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「いい趣味でしょう?」
「最低の趣味だと思うぞ?」
あの文通のどこがいい趣味だ。全く褒められた趣味ではない。
「え・・・?ど、どこがですか・・・!?」
意味が分からないとアリアが目を丸くしている。その反応・・・本気か?むしろ意味が分からないと言いたいのはアキの方なんだが。
「まず・・・この手紙の最初の9枚、絶対いらないよね?要件なんて最後に『ついで』のようにしか書かれてないじゃん。なんでこんなにダラダラと罵詈雑言を書き綴っているんだよ。」
「え、近況報告ですが・・・?」
「暴言を混ぜるなって言ってんだよ。」
「ああ、なるほど!それは無理です!」
「力強いな・・・ってかなんでだよ。」
「それがメイドのお作法であり嗜みですから!」
メイド最低だな。誰が考えたんだ、そんな作法。そして捨ててしまえ、そんな嗜み。
「そ、そうか・・・」
というかどう反応していいのかわからない。
「だ、だめでしたか?」
アキの微妙な反応に落ち込むアリア。
そんなにしょんぼりされると「そんなことないよ!」と言ってあげたい。たださすがにこの趣味を褒め称える気にはなれない。
「いやまあ・・・ちょっと悪趣味だぞ。」
「そ、そうですか・・・すいません・・・」
「お互いが楽しんでるんなら別にやめなくてもいいけど・・・」
アリアがあまりに落ち込んでいるのでちょっと日和った。
「は、はい。」
「しかし俺には素直なのに・・・なんで他の連中にはそんなに辛辣なんだよ?」
アリアは愛想はよくないし、寡黙ではあるが、付き合い辛いといった印象は全くない。真面目で優秀なメイドだ。だからアキ以外の人間に対してももう少し興味を向けられれば、色々と生きやすくなると思うんだが・・・残念な事にアリアには全くその気がない。
「アキさんは踏み潰した蟻の数を一々覚えているんですか?」
こういう感じで。
「・・・イリアナは蟻なのか?」
「はい。」
迷うことなく即答しやがった。
そこまではっきり断言出来る事が逆に凄い。
「ミルナ達は?」
「蟻・・・とはいいませんが・・・ま、まあアキさんを共に慕う仲間です。」
どうやらミルナ達の分類は一応人間らしい。
「なるほど。それ以外の女は?」
「羽虫です。アキさんに群がる前に駆除しないといけません。」
「お、おう・・・ちなみに男は?」
「この世から絶滅させるべき害虫です。そんな害虫と同じ空気を吸っていると思うだけで吐き気がします。あ、もちろんアキさんは違いますよ。アキさん以外の男性です。」
うちのメイドは過激派だ。
「アリアの中で俺はどういう人間なんだよ・・・」
「控えめに言って・・・神ですかね?」
おかしい、人間をやめた覚えはないんだが。
あとアリアのその理論だと、この世界に人間がほとんどいない事になるぞ。害虫かミルナ達か神しかいないってどんな世界だよ。
「気持ちは嬉しいけど、俺以外にも興味持とうな?」
「嫌です。無理です。」
眉間に皺を寄せ、しかめっ面のアリア。
「そこまで嫌な顔しなくても・・・」
「だ、だめですか?」
「あ、いや・・・アリアがいいならそれでいいよ・・・」
そんな捨てられた子犬のような目で見つめられたらこれ以上何も言えない。
「はい!」
まあ・・・いいか。
アリアの「病気」は今に始まった事じゃないし、一生治るとも思えない。というか治そうと言う気がそもそも無い。不器用な生き方だとは思うが、アリアがそれで幸せだと言うならもう何も言うまい。
「うん、とりあえず・・・肝心の正礼装は用意してくれたんだよね?」
「はい、5着ほど用意しております。きっと気に入って頂けると思います。」
その心配はしていない。アリアのセンスは信用しているからな。
「よろしければご覧になりますか?」
「そうだな、そのまま着替えるよ。」
どうせこの後王城へ行く事になるのだからもう着替えてしまおう。
「わかりました。お手伝いいたします。」
「手伝い?」
普段アリアがアキの着替えを手伝う事はない。というよりアキが断っている。アリアがメイドとして仕え始めた当初、彼女は上から下まで全ての着替えを手伝うつもりだったらしく、アキが断ったら不満そうにしていた。たださすがに服くらいは自分で着られる。そこまでやってもらう必要はない。そんなアリアがわざわざ「手伝う」と言った。つまり正礼装は着付けが難しいのだろう。
「1人では少々難しいかと。」
「わかった。じゃあ頼む。」
「はい。」
「ベル、ちょっと着替えてくるから待っててね。」
「はい、お待ちしておりますね。ふふ、アキさんの正装・・・楽しみです!」
無駄にハードルを上げるのはやめろ。おかげでミルナ達が「そういえばアキさんの正装は初めてですわ!」と目を輝かせはじめただろうが・・・