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「アイリーンベル・エスぺラルド王女殿下、シノミヤ・アキ侯爵様、お待たせいたしました。イアイリス女王陛下がお待ちです。ご案内させて頂きます。」
先程この控室まで案内してくれたメイドがアキ達を呼びに来た。どうやら会議に準備が整ったらしい。
そう言えば、今思い出したが、アイリスの本名はイアイリスだった。いつもアイリスと呼んでいたし、ベル達も愛称でしか呼ばないからすっかり忘れていた。一瞬誰の事だろうと思ってしまった。危ない。今日は公式の場なのだからアイリスと呼ぶわけにはいかないだろう。気を付けよう。
「じゃあベル、行くか。」
「ええ、参りましょう。」
「アリアはここで待っててね。」
流石に会議の場へはアリアを連れて行けない。個人的には彼女にも来て貰った方が色々とありがたいのだが、まあ仕方ないだろう。
「はい、何かありましたらいつでもお呼びください。」
「うん、ありがと。」
「いってらっしゃいませ。」
アリアが綺麗に一礼をして送り出してくれた。
さあ、いよいよ本番だ。
鬼が出るか蛇が出るか。まあ会議自体は平穏に進むとは思うんだが・・・各国との問題は顔合わせの時だろう。例のリオレンドの王子がどれだけ突っかかってくるかが問題だ。
「ベル、そういやリオレンドの王子の名前は何て言うんだ?」
会議室へと続くであろう王宮の廊下を歩きながらベルに尋ねる。先導してくれているメイドに聞こえないよう、一応声量は落とす。
「・・・知りません。」
「いやいや・・・知らない事ないだろ。」
「じゃあ忘れました。」
じゃあってなんだ、じゃあって。大体ベルがリオレンドの王子の名前を知らないはずがない。それにベルに好意を寄せていた人間なのだから絶対に覚えているだろう。
「嘘つくなよ。」
「だ、だってー・・・」
そんなにそいつの事が嫌いなのか。
「でもその王子の事、別に嫌いだとは言ってなかったと思うんだが?」
ベルは彼の事を「優秀な人間」だと言っていた。そして言い寄られはしたが、心が動かなかっただけで、毛嫌いしてるとは一言も言ってなかった。
「まあ・・・人として嫌いとかはないですけど。」
「じゃあなんでさっきから露骨に嫌そうな顔してるんだよ。」
「アキさんと私の間に割って入ろうとするの人間なんて死ねばいいんです。」
うちの王女様の暴言が酷い。
「いや、まだ突っかかってくるって決まったわけでは・・・」
面倒事が起こるであろうという体で話してはいるが、何もそうなると決まっているわけではない。むしろ素直に祝福してくれる可能性も僅かながらもあるだろう。
「突っかかってくるに決まってます!」
「何を根拠に・・・」
「なんとくなくです!!!」
どうやらアキとの仲を邪魔するかもしれないというだけで、ベルにしてみれば最大の「敵」らしい。まあ気持ちはわかるが。
「なんだそれ。っていうかそれだけ敵意剥き出しなら俺は何もしなくてもよくないか?ベルがはっきり言えばそれで済む話な気がするけど?」
ベルは「アキさんがなんとかして!」としきりに言ってくるが、必要ないのではなかろうか。ベルがこの勢いで威圧してしまえばいいような気がする。
「それは嫌です。」
嫌なだけで出来ないわけではないらしい。
「出来るならやってよ。」
「絶対嫌です。私はお姫様なのです。淑女なのです。アキさんのお嫁さんなのです。ですからアキさんに守ってもらいたいのです。」
わかりましたかとベルがもの凄い形相で睨んでくる。
うん、それをすれば大抵の男は萎縮して引き下がると思うんだが・・・
「・・・淑女?」
「は?何か文句でも・・・?」
「いえありません。」
「はい。」
にっこりに微笑むベル。まあつまり自分でも何とか出来るけど、アキに何とかして欲しいと言う事だ。うちの王女様は我儘だから仕方ないか。
「わかりました。俺が何とかしますよ、お嫁さん。」
「ふふ、はい、頼りにしています、旦那様。」
「・・・お二人は仲睦まじいんですね。羨ましい限りです。あ、到着しました。会議室はこちらの扉を入ったところです。」
案内してくれたメイドがそう言って一礼する。いつの間にか会場に着いていたらしい。どこか冷ややかな目でこちらを見ていたのは気のせいだろうか。しかもこのメイドの発言から察するに、アキとベルの会話は聞こえていたようだ。
「はい!とても仲睦まじいです!」
ベルがもの凄い嬉しそうな顔で返事をしている。
今のは多分「こんなところでイチャイチャするな」という嫌味だと思うのだが・・・ベルには一切通用していない。
さすがだ。まあベルだしな。
「ベル、じゃあ行くよ?」
「はい!れっつごー!です!」
とりあえずベルの機嫌がもの凄くよくなったので、よしとしよう。アイリスのメイドさんありがとう。あとなんか色々迷惑かけて申し訳ない。