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「こう見えても結構忙しいんだよ。」
嘘ではない。最近エスぺラルドで侯爵になったせいで、アキは領地を下賜された。国家会議や音楽祭があるという理由で先送りにしているが、本来であればすぐにでも領地へ赴き、領主として内政に励まなければならないはずだ。
だからミルナ達の故郷巡りも中止するべきかと考えたくらいだ。ただベルは領地の方はしばらく大丈夫だと言ってくれた。アキが元々計画していた旅行を中止させない為、王女の権力を使って色々と手を回してくれたのだろう。
とはいえいつまでも領地を放置しておくわけにもいかない。ベルのおかげで多少の時間は稼げただろうが、きっと色々な問題は出ているだろうし、ベルにあまり迷惑はかけたくないのが本音だ。
それに領地だけではなく、アキにはユーフレインでの活動もある。というかむしろこっちがメインとも言えるだろう。ユキがオリハルコンの調査を終えたら、本格的にこの件で忙しくなる。
「ふーん?でも王都には寄りなさいよね。」
「・・・人の話聞いてた?忙しいって言ったんだけど。」
「聞いていたわよ。でもこの私に会えるのよ。会いに来て当然でしょ。」
確かに普通なら王女がわざわざ時間を作るのだから謁見しに来いとなったらどんなに忙しくても時間を割いて会いに行く。だがシルヴィの場合、会いに行ったところで碌な用事ではないのがわかっている。歓待はしてくれるのかもしれないが、変に絡まれるだけだし、エリク王子まで絡んで来たら目も当てられない。そんな事が起こるのが目に見えてわかっているのに、会いに行く必要があるだろうか、いや無い。
「え、嫌だけど、」
「なんでよ!じゃ、じゃあ私の方から行ってあげるわ!リオレンドのどこへ行くつもりなのよ!」
それはそれで迷惑だ。来ないでくれ。
「知らない。」
というより、リオナの故郷の事は聞いてないから教えたくても教えられない。まあ知ってても絶対おしえないけど。
「なんで婚約者の故郷を知らないのよ!?」
「そんな事言われても知らないものは知らないんだよ。」
シルヴィの言う通り、婚約者の故郷である村の名前や場所くらい事は聞いておくべきだっただろう。でもリオナが案内してくれるし、行く時に聞けばいいと思ったので、調べてなかった。だがこれがある意味功を奏した。本当に知らないのだからシルヴィに余計な情報を与えなくて済む。
「・・・じゃあわかったら連絡しなさい。」
この王女、本気でリオナの故郷まで来る気なのか。
どうしてここまでシルヴィはアキに拘るのだろう。ベルのモノを奪いたいとかアキが気に入ったからだと本人は言っているが・・・本当にそうなのだろうか。後でベルに聞いてみよう。
しかしシルヴィに来られるのは絶対に嫌だ。迷惑だし、面倒というのも当然あるが・・・何よりリオナの故郷であるモフモフ帝国をアキが堪能できなくなる。断固阻止だ。
「前向きに検討します。」
大人が断る時の上等文句。これを言われたら最初から検討するつもりなんてない、断る気しかないというアレだ。まあシルヴィにそれがわかるとは思えないが、わからないこそ効果的だろう。
「アキとやら、我が王都に来るなら歓迎する。いつでも来るかよい。」
話しを聞いていたであろうリオルグが会話に入ってきた。
これは流石に無下には断れない。リオルグの場合、変な打算などはないだろうしな。リオレンドに来るなら顔を見せろと親切心で言ってるだけに違いない。まあシルヴィ王女の悪だくみを手助けしようという親心が少しくらいはあるのかもしれないが・・・
「ありがとうございます。前向きに検討させて頂きます。」
とはいえ今回は本当に行く気はない。いつか時間に余裕が出来たら訪問するのもいいが、今回は無理だ。リオナの故郷へ行って、モフモフを堪能し、さっさと帰る。
「まあいいわ。アキ、連絡待ってるわよ。わかったらすぐ連絡しなさいよね。」
「前向きに検討します。」
「・・・なんでそんな他人行儀なのよ。」
シルヴィはちょっと不満そうだが、一応納得はしてくれた。
「アキさん・・・」
ベルが、やっとステラに解放されたらしく、疲れた表情でアキのところにトテトテと歩いて来た。
「ベル・・・帰ろうか。」
「・・・そうですね、なんかドッと疲れました。」
アキはアイリス達に簡単な挨拶だけして、会議室からそそくさと退出する。そしてミルナ達が待つ別室で彼女達と合流し、さっさと屋敷へと引き上げた。
長い1日だったが何とか終わった。色々面倒な事もあったが・・・無事会議を終えられた事は何よりだろう。明日も色々と予定はあるが、一番の大仕事を終え、少し肩の荷が下りた気分だ。