ!!」
だが事実だ。外套を羽織ってもミルナだと分かる人にはわかる。というかここはミルナの故郷。そしてミルナは領主の娘。そんな事をしてもミルナだとすぐにバレそうなものだが。
そもそもベルが用意した馬車で街にきたのだから、既に結構目立っている。アキが嫌がるので、ベルは出来るだけ質素な馬車を用意してくれたらしいが、それでも王女が使うような馬車だ。目立つ事に代わりはない。道行く人はほとんど振り返っていたし、誰が乗っているのだろうと噂されているような感じだった。
「ミルナ、もうある程度目立っているから諦めろ。」
「わかりましたわ・・・」
アキが言うと、渋々と外套を取るミルナ。
「よし、じゃあミルナ、案内してくれ。」
「はい・・・こちらですわ・・・」
やっとミルナが馬車から降りてくれたので後に続く。
しかしここまで色々と嫌がるミルナを見るのは初めてかもしれない。