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「結婚式するなら結婚指輪も用意しなきゃな。」
この世界では結婚指輪は一般的なものではないらしい。まあ一夫多妻・一妻多夫制の世界で指輪をそれぞれ作っていたら多妻・多夫側の指が足りなくなるので、浸透していない文化なのは仕方ない事だ。ただアキが指輪の意味をミルナ達に説明したところ、みんな「欲しい!」と言ってくれた。
「みんな同じデザインの指輪でいいよね?」
「「「「はいー!」」」」
さすがに何個も指輪をはめたくはないので、同じデザインの指輪を用意して、全員に渡すつもりだ。これならアキも指輪を1つ着けるだけで済む。
「アキさん、王家御用達の職人を紹介しますか?」
ベルが提案してくる。
彼女の紹介であれば問題ないだろうが、その必要はない。
「いや、爺さんに頼むよ。」
「あ、そうですね。そのほうがよさそうです。」
爺さんのミレンド商会は大商会だ。いまや大陸1の商会にまで成長しようとしている。王家御用達の職人も悪くはないとは思うが、懇意にしている爺さんに頼んだ方が安心だろう。ベルもそれを分かってか、すぐに引き下がってくれた。
「アリア。」
「はい、イリアナさんに連絡しておきます。」
デザインや予算などはアキが後日直接相談しに行くつもりだが、取り急ぎ打診だけでもしておきたい。きっと爺さんの事だから良い職人の当てを付けておいてくれるだろう。
「例の手紙は程々にな・・・?」
一応釘を刺しておく。結婚指輪の依頼となったらアリアとイリアナが暴走するのは目に見えてるからな。
「・・・はい。」
不承不承ながらも頷くアリア。
「あの・・・アキさん。」
「ん?どうした?何か問題があるのか?」
やはり手紙でイリアナに暴言を吐きたいのだろうか。そこまでやりたいなら止めはしないが・・・
「あ、いえ、問題はないです・・・ただ結婚指輪も欲しいんですが・・・一つ、おねだりしてもいいですか?メイドの身でありながらこのようなお願いは不相応だと思いますが・・・ごめんなさい。」
アリアが申し訳なさそうな表情で呟く。
「いや全然いいよ。むしろ嬉しい。何が欲しいの?」
彼女が何かをおねだりして来るのは珍しい。というか初めてかもしれない。一体何が欲しいのだろう。
「は、はい!あの短剣をくださると以前言っていたので・・・それが欲しいなと・・・思いまして・・・」
「あー・・・ごめん。渡し忘れてたな・・・」
おねだりでもなんでもなかった。
「い、いえ!図々しくてすいません!」
「いや、俺が悪い。」
これはアキが忘れていただけで、短剣は既に用意してあるし、「今度渡すね」とまで言ってあった。完全にアキの失態だ。
「むしろ『早く渡せ、忘れてるだろ』くらい言ってくれ。俺が忘れてただけなんだしな・・・」
「そ、そんな!」
畏れ多いですと俯くアリア。
「いいんだよ。それくらいで。なあ、セシル?」
「ふぇ!?わ、私ですか!」
短剣を渡していないのはセシルも一緒だ。
「うん、セシルも欲しかったんだよね?」
「えっと・・・」
「いらないならあげないけど?」
「ええええ!?いやです!じゃあアキさん!さっさとよこせください!!!」
セシルはギュッと目を瞑り、兎耳をピコピコと揺らしながら叫ぶ。
はい、可愛い。
「よく言えました。ちょっと待ってて、すぐ持ってくる。」
アキは自室に戻り、保管してあった2人の短剣を持ってリビングへ戻る。
改めて渡すのが遅れた事を2人に詫び、短剣を渡す。
「使う事ないのが一番だけど、何かあったらこれで身を守るようにね。」
「「はい!」」




