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「シノミヤ・アキ。面を上げていいわよ。」
アキは顔を上げるが、決して返事はしない。ユキが話していいと許可をしてないのに、言葉を発すれば不敬にあたると昨日教わった。まあユキがそんな事でアキを罰したりしないのはわかっているが、今は第三者の目がある。
「其方の直答を許す。」
「はい、ユーリロキサーヌ王女殿下。本日は愚性の為にお時間を頂き・・・」
ユキがそっと手を挙げ、アキの言葉を遮る。
「いい。私が呼んだのだから多少の無礼は気にしない。楽にしなさい。」
ありがたい。
アキが話しやすいようユキが配慮してくれた・・・わけではなさそうだ。うん、ユキの目が明らかに「その言葉遣い気持ち悪い。鳥肌が立つ」と言っている。
「ありがとうございます。」
「よろしい。それで其方を今日呼び出した理由・・・褒美を与える為よ。」
打ち合わせ通りだ。
「はい。」
「其方は『私を楽しませる』という条件を満たした。よって侯爵の爵位を与える。」
ユキがそう口にした瞬間、近くにいた貴族が声を荒げて叫ぶ。
「王女殿下!このような下賤な平民にその褒美は相応しくないかと!」
予想通り物言いが入った。ユキが「邪魔する馬鹿はきっといる。」と昨日言っていたし、特に驚きはしないが。
「・・・私がまだ話しているのに、其方は誰の許可を得て発言をしているの。」
「あ、いえ・・・」
「わかったなら黙っていなさい。」
「は、はい!申し訳ございません!」
ユキは声を荒らげてもいないし、無表情のままだ。睨みつけて威圧するだけで馬鹿貴族を黙らせた。凄いな、これが「氷姫」の真骨頂か。
「はぁ・・・もう途中で邪魔しないで。では続き。侯爵を与えるけれど条件付きよ。さすがに『例の催し』の褒美として侯爵位は釣り合わない。よって一代限りの名誉爵位扱いとする。領地も俸禄も無しよ。ただし屋敷と1回限りの報奨金は与える。侯爵にした理由は其方の軍事戦略に対する助言が的確だったから。今後も相談する可能性がある。だから私に対して発言権がある侯爵とする。」
「有り難く拝受させて頂きます。」
これも打ち合わせ通り。条件付きの侯爵位にする事で、他の貴族達から妬みを買わないようにする。侯爵とはいえ、領地もなければ、俸禄もない。あるのはユキに対する発言権のみ。実質的な権力は無いに等しい。これならさすがに誰も文句は無いだろうとの事だ。
「これならいいでしょ?文句がある者は言いなさい。」
ユキの問いかけに声を上げる者はいない。どのみち王女が「いいでしょ?」と言っている時点で決定事項だ。これに反論出来るのはユキと同列の立場である王族のみ。この場で言うなら王子である兄のシエルだけ。
「・・・大丈夫のようね。ならそのように処理しなさい。」
ユキがチラッと宰相らしき男へ視線を送る。
「王女殿下の仰せのままに。」
「今日中。」
「はっ。」
本当に凄い。ユキがちゃんと「王女」してる。それにこの威圧感やオーラは下手したらベル以上かもしれない。
「話は終わり。其方、もう帰っていいわ。」
「はい。ごきげんよう、王女殿下。」
当たり障りのない挨拶をして退出する振りをする。ユキの言う通り、爵位に関する話はこれで終わりだ。だがそれとは別にユキにはお願いしている事がある。
「あ、ちょっと待ちなさい。」
退出しようとするアキを呼び止めるユキ。2人による完全な茶番だ。
「はい、王女殿下。」
「其方が連れている美しい女性達は誰かしら?」
ユキには「ミルナ達とはどういう関係?」と聞いて貰えないかと頼んでおいたのだ。何故ならうちの子達がこんな貴族達が集う場所にきたら間違いなく面倒な連中に目を付けられる。「俺にその女を差し出せ」と言われるだろう事は容易に想像出来た。
実際、今も複数人の貴族達がベルやミルナを卑猥な見ている。このまま謁見の間を出たら絶対に絡まれるだろう。小説やドラマならそういう展開もありかもしれない。だが現実でそんな事をされるのは絶対にお断りだ。だからユキに頼んだ。彼らに「俺の女に手を出すな」と牽制する為に。
フラグ?そんなのは知らん。
「彼女達は私の妻達です。さすがに王女殿下の美しさには敵いませんが・・・自慢の妻達ですよ。」
「あら、ありがと。お世辞でも嬉しい。」
「世辞ではありませんよ。」
「そう?なら私も側室として末席にでも加えてもらおうかしら。」
「・・・は?」
おい、台本にないセリフを言うのはやめろ。しかも滅茶苦茶返答に困るだろうが。断ったらユキに不敬と処罰されかねないし、喜んでと迎え入れたらアキがミルナ達に殺される。逃げ道がない。ミルナ達も頬をヒクつかせ、苦虫を噛み潰したような顔になっている。
ただアキやミルナ達が何かを言う必要はなかった。
「王女殿下!下賤な平民相手に何をおっしゃってるんですか!!!」
トドのような男がアキの代わりに叫んでくれた。
誰かは知らんが、ありがとう。
「・・・だから誰が其方に発言を許可したの。」
ユキが突き刺さるような冷たい目で男を睨みつける。
「し、しかし!私は王女殿下の為を思って・・・!」
ほう、引き下がらないのか。
なるほど。この必死な態度・・・どうやらこのトド型の貴族様はユキに恋慕の情があるようだ。
「黙りなさい。伯爵風情が私に意見するなど・・・不敬罪で裁かれたいのかしら。」
ああ、ユキは間違いなくこの伯爵の恋慕の情をわかってるな。わかった上で体よく断る為、この茶番を利用しようとしているのだろう。
「も、申し訳ございません・・・しかしどうか再考を・・・」
なんとか食い下がろうと意見を述べるトド伯爵。だがユキはそれを完全に無視し、アキの方へ話しを振ってくる。
「其方、どう?」
ユキの為、茶番に付き合ってはやりたいが、承諾するわけにはいかない。アキとしてもユキを娶る気はないのであまり不用意な事は言えない。
「申し訳ございません。側室など王女殿下に失礼でございます。それに私にそれほどの甲斐性があるとも思えませんので・・・」
「そう。まあただの冗談よ。」
どこか残念そうな目をしているユキ。気のせいだと思いたい。一方のミルナやベルは「当然です!」と得意気だ。
「ではこれで失礼いたします。」
「ええ。褒美の屋敷については追って使いを出すわ。」
「ありがとうございます。それではごきげんよう、王女殿下。」
これ以上面倒事に巻き込まれても嫌なので、アキはさっさと謁見の間から退出する。そしてそのまま一直線に城を出て、屋敷へ戻った。