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「其方達、それくらいにしなさい。ほら、紅茶淹れたわよ。」
どうやらベルと騒いでいるうちに紅茶が出来たらしく、品のある白と金のティーカップカップに紅茶が注がれていた。
「うん、美味しい。」
ユキが淹れてくれた紅茶で軽く唇を濡らす。
ユキ印の紅茶を飲むのは数回目だが、やはり美味い。茶葉の選定から淹れる技術まで一流だ。下手したらうちのメイドであるアリアより上手いかもしれない。一国の王女であるユキがこれ程美味しい紅茶を淹れられるとは正直思っていなかった。さすがは「趣味」というだけはある。
「でしょう?」
ユキが得意気にふふんっと鼻を鳴らす。
これだけ美味しい紅茶をいれられるのだからそのドヤ顔も許せるというものだ。ソフィーやミルナだったら速攻でしばきまわすけどな。あいつらの場合、何の根拠もないのにドヤ顔するし。
「それにしても其方が神器を調べてる理由を聞いた時はさすがに吃驚したわよ。」
「まあそうだよな。でもユキ、知ったからって悪用すんなよ?」
「しないわよ。ちゃんと其方の秘密は守るから安心しなさい。」
「悪用すれば世界征服出来るぞ?」
「絶対嫌よ。なんでそんな面倒な事しなきゃいけないのよ。言ったでしょ?私の夢は王女をやめて、『其方に養ってもらながら』毎日だらだら過ごす事なの。」
養って貰うという部分をさりげなく強調するんじゃない。そもそもそれは改革を成し遂げたらという条件付きだ。というかこの王女、外堀を埋めにかかってないか?
とりあえず話題を逸らそう。出来れば有耶無耶にして全部忘れてもらいたい。
「まあそういうわけだから・・・神器の情報集めてくれ。」
「ええ、約束だもの。それは任せなさい。」
うふふと意味深な笑みを浮かべるユキ。
オリハルコンの件が片付いてある程度ユーフレインの情勢が安定したら、アキはベルフィオーレに完全に引き上げるつもりだ。二度とユーフレインには行かないくらいの気持ちでいる。だがどうやらユキにはその考えがバレているようで・・・「絶対逃がさないわよ?」と言う感情が見てとれる。このままだと永遠とユキと付き合う事になり、最終的には既成事実あたりを作らされ、本当に養わされそうで怖い。
それだけは断固阻止しなければ。まあアキがどうこうする前にベルあたりが対応してくれそうな気もするが・・・まあ面倒だし、対策はそのうち考えるとしよう。
「あ、ねえ、其方?私の国の爵位いらない?」
「・・・え?」
急に突拍子もない話が飛んできて吃驚した。
まさかこの王女、さらに外堀を埋めるつもりか?対策を思いつく前に一切の逃げ道を奪おうとしているのか?
「爵位よ爵位。わからない?」
「いや、わかるけど・・・いきなりなんだ?」
――爵位
君主制に基づく国家において、貴族や国家功労者へ授与される称号。男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵と等級があり、公爵の上にはベルやユキのような王女、そして最上位は国王という序列になっている。簡単に言えば爵位=貴族や王族というやつだ。
当然そんな事はアキもわかっている。
ただユキがいきなり爵位などと言い始めたから驚いただけだ。爵位でアキを縛ろうと言う事だろうか?でもそんな事をしたらアキが速攻で逃げると言うのはユキならすぐにわかると思うんだが・・・
「其方、この国の爵位はないでしょ?」
「うん。そりゃないけど。」
「だからよ。爵位をあげておいたほうが何かと便利かと思ってね。」
ユキ曰く、ユキを介して政に対して口を出しているのだから、平民という肩書はよろしくないのだとか。他の貴族達を黙らせる為にもアキにはある程度の爵位を与えておきたいとのことらしい。
「うちの国にはそういうのにうるさいのが一杯いるのよ。国政に口を出してもらってるんだからいつか国務関連の会議にも参加して貰う事があるかもしれないでしょ?私としてはそこまで其方にさせる気ないんだけど・・・ね?でも貴族って本当に面倒なの。だから爵位をあげておいたほうがいいと思っただけよ。」
ユキが深い溜息を吐く。
どうやらエヴァグリーンの貴族にはものすごく面倒な連中がいるらしい。いわゆる腐った貴族。小説でいうテンプレのような悪役貴族。そういうのがいるからユキとしてもアキを守る為、爵位を与えておきたい。爵位を持つことで余計面倒になる可能性はあるが・・・アキが爵位を持っていればある程度無茶をしてもユキが庇える。そう言う事なのだろう。
「なるほど。」
果たしてこれがユキの真意かどうかはわからないが・・・もっともな意見だ。ユキの相談を受けている以上、爵位を持っておくに越したことはないというのはわかる。
「それに爵位あればある程度の権力を私の裁量で与えられるわ。そしたら神器の調べ事も捗ると思うの。だからどう?メリットの方が大きいと思うんだけど?」
確かにその通りだ。
面倒事は増えるかもしれない。貴族の義務もあるかもしれない。だがその辺りはユキがいくらでもフォローしてくれるだろうし、何よりユキの権力を使えると言うのは大きい。何よりいつまでもシズやユキにばかり頼るわけにもいかないし、ここらで一つ貴族になっておくのも悪くないかもしれない。
ただ後々「貴族なんだからユーフレインに~」「貴族にしてあげたんだから私を養って~」とか言われないようにしておいたほうがいい。ちゃんと逃げ道は残しておかなければ面倒な事になりそうだ。大体ユーフレインの人間、ましてや王女であるユキを娶る気はさすがに無いしな。
「爵位を返上出来る事を条件に付け加えさせてくれるなら・・・受けてもいいかなとは思っている。」
「・・・チッ。ま、まあそれでもいいわよ?」
おい、舌打ちしたぞ、この王女。やはりアキに爵位を与えて後々それを悪用するつもりだったのか。油断も隙もないな。
「それならいいよね、ベル?」
一応ベルにも確認を取っておく。
「そうですね・・・細かい条件はあとで詰めるとして、アキさんが爵位で縛られるような事がないのであれば・・・いいと思います。」
うちの王女がOKするのであれば大丈夫だろう。
「貴族になって腐った貴族どもを処分するか。」
それはちょっと楽しそうだ。
「え・・・そ、それはやめて?後処理するのは私なんだから・・・」
ユキが本当にやめてと真顔で頼んでくる。
「冗談だ。」
まあさすがにそこまでするつもりはない。降りかかる火の粉は払うが、さすがに自分から首を突っ込みにはいかない。
ユーフレインを変えて行くと言う意味では腐敗している貴族共を排除する必要はある。だがそれはユキの仕事。口は出すし、手助けくらいはするが、アキが積極的に関わるつもりはない。
「でも爵位なんていくらユキでもほいほい授与出来ないよね?俺は目に見えた功績をあげたわけでもないし・・・」
それよりも問題はこっち。ユキは「爵位いる?」と気軽に言っていたが、そんなに簡単に貴族になれるものだろうか?
「ふふ・・・そのくらいなんとでもなるわ。私に任せなさい?」
「おう?」
どうやら心配しなくていいらしい。
何をする気かわからないが、まあユキが大丈夫というなら大丈夫なのだろう。
何かユキの笑顔が怖いが・・・これに関してアキが出来る事はないし、ここは彼女に任せるのが最善か。
「それにベルさんの国でも爵位持ってるんでしょ?こっちでも持っておいて損はないし・・・上手く進めておくわ。」
正直2ヶ国の爵位を持つのはどうかと思うが・・・まあそれは大丈夫だろう。そもそもユーフレインにあるエヴァグリーン王国とベルフィオーレにあるエスぺラルド王国は互いに接点はないしな。
というかそれ以前にユキは大きな勘違い1つしている。
「俺、平民だけど?そもそもベルの国の爵位なんて持ってないぞ?」
「・・・え?」