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「私、文通が趣味なんです。」
へぇ・・・アリアにそんな趣味が・・・ってどういうことだ?
アリアの趣味の1つが文通なのには驚いた。だがなんでそんな事を急に告白してきたんだ?アキが聞いたのは「どうやって服を仕立てたのか」のであってアリアの趣味ではない。
「文通の相手はイリアナさんです。」
「うん、なるほど?」
イリアナ。エスタート爺さんの側仕えのメイドだ。アリア同様、常に主人の側に仕えている専属のメイド。そしてアリア同様、毒舌でど変態。さらに言うなら最近やたらとアプローチと言う名の求婚をしてくる扱いに困るメイドだ。そのせいで爺さんの屋敷に通う頻度が減っているのは言うまでもないだろう。
まあイリアナは美人だし、器量もいい。元Sランク冒険者で腕っぷしも強い。メイドとしても超優秀だ。当然そんな女性に言い寄られて嬉しくないわけがない。だがイリアナ自身が本気かどうかさっぱりわからないので、正直扱いに困っている。
とりあえずイリアナの扱いについてはさておき、彼女がアリアの文通相手。つまりアリアが言いたいのは・・・
「イリアナを通して俺の服を仕立てた?」
「はい。」
なるほど、確かにその方法なら服を仕立てるのは可能だ。ただこの2人に交流がある事には驚いた。まさかそこまで仲がいいとは思っていなかったしな。
「2人は親友だったのか・・・」
「え・・・ありえません。鳥肌が立つので気持ち悪い事言わないでください。アレは親友とは対極の存在です。敵・・・いえただのゴミです。」
うん、文通ってなんだっけ?アキの認識では仲の良い友達同士がやる手紙交換の事だと思ったんだが。あと言葉遣いが汚いのは淑女としてもメイドとしてもよくないと思うぞ。
「・・・えーっと?」
「あ、よろしければ、お手紙見ますか?」
そう言ってアリアは紙の束を取り出す。
「いや、さすがに人の手紙を見るのは・・・」
だが興味があるかと言われたらある。アリアとイリアナがどんなやり取りをしているのか気になる。ただ一般的なマナーとして人の手紙を見るのは抵抗がある。
「大丈夫です。むしろ見て欲しいんです。私の趣味を知ってもらいたいですし・・・それに見られて恥ずかしいような事は書いていませんので。」
「まあアリアがいいなら・・・」
「はい、是非是非。」
そう言ってアリアは嬉しそうに紙の束を渡してくる。
「それがイリアナさんから届いた手紙です。」
「な、なるほど・・・?」
手紙?この紙の束が?軽く便箋10枚くらいはあるんだが。
まあ・・・とりあえず読んでみよう。
『拝啓 性的倒錯無能メイドのアリア様、
穏やかな風が吹く時節ですが、貴方様は性格が捻じ曲がっておりますので、気持ちは爽やかとは程遠い事とお喜び申し上げます。アリア様の事は正直どうでもいいのですが、アキ様においてはますますご清祥のことと存じます・・・』
一旦読むのをやめる。
書き出しが既にただの暴言なんだが・・・文通?
「これが手紙?」
「はい、そうですよ?」
「文通?」
「もちろん、文通ですよ?」
何かおかしなところでもありましたかとアリアが不思議そうに首を傾げている。
一応最後まで読んではみたが・・・やはりこれはアキの知っている文通じゃない。もの凄く丁寧な言葉でもの凄く汚い事が書かれている。しかも滅茶苦茶回りくどい言い方で罵っているあたりが凄い。ある意味文才があるとも言えるが。
さらにこの手紙、10枚中、9枚が罵詈雑言しか書かれていない。肝心の要件は最後の1枚だけで、「先日依頼されていた正礼装を納品致します。アキさんは気に入りましたか?」と言ったような事が簡潔に書かれているだけ。
なんだこれ。
「アリア、返すね。見せてくれてありがと。」
何ともコメントし辛い。見なかった事にしよう。
「はい!ではこちらがその手紙に対する私のお返事です!こちらも是非是非!」
アリアはまた別の紙の束を取り出し、アキに押し付けてくる。
なんでそんなに嬉しそうなんだ。
「あ、うん。」
嫌な予感しかしないが、アリアが書いたと言う手紙にも目を通す。
『拝啓 行き遅れど腐れババアのイリアナ様
流れる雲に季節の流れを感じる今日この頃、年増のイリアナ様におきましては増々お焦りの事とお喜び申し上げます。アキ様はいつも通りご健勝で、婚約者の私に屈託のない優しい微笑みを毎日向けてくださりますのでご安心ください・・・』
うん、まあこんな事だろうとは思ってたけど。もうこの時点で読む気をなくしてはいたが、せっかくアリアが見せてくれたんだし、これも一応最後まで読んでみた。
やはり後悔しか生まなかった。
季節の挨拶から近況までがもの凄く丁寧にかかれているのはいい。だが至る所にちりばめられている嫌味は本当になんなんだ。
あと何故かアキの事に関してだけは大絶賛されている。
アリアの手紙にはアキがどれだけ優しくて、素敵で、かっこいいか。そしてどれだけ自分が愛されているのかが詳細に書かれていた。これはまだいい、ちょっと恥ずかしいが、普通に嬉しい。そしてイリアナの手紙にもアキを褒め称えるような事がちょくちょく書かれていた。これもいい、美女に褒められるのは嬉しい。
ただこれには続きがあり、アキを散々褒め称えた後、アリアは「アキさんの事は諦めろ」「どちみちババアには無理」とか書いているし、イリアナの方には「アリアさんは捨てられてアキさんは私の物になる」「さっさと捨てられろ」「アキさんを渡せ」的な言葉が呪いの如く綴ってあった。
怖い。というかこいつらは手紙でこんなにバチバチやり合ってんだ。
「・・・趣味?」
「はい!趣味です!」
アリアが満面の笑顔だ。
滅多に見られないアリアの笑顔。
この状況でなければ素直に喜べたのに。
「そ、そうか。」
「いい趣味でしょう?」
それにはさすがに同意出来ない。むしろ微塵も共感出来ない。アリアの趣味を知れて嬉しいなと思っていたのに・・・これは逆に知りたくなかった。うちのメイドは空時間に何やってんだ。
もうちょっと健全な趣味を持つように矯正したほうがいいかもしれないと頭を抱えそうになった。