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「俺、平民だけど?ベルの国の爵位なんて持ってないぞ?」
「・・・え?」
ユキが「嘘でしょ」と目を丸くする。
「だって其方ベルさんの婚約者よね?」
「そうだよ・・・?」
どうやらユキはアキがエスぺラルドの貴族だと思っていたらしい。
「・・・王女の婚約者なのに爵位ないの?そ、それでいいの?」
信じられないと言った表情のユキ。
うん、なるほど。言われてみれば確かにその通りだ。王女であるベルの婚約者が平民なんてありえない。アキも同意見だ。というか今気づいた。地球は君主制ではないからすっかり忘れていたが、一国の王女と平民が結婚するなんて小説のような話だし、現実的にはありえないだろう。
しかし肝心のベルは爵位の話なんて一言もしてこなかった。何故だ?
「ベル?」
「・・・し、しりませんよ?」
気まずそうにスッとアキから目を逸らすベル。
なるほど、これはあれだな。
「ベル、お前・・・普通に忘れてたな?」
「し、しりません!!わ、忘れてないですもん!そう!アキさんは生まれながらの貴族です!だからもう我が国の貴族なのです!!!」
生まれながらの貴族ってなんだ。意味の分からない誤魔化し方をするんじゃない。そもそもアキの生まれはベルフィオーレじゃないんだからその理屈は通用しないぞ。
「息をするように嘘を吐くな。」
ベルの柔らかい頬をムニっと引っ張る。
「|ひゃなしてくらひゃいー《離してくださいー》!」
「で、本当のところは?」
頬を離してベルを睨む。
「うぅ・・・わ、忘れてました。」
目を潤ませて許してくださいと訴えかけてくる。
まあ別に怒っているわけじゃない。むしろアキも忘れてたしな。それより大事なのは爵位がいるのかいらないのかだ。
「それよりベルと結婚するのに爵位はいるの?」
「け、けっこん!」
一転してベルが目を輝かせる。
なんというか相変らず凄いメンタルだな。さっきまで涙目だったのに一瞬で乙女の世界へ旅立てるんだから凄い。というか食いつくところがそもそもおかしい。
「だから爵位は?」
「え、えっと・・・いる?と思います。で、でも大丈夫!いますぐ!いますぐ授与できます!なんなら国王にします!」
しなくていい。あとフォローが雑だ。
「なんでだよ。まだ国王が即位してるだろ。」
「大丈夫です!すぐに退位させます!!!」
「いらん。やめろ。」
全然大丈夫じゃない。というかベルなら本気でやりそうだから怖い。しかもあの国王、ベルが「お父様、お願い、退位して?」とか言ったら普通に退位しそうだしな。
「えー・・・」
「ベルの為に貴族になるくらいは構わんから適当に爵位くれ。」
まあベルと結婚したら王にさせられそうな気もするが・・・どのみちそれは今じゃない。ベルの婚約者として問題ない爵位さえあればいい。
「えへへ、わかりました。じゃあ・・・」
ベルが手を顎にあてながら「うーん」と考えている。
多分アキにどの爵位を授与するか考えているのだろう。順当に行くと子爵あたりだろうか。さすがに男爵だとベルの婚約者としては少し地位が低すぎる気がする。
「じゃあ侯爵あたりにしておきましょうか。公爵にすると色々面倒な義務が発生しますし・・・侯爵くらいが丁度よさそうです。」
思ったよりも高い等級の爵位だ。しかしいきなり侯爵とかいいのだろうか。
「まあベルがそう言うならそれでいいけど・・・本当に大丈夫なの?」
「はい。アキさんは色々やってくださいましたしその辺は問題ありません。立ち入り禁止区域の事、オリハルコンの事。私の命だって救って頂きました。そしてアキさんは冒険者としてもSランクで他国の王族との繋がりもあります。さらにはミレンド商会とも懇意にしている。侯爵の爵位を授与する理由は十分すぎるくらいです。むしろ公爵でも問題ありません。」
「なるほど、それもそうか・・・」
ベルフィオーレでは確かに色々とやらかした。輝かしい功績と呼べるかはわからないが、ベルの言う通り、爵位を貰っても問題ないだろう。
「それにある程度アキさんの功績も知れ渡っているので・・・文句を言うような貴族はいませんよ。私が言わせませんしね。」
どうやらユーフレインとは違い、ベルフィオーレの貴族はそこまで腐敗してないらしい。まあ犯罪を犯せば魔獣の餌食になるし、真っ当な貴族が多いのは当然だろう。もちろん法の目を掻い潜り、上手く色々と画策する貴族はいるらしいが・・・大抵は腐るきる前に粛清されしまうんだとか。いい意味でも悪い意味でもベルフィオーレらしいと言える。
「さすがベル。」
「えへへ、当然です!」
「それなら侯爵でいい。でも公爵じゃなく侯爵と言ってもさすがに何かしらの義務はあるだろ?その辺はどうなんだ?」
一般的な貴族の義務。領地経営や国政への介入と言ったものが挙げられる。いくらアキが「給金や貴族年金もいらないから何もしたくない。貴族の肩書だけくれ。」とお願いしてもそれは難しいはずだ。ベルなら「いいですよ」と言ってくれそうだが・・・そう言う訳にもいかない。ベルの王女としての面子もあるし、アキもある程度の義務を負う必要があるだろう。
「んー・・・さすがに領地は渡す事にはなります・・・ごめんなさい。」
「まあ・・・それくらいならいいよ。」
領地経営の経験なんて勿論ないが、うちには優秀な秘書やメイドがいるし、なんとかなるだろう。
「ほんとうです・・・?やっぱり面倒だから私とは結婚しないとか・・・」
ベルが心配そうな顔で見つめてくる。自分と結婚するにあたって色々面倒事を押し付けないといけないから心配なのだろう。
確かに領地経営とか面倒だし、出来る限り政治になんか関わりたくない。貴族になるのにそれが必要なら、ならなくていいと思うくらいだ。
だがベルの為なら話は別。
「王にでもなんでもなるって言っただろ。だから貴族くらいなってやる。まあベルの為じゃなったら貴族なんてごめんだけどね。」
「ほ、ほんと・・・?」
「じゃあやめる?」
「や、やだ!やめません!私の為に貴族になって!」
「うん、なる。」
「えへへ・・・ありがと。」
とりあえず貴族になるのは確定として・・・領地経営をどうするかだ。知識はベルが、サポートはアリアやセシルがしてくれるとして・・・問題は運営資金か。
「まあでも金は大丈夫か。いざとなれば資金は爺さんから引っ張れるし。」
「はい、私のお小遣いもあります!お金は大丈夫です!」
可愛らしくガッツポーズするベル。だがこの子の私財を使うのは正直どうなんだ?まあベルは「私のものは全部アキさんのものです!」と間違いなく言い切るので、ここで反論するだけ無駄だろう。
「ちなみに領地はどのくらいの広さ?あとどの辺?」
「だから私の国、全部あげますってば。」
「だからいらんって言ってんだろ、やめろ。」
「ふふ、冗談です。領地はそうですね・・・この前私を襲った貴族の領地。あれをどうするかまだ決まってなかったのでそこにしましょう!」
名案ですとパンっと手を叩くベルだが、そんなにポンポンと決めてもいいのか?なんかノリで貴族になって領地を貰う事が決まったけど、ちゃんと国王に相談し吟味してから決めるべき事ではないのだろうか。
「アキさん、大丈夫です!お父様は私の言いなりです!」
「あ、うん、そう。」
うん、何も心配なさそうだ。というかうちの王女が強かで怖い。