50
――翌日、国家会議までは残り7日。
今日はセシルとベルが作成した会議資料を確認する日だ。2人は「問題ありません!完璧です!」と言っていたので完全に任せていたのだが・・・ちゃんと出来ているのだろうか?
「アホか。」
全く出来ていなかった。ベルもセシルも優秀だし大丈夫だろう・・・と思っていたのは間違いだったようで、「アキさん!会議で使う資料です!確認してください!」と持って来たのが辞書のような厚さの本だった。
「ふぇええ!なにするんですかああああ!」
「アキさん・・・それ痛い・・・です・・・!」
セシルとベルをその分厚い資料で引っ叩いてやったら、2人は頭を押さえて蹲っている。そりゃ痛いだろうな。この資料、持っているだけでも相当重いし。というかよく作ったな、こんなもの。逆に凄いわ。
「こんな資料、会議で使えるわけがないだろ、このバカ兎にバカ王女。」
「「そんなぁ!?」」
各国の王族が集まる会議で辞書のような資料を渡して、「はい、資料だよ。読んでね。」とか言えるわけがないだろう。
「まあ資料自体はよく出来てるけどな?」
2人に渡された会議資料をパラパラと見たところ、出来は素晴らしい。魔獣制度や立ち入り禁止区域に関する情報が細かく正確にまとめられている。これを読めばアキがベルフィオーレで何をして、これから何をしようとしているのかは一目瞭然だ。
だがこんなのは書庫に保管しておくような記録用の資料であって会議に使うものじゃない。そもそもこの「本」を渡すくらいなら、会議なんてする必要はないし、「各自読んでおいてね」で済む話だ。
「いや凄いよ?凄くわかりやすいと思う。現行の魔獣制度に対する問題点、俺がその制度を廃止させる為に何をやったか、そして廃止後ベルが施行しようとしている犯罪者対策の法案もこれを見れば誰でもすぐに理解できる。2人ともさすがだぞ?」
「じゃあなんで叩くんですかあああ!」
「そうですよ!なんの問題があるんですか!」
セシルとベルが口を尖らせてブーブー文句を言ってくる。
「だってこれ・・・ただの資料じゃん。こんなの配ったら読むだけで会議が終わっちゃうだろ。」
「でも・・・資料は必要です!・・・ふぇ!?振りかぶらないでください!そんな分厚い本で叩かれるのは嫌です!」
今自分で「本」って認めたな?まあ確かにセシルの言う通り、魔獣制度の説明はしなければいけないので、ある程度の資料は必要だ。
だがこの分厚さは必要ない。
「資料には最低限の要点だけを書いてあとは口で説明すればいいだろ?そうすれば詳細は資料を見ただけじゃわからないし、みんな話を聞いてくれる。議論になる。それが会議だ。」
資料を読む事に集中して話しを聞いて貰えないのは本末転倒。だから資料は最低限にして、言葉で説明する。会議の基本だな。
「じゃあ私とベル王女様が頑張ったこの資料は無駄になっちゃうんですね・・・ふぇぇ。」
自慢の兎耳をペタンとさせて悲しそうに呟くセシル。
やっぱりこの兎、可愛い。
アキはそんなセシルの頭をポンポンと撫でる。
「無駄じゃないよ。」
「・・・え?」
「これはこれで渡せばいい。会議中に全員の疑問を解消できるとも思えないしな。この資料があれば後日自分達で確認できるだろう?」
会議という限られた時間の中で魔獣制度の全てを説明する事は不可能だ。セシルとベルがまとめた資料が分厚い本になっている事が何よりの証拠。
「だからセシルとベルが作ってくれたこれは補足資料として配る。」
国家会議で話そうとしている改革案はベルフィオーレにとっては衝撃的な話だ。そんな話を聞いた各国の王族が冷静でいられるとは思えない。特にリオレンド王国。だが会議が終わり、落ち着いたら頃には色々と聞きたい事も出てきているはず。その時にこの資料が役に立つというわけだ。
「『辞書』や『記録』としては優秀な資料だよ、これ。」
「うぅ・・・無駄にならなくてよかったです・・・!」
「うん、でも会議じゃ使えないから会議用の資料はこれから一緒に作ろうね。俺も手伝うからさ。」
3人でやれば半日くらいでなんとかなるだろう。ちょっとした大仕事になるが、仕方ない。完全に資料作成を2人に任せていたアキにも責任はある。次からはちょくちょく確認するようにしよう。
「「はい!!!」」
ただリビングルームで作業したら間違いなくミルナ達から邪魔が入る気がする。特に駄エルフ辺りから。と、言う事で、アキはセシルとベルを自分の部屋へ連れて行き、そこで資料作成に取り掛かる事にする。
――バァーン!
『アキーさん!貴方のソフィー!今ここに登場ですー!』
資料作成を始めた途端、勢いよく扉が開き、速攻でソフィーが突撃してきた。うん、これが嫌だから自室に籠ったのに・・・やはり来るのか、この駄エルフは。
とりあえずソフィーを叩き出し、部屋の扉に鍵をかける。
『なにするんですかー!!』
――ドンドンドン!
ええい、鬱陶しい。
ベルとセシルもこめかみに青筋を浮かべている。
しかしあのエルフ、どうしてくれよう。
部屋から叩きだしてもめげずに突撃してくるし、屋敷の外へ放り出してもすぐに復活する。木刀とかで引っ叩いてもケロっとしている。黒い害虫並みの生命力だ。不死身過ぎてちょっと怖い。
「しょうがない・・・」
アキは部屋の扉を開ける。するとソフィーが「やっぱり愛は勝つんですー!」と意味不明な事を言いながら抱き着いて来たが、無視する。
「エリスー!」
「どうしたのだ!」
エリスがドドドっともの凄い勢いで廊下を走ってきた。
「この駄エルフ邪魔だから始末しといて。」
ソフィーの首根っこを掴み、エリスに引き渡す。
「うむ!わかったのだ!」
「始末したらエリスは俺の仕事が終わるまでこの部屋の前で見張りを頼む。誰も中にいれないように。」
「承知した!」
エリスがずるずると駄エルフをどこかへ引きずっていってくれた。
『いーやーだー!はーなーしーてー!!』
何か断末魔が聞こえたが、気のせいだろう。
これで平和になった。一安心だ。
その後はエリスが見張ってくれているおかげで、誰の邪魔も入らず、効率よく資料の作成をする事が出来た。そして無事半日ほどで会議用に使う資料は完成した。
ちなみにソフィーの様子を後で見に行ったら、リビングで屍のようになっていたが・・・まあ自業自得だろう。