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結果から言うと、音楽祭でのアキのステージは大成功だった。
あれからジャンルの違う曲を数曲流したが、どれも大喝采。やはりベルフィオーレの人達にとって地球の音楽は衝撃的だったようだ。とはいっても別にアキが凄いわけではない。地球の音楽家たちが凄いのだ。いくらアイリスがミレーに音楽文化を取り入れたといっても、それはここ数年から数十年の話。地球の音楽文化は何百年と続いているわけだから当然比べられるものではない。
だがとりあえずこれで「ベルフィオーレの音楽文化をどうにかする」という当初の目的は果たせたと言えるだろう。正直地球の音楽をベルフィオーレに持ち込んだら文明破壊に繋がらないかと少し心配したが、あまりにもこの世界の音楽が遅れていて、耐えられなかったのだから仕方ない。
音楽は素晴らしいもの。それを何としてでも広めたかった。
しかしそういう意味ではステラやシルヴィ達が見に来ていたのも都合がいいと言える。地球の音楽を各国の王族に聞かせる事が出来たわけだからな。ステラ達も感動していたのはステージからなんとなく見えたし、これでミレー以外の国でもきっと音楽は盛んになる。
あれ?
もしかしてアイリスがステラ達を連れて来たのはこれを見越してだろうか?
「アキさん、ありがとうございました。」
舞台から降りたアキをアイリスが出迎えてくれた。
うん、彼女の態度を見るに、やはりそう言う事なのだろう。
「別に私を苛める為にエルミラ陛下達を連れて来たわけではなかったのですね?」
「ふふ、それもあります・・・が本当の目的は違います。お察しの通り、アキさんの音楽を聴いて頂きたかったのです。エルミラ陛下達をお連れすれば必ず感銘を受けると思いましたので。」
「ミレー以外でもこの音楽を浸透させたいということですか?」
「はい。」
「でもミレーで独占してしまったほうが、国の利益にはなるのでは?」
アキが為政者ならそうするだろう。だがアイリスの考えは少し違うらしい。
「音楽は誰のものでもありません。皆が平等に楽しむべきものです。アキさんが披露してくださった音楽は素晴らしいもの。ミレーだけで留めるにはもったいないではありませんか。」
「聖人君子のようなお言葉・・・さすがアイリス陛下ですね。」
「いえいえ、そんな事はありませんよ?当然我が国への見返りはあります。音楽祭を行っているのはこのミレーです。音楽が各国に広まり、人々に広まれば・・・あとはお分かりですね?」
「なるほど。この祭りがさらに盛り上がる・・・ということですか。」
「まさしく。まあ他国でもこういった祭りが始まる可能性はありますが・・・それでもこの祭りの原点は我が国ですからね。」
なるほど。さすがアイリス、優秀な為政者だな。ここ数日彼女にはやられっぱなしなのも納得だ。まあアキは為政者ではないので、こういう考えには至らないだけ・・・とも言えるが、それでもそこまで国の為を考え、動けるのは素直に凄いと思う。
ただ不安な事が1つある。
「それは素晴らしいお考えかと思いますが・・・えーっと、他国にあの音楽を広めるのは・・・アイリス陛下がやっていただけるんですよね・・・?」
もうこんな事は聞くだけ無駄なのはわかっている。わかっている・・・が、少しくらいは抵抗させて欲しい。
「あら、アキさんの方が適任ではないでしょうか。それにステラベル王女殿下やシルヴィア王女殿下、そしてルベルシア王妃殿下はきっとアキさんがやると思っているはずですよ?」
同感だ。というかあの王女や王妃達をこの会場まで引っ張ってきたのはそう言う意味もあったわけか。
「私もそう思います。ただ私もそれほど『暇』ではないので難しいですね。」
「あら、アキさんは婚約者の方々の故郷巡りをするのではありませんでした?サルマリアやリオレンド出身の方もいらっしゃいましたよね?」
なんでそんな事まで知ってるんだ、この女王。
エリザか?もしかしてあの猫のせいか?
「何の事でしょうか?」
とりあえずとぼけてみる。
確かにミルナ達の故郷巡りはする予定だが、そんな音楽布教行脚みたいなことはしたくない。ミルナ達の両親に挨拶をして、さっさと帰る予定だ。まあ多少の観光くらいはするかもしれないが、布教活動なんて面倒な事はお断りだ。
「ふふ、とぼけても無駄ですよ?全部知ってますから。」
やはり情報は筒抜けらしい。
絶対エリザだ。間違いない。あとであの猫は説教だな。
「まあそうだとしても私が布教活動する理由にはなりませんよね?」
「そうですね?でもアキさん、会議で顔を合わせた王族の方々の国を訪れるのに、挨拶はされないのですか?シルヴィア王女殿下あたりは何て言うでしょうね?」
アイリスが不敵な笑みを浮かべながら言う。
これは遠回しに「シルヴィにばらすぞ」と言っているのだろう。アキとしてはシルヴィやステラに内緒でリオレンドとサルマリアに行くつもりだったが、それをしたらアイリスがご丁寧にも告げ口をしてくれるらしい。
最低だ、この女王。
「・・・わかりました、前向きに検討させて頂きます。」
結論、それなら少しくらいは音楽普及活動をするとしよう。シルヴィやステラに面倒な事を言われて絡まれるくらいなら旅の途中で音楽布教する方が遥かに楽だ。
「あら、無理を言ったようで申し訳ありません。よろしくお願いしますね?」
そう言いながらくすくすと笑うアイリス。
白々しい。この女王、いつか絶対後悔させてやる。