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庭に出ると夜風が顔を擽る。夜の空気の匂いが花壇の花の香りと混ざり、どこか懐かしいような切ないような気持ちにさせてくれる。エスタートの屋敷の庭はさすがに立派なもので、専属の庭師によってしっかり手入れされている。まるで1つの芸術品のようだ。
アリアとセシルはアキの邪魔をしないよう静かに後をついてくる。
「アリア、さっきのは?」
アキがポツリと呟く。
「本当の気持ちですよ?ただ……自分達の好意を利用されたとわかった後の彼女達の態度が気に入らなかったのでつい……。」
「でもアリアの事だって利用したんだけど?自分が手を汚す練習の為だけに。」
「はい、でもそれで私は救われました。アキさんに感謝はしても遺憾に思う気持ちなど微塵もありません。」
アリアは一呼吸おいて続ける。
「だから気に入りませんでした。綺麗な世界しかしらない癖に。人を殺したからなんだというのですか。気持ちを利用されたからなんだというのですか。自分たちの為にやってくれたのならすぐにでもアキさんにありがとうと言うべきでしょう。」
アリアの声に怒りの色が濃く混じる。
「それなのにうじうじと……気持ち悪い。アキさんがどれだけ必死にやっていたかも理解しないで自分達だけが可哀そうな雰囲気だして。」
「人を殺めたんだ、そうなるだろう。」
「私は見ていました、アキさんがブランを殺すところを。私は自分が負うせめてもの責任だと思ったので見届けました。アキさんは躊躇することもなく、今日手に入れたばかりの大事な武器で淡々と一閃しただけでした。その武器で最初にすることが人殺しなのに。その後もアキさんは悲しむこともなく、私にこれで大丈夫だねと言ってくださいました。それで私がどんなに救われたか……アキさんが……アキさんに……。」
アリアの目から涙が零れる。
「ありがとう、俺なんかの為に怒ってくれて。」
優しくアリアに礼をいって頭をぽんぽんと軽く撫でる。
「す、すいません……だから……つい我慢できなくて……ただ私だけは必ず側にいますから。それだけは覚えておいてください。」
「いいって。どう受け取るかは人それぞれだから。でもアリアはそうやって思ってくれたんだよね。少し救われたよ。」
ありがとうございますと泣きながらも嬉しそうに笑うアリア。アキも彼女の言葉に多少なりとも救われたのは事実だ。この先の予定がどうなるかわからない以上、彼女が掛けてくれた言葉に安堵した。
「アリアはやっぱり笑顔が可愛いね。」
「は、はい……!ありがとうございます!」
アリアは両手を胸の前でギュッと結び、頬を染めながらも花のような笑顔をアキに見せてくれる。
いつの間にかアキも1人でいる事を寂しがるようになってしまったようだ。自分自身の変化が面白くてついアリアと共に笑ってしまう。
「こういう時に笑えるアキさんは凄いと思いますよ。」
セシルが穏やかな声で話しかけてくる。
「そうか?」
「私は完全に部外者で何も言う資格なんてないと思います……けど……。」
「気にしないでいい、セシルにも情報収集頼んだりしたんだから関係者だよ。」
言いたい事があるなら話すようにと促す。
「でも……私もどちらかというとアリアさん側です。彼女達に同情はしていましたが覚悟や雰囲気には元々思うところはあったんです。Sランクを目指すというのに本気かどうかよくわからないような感じでしたし。」
セシルの言葉を聞いてアキは驚いた。セシルはてっきり中立か、ミルナ達に同情すると思っていたのに、まさかアリア側の意見に賛同するとは予想外だ。
「本気でSランク目指すなら必要な事なんですよね?支部長の話を一緒に聞いていたのでわかります。なら彼女達は感謝すべきです。」
セシルの目にも明らかに怒りの色が宿る。
「本来なら自分達で理解しなければいけない事なのにあの人達は何もしなかった。しようともしなかった。だからアキさんがしてあげたんです!人にお膳立てまでしてもらっておいてなんですかあの態度は!酷い?傷ついた?傷ついたのは!刺されたのは!アキさんです!」
セシルが珍しくイラついたように叫ぶ。普段の彼女であれば考えられない態度だ。実際2人ともあの場では相当イラついていたのだろう。ただアキを気遣って我慢してくれていた。それが今爆発しているのかもしれない。
「あの人達がアキさんを見限るというなら別にいいです。私も見限ります。専属担当なんてこっちから願い下げです。私はアキさんの専属担当に変えてもらいます。」
Bランクじゃないと専属になれないのではなかったか?言っている事が滅茶苦茶だなと思いつつも口には出さなかった。彼女の言いたい事は十分に伝わった。セシルのその気持ちが素直に嬉しい。
ただアキはアリアやセシルがここまで慰めてくれる事が気になった。ミルナ達の前でそんなに不安そうな表情をしていたのだろうか。
「俺そんなに悲しそうな表情でもしてた?」
「いえ、全く気にしてないようでしたので逆に清々しいくらいでしたよ?」
セシルはその時の様子を思い出しているようだ。
「そうなんだ。2人が必死に励ましてくれるからてっきり絶望に打ちひしがれた表情でもしていたのかと思ったよ。」
「あ、それは単純に私、いえ私とアリアさんがムカついたから……いま発散してるだけです……。」
恥ずかしそうにセシルが呟く。そんな正直に言わなくてもと苦笑するアキ。
「それに……それは私達だけじゃないでしょうけど。」
アリアが涙を拭って窓の方を見上げる。
爺さんか。余計なことしてないといいけど。たがお節介を焼くのが大好きな好々爺だ。どうせ間違いなくしているだろう。アキはやれやれと溜息を吐く。
だがアキのその様子を見ていたセシルが申し訳なさそうに謝ってくる。溜息の意味を勘違させてしまったようだ。
「アキさん、余計な事言ってごめんなさい。」
「そんなことない。セシル、ありがとう。励ましてくれて嬉しいよ。」
励ましてくれたセシルの兎耳を勝手に撫でる。
「い、いえ……ひゃっ!ア、アキさん!触っていいっていってない……!」
「ダメ?」
「……ダメじゃない。アキさんが安心できるならいくらでも……いいよ?」
上目遣いでセシルが恥ずかしそうに見つめてくる。とりあえず許可も貰った事だし、素晴らしい触り心地の兎耳を堪能する。
その様子を見ていたアリア。しばし逡巡した後、何かを思いついたようでセシルに問いかける。
「セシルさん、すいません。兎耳ってどこで売ってますか。」
「え?はい?売ってはいないかと……思いますが。」
「なるほど、では捥ぎますか……。」
「え?な、なにを?何をですか……!」
アリアが恐ろしい事を言っている。
「セシル、これ、捥げるの?」
アキはセシルの耳の付け根を優しく握る。
「もげないから!やめて!もがないでえええ!」
セシルはなんだかんだ弄り甲斐がある。セシルには冗談だと謝り、改めて兎耳を優しく撫でてやると気持ちよさそうに目を細めている。それを見ていたアリアがまた良からぬことを考えてそうな顔をしているが……アキは深く考えないことにした。
「そろそろ戻るか。」
もう十分に時間は潰せた。ミルナ達も落ち着いただろう。アキはアリアとセシルを連れ立って屋敷へと戻る。




