29
「えー・・・そろそろ転移したいんですが、いいでしょうか。」
シルヴィのせいで一悶着あったが、なんとか場は収まった。まあ収まったというよりは問題を先延ばししただけな気もする。今後もシルヴィは、冗談なのか本気なのかはわからないが、アキをベルから奪おうとするだろう。そしてその度に2人が口論するのは確実だ。さらにそこにエリク王子が加わらない保障はどこにもない。
果てしなく面倒だ。毎回毎回シルヴィやベルを諫めるのはアキの役目になるのは分かり切っている。だから出来るだけ面倒事はこの場で片付けてしまいたかった。
だがアキは問題を先送りする事にした。まあ現実逃避だ。何故ならシルヴィの行動があまりにも想定外だったからだ。エリク王子を納得させたまではよかったのだが、リオレンドの王女があそこまで面倒な性格をしているとは思わなかった。時間をかけて話せば何とかなった気もするが・・・魔獣に関する大事な会議の最中にこれ以上シルヴィに時間を割くのは得策ではないと考えたのだ。とはいえこれは体面上の理由で、本心はこの王女が面倒過ぎて逃げたかっただけだが。
「あら、もう婚約者争奪戦はやらなくてもいいんですか?」
「争奪戦でもなんでもないです。アイリス陛下、変な事を言わないでください。」
アイリスがくすくす笑いながらそんな事を言ってくる。ここで煽るのはやめて欲しい。せっかくシルヴィが引いてくれたのに、またやる気になったら困るだろうが。
「ふふ、ごめんなさい。貴方達を見ていると飽きないからつい。」
それはなんとなくわかる。部外者なら愉快なものだろう。対岸の火事なんて見ている分には楽しいものだからな。だが当事者にとってはたまった物じゃない。
「それよりさっさと魔法をお見せして会議の続きをしたいのですが・・・」
「それもそうですね。では争奪戦は会議が終わったらたっぷりしてください。」
だからそう言う煽りをやめろと言ってるんだ。しばくぞ、この女王。
「しません。」
この会議が終わったらベルを連れて速攻に引き上げるに決まっているだろう。もう既に帰りたいくらいに疲れているのに、これ以上の茶番はいらない。
「あら、残念。ではそろそろ本当に魔法を見せて頂きましょう。」
やっと話が進んでくれた。よかった。
「それで今から転移をするんですよね?私達は何をすればいいのですか?」
「そうですね・・・」
そう言えばアイリスは転移が初めてだ。エルミラやルベルシアもまだだし、ステラも体験させたことなかった。この中で転移した事あるのはベルやミルナ達だけだ。
「ではそこの円卓に座って手をおいてください。」
転移する際、アキに触れていなければいけないと以前言ったが、物理的に触れ合っている必要はない。物を介してでも問題はないのだ。この場合、円卓のテーブルごと全員を転移させれば大丈夫というわけだ。
何故そんな事がわかるのかというと、事前に検証しておいたからだ。ミルナ達となら手を繋いで転移すればそれでいい。だが今日のように、エルミラやイル達と転移する事になった場合、皆で仲良く輪になって手を繋いで・・・は何か違う気がした。というかおっさん達と手を繋ぎたくない。
「アキさん・・・私達はどうすればいいんですの?」
ミルナがツンツンと肩を叩いて尋ねて来る。
「そうだな・・・」
各国の王族達は円卓に着いてくれた。たださすがにミルナ達が座る場所はない。テーブルの上に乗れとかは言えないし・・・まあここはいつもの方法で行くとしよう。
「ミルナ達は俺にくっついて。」
「し、仕方ないわね!」
「わ、わかったよ。」
エレンとリオナがどこか恥ずかしそうにアキの袖口をそっと掴む。エリス、アリア、セシル、エリザも2人と同じようにアキにくっついてくる。ちゃんと場を弁え、イチャイチャしてこないのはありがたい。
「はい!ですわ!」
「ですー!」
まあミルナとソフィー以外はだが。こいつらは嬉しそうに抱き着いてくる。どうやら遠慮とか弁えるとかいう言葉はこの2人の辞書にはないらしい。
「えっと・・・ベルはそこに席あるよね?」
あとベルもだ。何故か彼女もアキに抱き着いている。
「私だけ仲間外れは酷いです!」
「いや、そう言う事じゃなくて、ベルは椅子に・・・」
「イヤッ。」
これは言っても聞かないやつだ。まあベルを含め、ミルナ、ソフィーはいつも通りという事だ。それにここでベルを無理矢理引き剥がしても拗ねられるだけだし、好きにさせよう。今更ベルがアキとイチャついたところで誰も文句言わないだろうしな。
「もうそのままでいいよ。」
「はーい!」
ベルはこれでいいとして・・・あとはルティアだ。彼女の事だからアキの言葉を聞いてテーブルのどこかに隠れてくれているとは思うが、一応確認しておきたい。
そう思い、アキが索敵魔法を使うと・・・案の定テーブルの下から反応があった。不自然じゃないようテーブルの上においてあった会議資料をわざと床に落とし、それを拾い上げるふりをしてそっとテーブルの下を覗いてみる。
「・・・あ。」
「む、むぅ・・・」
いた。テーブルの下にうちの可愛い小動物が貼り付いていた。もの凄い膨れっ面でこっちを睨んでいるけど。
「こ、こほん・・・では全員準備が出来たようなので、転移しますね。」
姿勢を正し、軽く咳払いをして宣言する。
ルティアの事は見なかった事にしよう。うん、それがきっとお互いの為だ。
「ミルナ達は転移したらすぐに周囲警戒。魔獣がいたら適当に排除してくれ。15分くらいで戻ってくるからそのつもりで頼む。」
うちの子達は護衛として連れていくのが条件なので、ちゃんと働いてもらう。
「「「「了解。」」」」
それにアイリス達がいなくなって大騒ぎになるのは不味いので、短時間で終わらせる。あまり時間をかけ過ぎると王宮のメイド達に気付かれる可能性があるしな。
「ではいきます。」