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アリステール東部の森への転移は問題なく終わった。エルミラ達は転移に大層驚いていたが、まあ初めて経験したのだから当然だろう。ミルナ達はさすがに慣れたもので、転移直後、すぐ周囲の警戒にあたってくれた。
「おー、もう地竜はミルナ達の敵じゃないか・・・」
一番の心配は転移直後、魔獣に襲われる事だった。エルミラ達に危険が及ぶのはさすがに不味い。万が一があったらアキの責任になってしまう。だから本来であればまずアキが先に転移し、森の安全を確認してからエルミラ達を連れて行くのが正しい方法だっただろう。だがミルナ達が同行してくれると言う事で、今回は効率を優先した。
そんなアキの予想通り、何も問題はなかった。いや、魔獣には襲われたので、問題はあった。ただミルナ達が危なげなく駆除してくれているので危険はない。
アキが転移先に選んだ森の奥地、この世界で初めて来たあの場所だが、どうやら今は地竜の巣になっていたらしく、転移した途端、複数の地竜に囲まれた。これは不味いとオリハルコンを構えたが、ミルナ達が瞬時に散開し、各個撃破し始めた。
ミルナ達と初めて出会った時は4人で1匹の地竜に苦労していたのが嘘のようだ。いつの間にか単独で討伐出来るくらいに成長していたらしい。
「あれアキ、知らなかったのか?みんな成長してるんだぞ?」
片手間で地竜を討伐していたエリスが声を掛けてくる。
「毎日一緒に訓練してるとわからないものだよ。」
ずっと一緒にいると変化に気付きにくいというやつだ。
「そんなものか?」
不思議そうに首を傾げるエリス。どうやらアキの言っている事がピンとこないらしい。まあエリスは今でもうちでは最強。片手間で地竜を討伐出来るエリスくらいになれば戦闘力くらい正確にわかるのかもしれない。
とにかく魔獣はうちの子達に任せておけばすぐ殲滅してくれるだろう。アキはアキで必要な事をしておくとしよう。
「エルミラ陛下、しばらくお待ちください。」
まずはエルミラ達に心配するなと声をかけておく。
「魔獣が片付いたら魔法をお見せしますので。」
ミルナ達が魔獣を討伐している間に、アキは索敵魔法で周囲を探る。特に人の気配はない。これなら遠慮なくデモンストレーションを行えそうだ。
「うむ・・・あの子達は相変わらず凄いな。」
「ええ、自慢の嫁達です。」
それだけは胸を張って言える。
やはりミルナ達が褒められると自分の事のように嬉しい。
「でも下手に敵に回したら国が滅びそうですね。」
「そうですね。以前より遥かに凄くなってますね。」
アイリスとイルはミルナ達の動きに驚きを隠せないようだ。彼女達の事は闘技大会で見ているはずだが、あの時より遥かに成長しているから当然だな。
「大丈夫ですよ。あの子達平和主義ですから。」
ミルナ達は基本的に人畜無害だ。エレンは短気だし、エリスは戦闘狂ではあるが、不当な暴力を振るう子達ではない。
「でもアキさんに変な事をしたら大変な事になるでしょう?」
「あー・・・まあそれは・・・なりますね。」
そうだった、確かにアイリスの言う通りだ。基本的には平和主義なミルナ達だが、アキが絡むと性格が変わる。下手したら本当に国が亡ぶ。何を大袈裟なと思うかもしれないが、アキの身に何かあったらミルナ達は絶対にやる。本気で怒ったらミルナ達は超怖いからな。身に染みて知っている。
「ふふ、愛されていますね?」
「ええ、光栄な事です。」
あの子達のそういう行動はアキを想っての事なので、気持ち的には嬉しい。ただ後始末が大変になるので、断じて阻止するが。まあアイリス達もそんな事はわかっているから大丈夫だろう。リオレンドだけはどうかわからないが。
「はっはっはっ、エリクよ、あの場で変な考えを起こさないで正解だったな。」
「え、ええ・・・そうですね・・・」
リオルグが豪快に笑う。そしてエリク王子はどこか青ざめた様子でミルナ達を見つめている。先程アキとやり合った事を後悔しているのかもしれない。
よかった。リオレンドも大丈夫そうだ。というかエリク王子もこれでアキやベルにちょっかいをかけようとは思わないだろう。そう言う意味では地竜には感謝だな。
「ふーん?面白いわね・・・」
ただシルヴィだけが何か不穏な言葉を呟いている。あの子だけは何を考えているのかわからないので怖い。碌な事を考えてなければいいんだが・・・
「今ここでアキとやらに抱き着いたりすればどうなるかしら・・・」
ボソッとそんな事をシルヴィが呟いたのが聞こえた。
うん、やめろ。そんな事したらミルナ達が暴走する未来しか見えない。それにベルもそんなミルナ達を絶対止めない。本当に洒落にならないのでやるなよという意味を込め、シルヴィをおもいっきり睨みつける。
「じょ、冗談よ。だから睨むのやめてくれないかしら・・・」
嘘つけ。絶対本気だっただろう。まあ思い直したようなので今は許すが。
「アキ!終わったわよ!・・・って怖い顔してどうしたのよ?」
丁度その時、魔獣を掃討し終わったのか、エレンがタタタと駆け寄ってきた。
「なんでもないよ。おつかれ、エレン。」
エレンの頭を撫で、適当に誤魔化す。
「な、なにすんのよ・・・!」
文句を言いつつも、もっと撫でろと嬉しそうに頭を傾けてくるエレン。ちょっと誤魔化し方がわざとらしかったが、不審に思っていないようだ。
「アキさん!私も頑張ったですー!」
「こっちも終わりましたわ。」
「えへへ、頑張ったよ?」
ミルナ、ソフィー、リオナの方も一通り片付いたらしい。
これで準備は整ったな。
「では始めようか。」
ただその前にミルナ達を撫でさせられたのは言うまでもないだろう。